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何でも無料のインターネットは、「商業道徳」を無視しすぎている

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「人気」を追うことで「信頼」を失う

【楠木】ようするに、「人気」と「信用」は似て非なるものだということです。数多くの商売を観察してたどり着いた結論は「商売は信用第一」。東さんの「人間はやはり地道に生きねばならない」と同じで、ばかばかしいほど当たり前の話ですが、一言でいうと、これが商業道徳というものでしょう。

人気は微分値、隣り合った2時点間での変化の大きさに注目します。これに対して、信用は積分値です。時間幅がずっと長い。時間をかけた蓄積の中で信用は徐々に大きくなる。人気があれば何でもできるような錯覚を覚えるものですが、それは短期間しか続きません。信用と人気は違うだけでなく、トレードオフの関係にもなる。手っ取り早く人気を稼ごうとすると、かえって信用を得られないどころか、むしろ失う結果になる。

お客さんに価値を提供し、それに見合ったお金を受け取るという行為は、人間に規律を与えます。信用第一の商売は人間をオトナにするものだとつくづく思いますね。

上空から見た町
撮影=西田香織

【東】「信用と人気の対立」は言い得て妙ですね。たとえば政治のポピュリズム問題は、信用より人気を追求した結果です。僕から見ると、いまの政治、ビジネス、文化はすべて同じ問題に直面しています。

スケールを獲得する手段が「無料」であることが問題

【東】民主主義も危うくて、選挙のときに人気を高めれば当選できる。いくら地味に実績を積む政治家でも、選挙の瞬間に人気がなければ落選する。選挙の瞬間に人気を取る戦略は、いまの制度のなかでは短期的に「合理的」ですが、それは長期的、全体的には政治道徳を荒廃させていく。それでいいのかと考える必要があります。哲学、批評、文学の世界にも同じことが言えます。

【楠木】これだけ人間が長生きする時代、刹那的な発想より、長期的な発想のほうがますます合理的なはずなのに、信用を犠牲にして人気を取りにいく刹那的な人たちが増えている。「商魂たくましい」ということではありません。むしろ逆で、純粋に商売的な見地からしても非合理な方向に進んでいるように思います。

【東】一発屋狙いの人はどの時代にも一定数いるけれど、スケールを追求する現在のグローバル・プラットフォームは一発屋にとくに向いているメディアです。ただ、そのことをみんなが意識していない。

【楠木】スケールの追求それ自体が問題なのではなくて、スケールを獲得する手段が「無料」であることが問題なんですね。

楠木建氏
撮影=西田香織

【東】まったくそうです。ただ、もう少し時間がたてば正常化するという希望もあります。YouTubeなどの広告モデルの限界が知られ、社会のほうが無料経済の効果を見切って、結局はバランスが取れていくかもしれない。いまはまだ過渡期だから、一発屋に特化したフリー経済が強いだけなのかもしれません。

フリー経済は本当の意味で市場を創造したわけではない

【楠木】YouTubeなどの再生数が生みだす広告経済的な価値は、いずれ落ち着くところに落ち着くでしょう。そのことを一番よくわかっているのが、当のYouTubeのはずです。

この四半世紀ほど、GoogleやFacebookがあれだけヒト・モノ・カネをぶんまわして試行錯誤したのに、「マネタイズ」の方法としてはいまだに広告や販促しか見つかっていない。これだけやって見つからないということは、おそらく今後も見つからないでしょう。Facebookは売上高のほとんどすべてが広告収入です。

ところが、アメリカでは広告市場の規模はほとんど変化していません。ネットは新しい広告需要をつくったわけでなくて、新聞やテレビといったオールドメディアからシェアを奪っただけです。本当の意味で市場を創造したわけではありません。

楠木建氏
撮影=西田香織

広告に支配されると、やりたいことができなくなる

【東】出版やテレビの世界は、広告に支配されると、やりたいことができなくなることを知っていました。その知恵が忘れられている。IT革命によって、結局はみんなまた広告メディアに戻ってしまった。広告への警戒心を取り戻して、広告がなくてもやっていけるメディアをあらためてつくるべき時期だと思います。

たとえば、ゲンロンが主催するオンラインのトークイベントは、長ければ5時間ほどあるのですが、会員以外の方には1000円で売っています。スタートした頃からずっと高い、高いと言われてきました。ところが新型コロナでオンラインの講演やセミナーが増えたら、逆に格安だと言われるようになりました。よそが1時間で3000円ぐらい平気で取っているから、いまでは「ゲンロンは価格破壊だ」と。

【楠木】ずっと同じ価格帯なのに。

【東】かつて人々は動画にお金なんて払わなかった。だから広告に頼るほかなかったわけですが、いまは商品になることが発見されたわけです。しかもコロナ禍で需要も定着した。わずか1年の間に、商品じゃなかったものが商品になり、新しい顧客と作り手の関係、新しい等価交換が生まれた。インターネットの使い方にはまだまだ可能性があるかもしれません。(後編に続く)

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東 浩紀(あずま・ひろき)
批評家・哲学者
1971年東京生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。株式会社ゲンロン創業者。同社発行『ゲンロン』編集長。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(1998年、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(2001年)、『クォンタム・ファミリーズ』(2009年、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志 2.0』(2011年)、『弱いつながり』(2014年、紀伊國屋じんぶん大賞2015「大賞」)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(2017年、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『哲学の誤配』(2020年)ほか多数。対談集に『新対話篇』(2020年)がある。
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楠木 建(くすのき・けん)
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』『逆・タイムマシン経営論』など著書多数。
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(批評家・哲学者 東 浩紀、一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建)

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