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「私はこうして冤罪をつくりました」という帯のかかった『検事失格』を書かれた市川寛さんと議論しました

皆さんは「私はこうして冤罪をつくりました」という帯のかかった『検事失格』(毎日新聞社)を本屋で御覧になりませんでしたか。この本を書かれた市川寛さんは、01年の「佐賀市農協背任事件」において主任検事として不当な取り調べを行ったことを法廷で証言されました。市川さんをマル激にお呼びして、検事が犯罪をデッチあげる本当の理由を議論しました。
例によって、宮台の発言の一部を抜粋します。

〜〜〜〜〜
宮台:[略]⋯一度事件を見立ててしまえば、その見立て通りに調書を作れるのだという意識が、特捜や検察の側にあります。とすれば、どんな理由で何をどう見立てるのかが知りたいのです。佐賀市農協背任事件の場合は、地方議員までつながる案件として見立てたわけですが、その動機付けはどこから生まれるのでしょうか?市川さんは「金星」とおっしゃっいましたが、出世動機なのでしょうか。

宮台:かつて最高検察庁検事だった堀田力さんが、東京地検特捜部時代に担当したロッキード事件の後、優秀な検事志望者がすごく増えたとおっしゃっておられました。(1)「政治家の不正を暴く検察は素晴らしい」という世間の期待を背負い、(2)それゆえに世間の期待をかなえることが組織の手柄になり、(3)手柄を立てれば出世ルートに乗ることができる、という構造が、暴走の根っこにあるわけですね。

宮台:市川さんが言いにくいであろう推測を僕から言いましょう。次席検事は、市川さんに証拠を見せれば無理筋だと判断するとわかっていた。そうすれば自分の出世の機会が失われてしまうから、証拠の分析からあえて市川さんを外した上で、証拠の分析をしていない市川さんを責任者に仕立て、冤罪覚悟で突っ走ろうとしていたんじゃありませんか。

宮台:検察官が冤罪に手を染める心理について、これほどリアリティのある話を聞くのは初めてです。検察官の心理については、せいぜい「功名心に駆られた人間が不当なことをやる」という紋切型イメージを抱くのが関の山。でも市川さんの場合はそうではなかった。上司がそうした人間でも、市川さんはそういう上司に使われていただけなわけです。

企業の中間管理職のようなものなのでしょうか⋯。上司には逆らえず、それゆえに、下に対してつらく当たりたくないと思いつつも当たらざるを得ない。僕はこういうリアリティが、不覚にも検察官にもあることを想像していなかったので、驚きました。

冤罪が発覚すると、僕らは検察官を悪代官みたいなものだと捉え、「立身出世という自己利益のためなら何でもするのか」と思ってしまいがちですが、市川さんのお話から、それほど単純な心理ではないということがわかります

似た話はキャリア官僚一般に拡げられます。昨今では原発行政をめぐる経産省とりわけエネ庁の出鱈目が話題ですが、次官レースを争うがゆえに「絶対安全神話」「全量再処理神話」「原発安価神話」を嘘と知りつつ噴きまくるのだ、という具合に考えられがちです。

僕にもキャリア官僚の友人が何人かいますが、少し違うように思います。キーワードは「承認」です。天下りの座席を増やせば上司や仲間から「よくやった」と承認され、そうした営みを否定すれば承認から見放される。そこに動機づけのポイントがあるのですね。

「承認」は様々な今日的問題を理解するための共通のキーワードです。たとえば米国の法学者キャス・サンスティーンによれば、民主的決定が皆で決めるがゆえに暴走しがちです。こうした「集団的極端化」が起こる理由は実証データから見ると2つあると言います。

第一は、承認を求めて右往左往するコミュニケーション。米国政治学の思考伝統では「承認を求めて右往左往」と言えば、「中間集団に包摂されない剥き出しの個人は暴走する」というリースマンやラザースフェルトに代表されるトックビル主義の命題が含意されます。

