- 2021年02月22日 13:38 (配信日時 02月22日 11:15)
「なぜここぞとばかりに騒ぐのか」クラブハウスにみる"意識高い系"という病
2/2意識高い系はなぜ新しいSNSに力を入れるのか?
さて、意識高い系ウオッチャーとしてたまらないのは、新しいSNSなどが登場した際の騒ぎぶりである。今回も、傍観し、その香ばしさを堪能した。早期に招待されるかどうか、フォロワー獲得合戦、room運営の仕切り屋登場、盛りに盛ったプロフィールの記述、あおりにあおったroomの企画名、広がってまだ時間がたっていないサービスなのにもかかわらず「達人」「名人」を名乗り始める者など、まぁ、いつもの展開である。
意識高い系しぐさの一つである「キチョハナカンシャ」も炸裂する。手をあげて、なんとか質問する機会などを得て、「本日は貴重なお話、ありがとうございました」と言いつつ、自己PRを始めるやからである。
フォロワー数が1000をどれだけ超えているかの競争まで起きている。運営ルールに抵触しているとみられるフォロワー数を増やすための無音部屋まで存在する。
もっとも、ここで立ち止まって考えたい。この手の意識高い系しぐさはなぜ起こるのか? それは、意識高い系の人々にとって、このムーブは極めて合理的なのだ。早めに始めてフォロワー数を増やした方が影響力を持ちやすい(少なくとも、力があるように見えやすい)。ノウハウもたまる。自分のことを大きく見せることができる。自分にとって利害関係のあるものに誘導するなど、ビジネスなどにもつながるかもしれない。
実は意識高い系にとって、極めて残酷なツールかもしれない
新しいプラットフォームはヒーロー、ヒロインを生み出す。思えば、ブログ、Twitter、YouTubeなど新たなプラットフォームはいつも、新しいスターや、再ブレークする人を生み出してきた。本業でのもともとの実力や知名度以上にブレークする可能性を秘めている。
なんせ、人はアクティブなプラットフォームに集まる。感度の高い人から広がり、アクティブに常に何かが起こっている状態は2009〜10年ごろのTwitterを思い出す。停滞していたり、すでに勝者が決まっているプラットフォームよりも、ブレークしやすいのである。
モデレーター、スピーカー、フォロワー数など格差を可視化しやすいツールでもある。意識高い系たちも、今が勝負のしどきなのである。そもそも、新しいツールに積極的に取り組むか否かは、意識高い系としてのレゾンデートルに関わる問題だ。意識がライジングせざるを得ないのである。
もっとも、クラブハウスは実は意識高い系にとって、極めて残酷なツールではないか。これまでのSNSは「盛る」ことが可能だった。今回もプロフィールやイベント名などは盛ることができる。ただ、トークは必ずしも盛ることができない。トークの中身、盛り上げ方、仕切り方などでオーディエンスから評価されてしまう。「ファシリテーションこそ意識高い系の真骨頂」と思う人もいるかもしれない。
ただ、これこそ、実は意識だけでなく知識が必要なのだ。一見、素人のスタンスをとっていたとしても、人の話を引き出し、まとめるためには意識の高さや技術だけでなく、知識が必要である。毎日、イベントを主催したり、参加し続けるのには心技体を総動員しなくてはならない。YouTubeにしろ、ブログにしろ、始めることは簡単だが、影響力を与えること、続けることは簡単ではない。
さらに、Twitterなどのときよりも早く著名人が参入している。人前で話すことをなりわいとしている人たちを相手に、意識高い系はどう立ち向かうのか。まあ、こういう人たちはうまく絡んでいくのだけれども。
大ブレークの場であるようで、公開処刑の場でもある
クラブハウスで、意識高い系イベントを続けるには体力も必要だ。企画力、さらには喋(しゃべ)り続け、仕切り続け、話すネタも増やさなくてはならない。実は意識高い系の大ブレークの場であるようで、公開処刑の場となる。「意識高い系の限界」が可視化される。
このようにクラブハウスの盛り上がりは意識高い系ウオッチャーとしてたまらず、ここ数日、私の食欲も増していて体重も体脂肪率も上がってしまった。ただ、彼ら彼女たちを揶揄するのではなく、なぜ意識が高まってしまうのかという点を直視しなくてはならない。人は意識高い系に生まれるのではなく、意識高い系になるのだ。意識高い系は流行にのっているようで、踊らされている。しかも、その「踊り」も存亡をかけたデスダンスだ。ルビコン川を渡るほどの覚悟があるのか否かが問われるのだ。
