Kindle版もあります。
内容(「BOOK」データベースより)
天才たちの証言でわかった「奇跡の世代」の真実。なぜ、羽生世代の棋士たちはこれほど強く、長期間にわたって活躍できた(している)のだろう。それまでの棋士たちと何が違い、将棋界のどんなところを変えたのだろうか。そしてなぜ、1970年前後の生まれにこれだけの精鋭が集結したのだろう。将棋界にも豊作と呼ばれる年はある。だがこれほど突出した実績を残しているのは羽生世代だけだ。これは偶然の一言で片づけていいものなのだろうか。これらを解き明かそう、一歩でも核心に近づこうというのが、本書の目的である。
なぜ、羽生世代はこんなに強いのか?
著者は、1970年前後の生まれ、現在50歳前後の棋士たちを「羽生世代」として、彼らの世代が将棋界で突出した実績を残していることを紹介しています。
タイトルは現在8つあり(序列順に竜王、名人、王位、王座、棋王、叡王、王将、棋聖)、叡王は2017年度の第3期からタイトル戦に昇格した。つまり羽生世代の棋士たちは長らく七大タイトル戦を争ってきたことになる。
羽生世代の棋士がはじめてタイトル戦に出場したのは1989年の第2期竜王戦(19歳の羽生が最後に勝って、初タイトルを獲得した)。そして現状、最後に出場した2020年度の第33期竜王戦までで32年間となる。
この間、タイトル戦は225回行わているが、羽生世代の6人(著者は羽生善治、森内俊之、郷田真隆、佐藤康光、藤井猛、丸山忠久の6人の棋士を「羽生世代の中核」と定義しています)がまったく絡めなかった勝負は51回しかない。そして出場した174回のタイトル戦で羽生世代の棋士がほかの世代に勝てなかったのは、39回だけだ。
全体の約8割のタイトル戦に出場し、そのうちの約8割を勝ってきたのだ。勝負の世界でこれはとんでもない数字である。目の上のたんこぶである先輩の存在、そして若き後輩の追い上げもあったが、それらをことごとくなぎ倒してきた。他の世代につけ入るスキはほとんどなく、先輩では谷川浩司、後輩では渡辺明(1984年生)が互角、時にはそれ以上に戦ったくらいだ。
タイトル獲得数は多い順に羽生が99期(歴代1位)、佐藤が13期(歴代7位)、森内が12期(歴代8位)、郷田が6期、藤井と丸山がそれぞれ3期である。225期のうちの99期を持っているのだから、言うまでもなく羽生の実績が突出してはいるが、それでも6人で計136期というのは凄まじい。
とにかく、羽生善治さんの実績は圧倒的なものではあるのですが、羽生さんの同世代の棋士たちも、これだけの活躍をしているのです。新しい棋士は、毎年誕生しているにもかかわらず、羽生世代は、先輩たちをあっさりと越え、後輩たちにとっては巨大な壁になり続けてきました。
この本のなかには、この6人を含め、彼らと争ってきた先輩・後輩のインタビューも収められているのですが、世代が異なるライバルたちは「あの世代」の凄さを語る一方で、羽生さんと同世代の棋士たちの多くは「自分たちは、羽生さんという特別な存在に引っ張られて、切磋琢磨してきたことが大きかった」と「羽生さんだけが突出していた」と述べているのです。
羽生さんがいたからこそ、「羽生世代」はこれほど圧倒的な結果を残すようになった、というのと、ひとりの棋士としては、羽生さんというあまりにも巨大な壁に阻まれ続け、タイトルになかなか手が届かなかった、という無念さと。
その羽生さんも、現在はすべてのタイトルを失い、タイトル通算100期を目の前にして、99期で足踏みしている状態となっています。各タイトルも、渡辺明名人(1984年生まれ)、豊島将之竜王(1990年生まれ)、そして、藤井聡太王位(2002年生まれ)と、羽生世代よりも10歳以上若い棋士たちが占めるようになりました。2020年の竜王戦では、羽生さんが豊島竜王に挑戦し、通算100期なるか、と話題になったのですが、豊島竜王が4対1で羽生さんの挑戦を退けています。
羽生世代は、まだまだ強いし、将棋界で活躍を続けているけれど、50歳前後になった彼らは、棋士としては全盛期を終えつつあるのも事実でしょう。
だからこそ、こうしてインタビューで「羽生世代とは」という問いに答えてくれるようになったのではないか、と著者は述べています。
1986~1990年に、当時10代後半だった羽生善治、森内俊之、佐藤康光というその後の将棋界の中心となる若手棋士たちを集め、伝説的な将棋の研究会「島研」を主催していた島朗さんは、こんな話をされています。
──先ほど、「暗くなる前には解散していた」とおっしゃっていましたが、夕食は一緒にとらなかったのですか?
島朗:そうですね。私は棋士同士で深く関わることが、あまり好きじゃないんです。自分の人生観がこれから王道を歩むであろう彼らに影響を与えるのも嫌だったし、派閥みたいに見られるのもよくないと思っていました。勝負のピュアな部分に余計なものを入れたくなかった。あくまで将棋の付き合いで、「緊張感がなくなったら解散しましょう」とみんなには言っていました。
それは先輩である私が率先して心掛けなければいけないと思っていましたから、彼らがこのまま伸びていったらすごいことになるのはわかっていたので、才能を守りたいという意識もありました。世俗的なことにまみれて才能を空費してしまって、惜しい棋士生活を送らざるをえなかった棋士もたくさんいるんです。ただ羽生さんがタイトル通算獲得99期など、50歳を前にしても彼らの活躍がこれほど長く続くとはさすがに思っていませんでしたけどね。