第二は、不完全情報です。不完全情報のもとでは、極端なことを言う人が、潔く、ピュアで、堂々と見えます。それゆえ、不完全情報下では、承認追求的なヘタレが「断固!決然!」的に噴き上がり、「集団的極端化」に向かうのだ、とサンスティーンは言います。

共同体の空洞化ゆえに誰もが寂しい時代には、寂しさを埋め合わせる承認を欲しがるがゆえに、集団外を配慮せずに集団内規範に従ったり、周囲から堂々と見えるというだけで出鱈目な「断固!決然!」に淫します。承認追求的ヘタレぶりは、官僚も庶民も同じです

宮台:[略]⋯検察庁は、倫理的な志を高く持った検察官を選りすぐって登用する仕組みになっていないのでしょう。でも、そうした人材を登用できたとしても、それだけでは難しい。そのことを市川さんの例が示しています。

以前、ノーパンしゃぶしゃぶ事件で大蔵省の役人が捕まったとき、そのなかに丸山眞男の教え子がいました。学生時代の彼は、極めて倫理感の高い人だったと聞いていますが、組織内環境に適応するうちに変わってしまったのではないでしょうか。

市川さんは高い倫理観をお持ちでいらっしゃいますが、検察庁の組織内環境に飲み込まれそうになって、ギリギリのところで帰還された。如何に倫理観が高くても、声をあげて自分だけが切られるような状況だと、心が折れるのが人の常かもしれません。

宮台:これ[部分可視化]では検察が作った任意のシナリオを補完するような映像だけが編集される可能性があります。また日本は起訴便宜主義で、検察が処罰の必要がないと認めたものは起訴猶予にすることがあります。

検察が巨大な権限を与えられているとも言えますが、検察の起訴決定が事実上は裁判所の判決と同じ機能を果たしてきた状況での日本の裁判所の能力を考えると、検察が起訴すべき案件の取捨選択を厳密に行わなければ、裁判所のキャパシティを超えてしまいます。

ことほどさように、検察だけを変えればいいという話ではなく、警察の取り調べから裁判所のあり方まで含めた司法全体の設計を変えなければ、別のところにシワが寄るだけで、解決にならないどころか、もっとひどいことになるかもしれません。

宮台:(1)裁判では極めて精密なストーリーが要求され、(2)精密なストーリーを作るには自白が必要不可欠で、(3)必要な自白を引き出すために長い勾留期間が必要になっている、ということですね。

こうした精密司法を念頭に置くと、度々話題になる検察や裁判所の「証拠不開示」の意味も分かります。「微に入り細に入り」のストーリーになるほど、ストーリー造りのために主観が入るリスクが高く、ストーリーに合致しない証拠が山ほど出てきてしまうのです。

今後は「反対証拠と反対尋問をベースにして検察官(のストーリー)を裁く」という近代裁判の原則に従って、法廷で事実を明らかにする形にしなければなりません。当然ながら99.9パーセントの有罪率など維持できるはずもありませんが、それでいいのです。

宮台: 『検事失格』という本の「失格」という言葉が象徴しますが、ダメな人ほど上に行き、上に行くほどダメになる。つまり、検察組織内で「合格」することが、本来的な意味で「失格」を意味するような構造を温存して、個人の良心にだけ期待するのは酷な話です。

今回は有意義な議論ができました。マル激ではこれまでも「抽象的に個人を責めても仕方がなく、組織文化を変えるべく、組織構造を変えねばならない」という話をしてきましたが、その僕ら自身にもよく分かっていなかった構造的問題が、よく分かりました。

結局は司法全体を構造改革しなければいけませんが、全体を同時に変えるのは無理です。どこから手をつければいいのか考えなければなりません。そのためにも、まず、マスメディアが国民に、(1)近代法の理念と、(2)司法の現在の、両方を説明しなければなりません。

ところが、今度は日本のマスメディアにそうした能力が存在しないことが問題になります
。日本のマスメディアが「第四の権力」としての牽制機能を発揮できないので、打ち上げ花火のように全ての騒動が一過性で終わってしまうのです。これもまた困った問題です。

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