珍しく明るい未来について語ってみる
さて、最後に私が注目している使い方などについてまとめることにする。画像・動画なし、テキストメッセージなし、タイムフリー機能なしというこのサービスはシンプルだが、奥が深い。
個人的には、企業の採用活動でどのように利用されるかに注目している。採用活動の歴史は、新しいITツールを利活用する試行錯誤の歴史だからだ。特に新しいツールは感度が高い層、尖(とが)った層から使い始める傾向がある。
思えば、いまや大衆化し、大量応募型就活が広まる一因となったと批判される就職ナビも当初は早期からインターネットを使っている尖った層にアプローチできるツールでもあった。mixi、Twitter、Facebook、YouTubeなどの各種ツールはこれまでも採用活動に活用されてきた。一時はソーシャルリクルーティング、ソー活という言葉がはやり、「ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされたこともあった。
クラブハウスは前述したような機能上の制限はあるし、なんせ求職者のアカウントを特定するのに手間暇がかかるものの、企業説明会、社員との交流会、さらには人と人とのつながりにより採用するリファラル採用への活用などが考えられる。経営者や社員が発信することは、就職先・転職先として認知されることにつながるし、理解も深まる。
もっとも、採用活動においては、どれだけ求職者と対等な(もしくは、対等に近い)関係で接することができるか。これがリクナビ誕生以来、問われ続けていた問題である。
一方、メディア関係者は、どのように既存メディアと連動するか、ここから有識者や読者の声をいかに吸い上げるか、さらには新たなスターをどう発掘するかに注目している。思えば、この20年間、ネットの数々のプラットフォームから新しい論者、表現者が発掘されてきた。どのようなスターが登場するのか、あるいはすでに世に出ている人がこれでどう化けるのかに注目したい。
コロナ時代に忘れていた何かを思い出した
正直なところ、すでにクラブハウスではいい思いも、嫌な思いもした。なかなか招待されず、「あぁ、私はもうオワコンなんだ」と思った次第だ。小中高校生時代の、恋人がいるわけでもないのに、バレンタインデーでソワソワする気持ちを思い出した。クラブハウス鬱(うつ)も経験した。どんどんと立ち上がる企画、登壇者として声がかかることもなく、画面を見るだけで鬱(うつ)になった。

一方、のぞいていた部屋でスピーカーになったときや、もう自分で企画を立ててしまえと30分間演説をする企画に数十名の人がやってきてくれたとき、さらにクローズドな部屋で友人たちと語り合ったときは楽しい時間だった。
部屋をあける勇気、声をかけられることにオープンであること。コロナ時代に忘れていた何かを思い出した。中学の男子更衣室、高校や大学の部室で語り合った日々も。
思えば、会社員時代は相談・雑談・漫談の「3談」を大切にしていた。すっかり忘れていた。
頑張りすぎると疲れるので、今後このサービスがどうなっていくのかを想いつつ、激しく傍観しよう。
@yoheitsunemiをフォローしてほしい。ウサギは寂しすぎると死んでしまうのだ。
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常見 陽平(つねみ・ようへい)
千葉商科大学国際教養学部准教授、働き方評論家
1974年札幌市出身。一橋大学商学部卒業、同大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学専任講師。2020年4月より准教授。著書に『僕たちはガンダムのジムである』『「就活」と日本社会』『なぜ、残業はなくならないのか』『僕たちは育児のモヤモヤをもっと語っていいと思う』ほか。1児の父。
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(千葉商科大学国際教養学部准教授、働き方評論家 常見 陽平)
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