11都府県への緊急事態宣言発出は遅きに失した――2月に入っても解除のめどが立たないほどに患者が膨れ上がってしまい、政府に対する批判が後を絶たない。さらには外国由来の変異株の登場で、解除後のリバウンドに懸念も膨らむ。
いったん解除したとしても、次の急増局面で日本はきちんと対処できるのだろうか。2度目の緊急事態宣言から導き出される教訓とは何か。
分科会長の尾身茂氏
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「専門家の先生方は非常に問題視していて殺気立ってもいた」
「年末はもう蛇口が開きっ放しで風呂桶も溢れている状態、誰か止めてくれという思いでした。(11月の段階で対策をしておけば)あの12月には、別のシナリオがあり得たのではないか……と思います」
そう語るのは鳥取県知事の平井伸治だ。全国知事会を代表して新型コロナウイルス感染症対策分科会に出席している。
平井がその“分水嶺”として振り返るのは、今から3カ月ほど前、北海道で感染拡大が見られ、その後、大阪府、東京都でも感染が拡大した11月下旬のことだ。18日には、全国の感染者数が初めて2000人を突破し、翌19日には東京都の感染者数が500人を突破した。首都圏から地方へと感染が広がる局面で、これを抑えるためには複合的な対策を集中させる必要があった。
尾身茂が率いる分科会は20日に、感染拡大地域で酒を提供する飲食店への営業時間短縮の要請やGo Toトラベル事業の一時停止など6項目にわたる強い対策を記した提言を発表する。
「当時、注目が集まっていた自治体のうち大阪府や北海道はこれを受けてステージ3対策に動きました。でも動きがないところもあった」(同前)
「動きがないところ」とは東京都のことだ。感染対策を強化する大阪府と北海道の意向を踏まえるかたちで政府は24日、大阪市と札幌市を目的地とする旅行についてGo Toの対象から除外すると決めた。すでに北海道は11月上旬から先んじて時短要請を始めており、その後、歓楽街での休業要請にまで踏み込むことになる。
これに対して東京都は、Go Toについては自らの判断を避け、時短要請は「午後10時まで」に止め、中途半端な対策を続けて時間を浪費した。
平井は「やはり(東京は)動くべき時だったと思います。実際、専門家の先生方は非常に問題視していて殺気立ってもいた」と話す。
11月25日、平井は、動きの鈍い東京都に苛立つ専門家たちと顔を合わせた分科会で、印象的な提案をした。
「サルでもステージ3とわかる資料を出すべきではないか」
「『サルでもステージ3とわかる資料を(分科会の専門家から)出すべきではないか』と申し上げたんです。誰が見ても『厳しい対策に踏み出すべき段階に入った』と一目でわかってもらえるような資料があれば、報道を通じて住民の方にも『(厳しい対策指示が出ても)もうしようがない』と思ってもらえるのではないか。そうなれば知事も判断しやすい環境になる、と。『サルでもわかる』という言い方が先生方の笑いを誘いましてね」
平井が口にした「ステージ」とは、感染状況を評価するために分科会が策定した基準だ。「新規感染者数」や「病床の逼迫度合い」など6つの指標それぞれがどれほど深刻化しているかによって、大別して「散発的感染」から「感染爆発」までの4つのステージに当てはまるかを判定する。一番上のステージ4は「緊急事態宣言を出すべき状況」で、ステージ3はその一歩手前だ。
ただ、6つの指標の数値だけではどれだけ緊迫したものなのか、一般の国民には伝わりづらい。そこでそれぞれの指標が、県ごとにどの水準にあるか、「ステージ3ならオレンジ」、「ステージ4なら赤」とぱっと見てわかるようにして見せる表現の工夫は、のちに新聞やテレビが採用する方式だが、そうしたイメージを平井は先取りしていた。しかも平井の提案は、それを分科会資料として出してはどうかというものである。
実現していれば、何が起きたか――。
「ステージ3」は、緊急事態宣言をできるだけ回避するため、早期に対策の引き金を引くステージだ。だが、平井が提案した時点で、東京都では「陽性率」を除く5指標がすでにステージ3の水準を超えていた。
6つのうち5つの枠がオレンジ――そんなポンチ絵を分科会が出せば、取材する記者たちがオーソライズされた判定と見てとって「東京都・ステージ3」という新聞の見出しやテレビのヘッドラインが大きく報じられた可能性は確かにある。少なくとも、都知事の小池が他地域に比べ緩やかな対策で済ませる理由をより厳密に問われることになったのは間違いない。
平井がそんな提案をしたのは、当時のステージ判定に難しさを感じていたからだった。
「感染が急激に広がる局面では、緊急事態宣言に相当するステージ4に行く前にブレーキをかけた方がいい。でもこれを客観指標でなく知事の判断とされるとなると、重荷になるんです。強い対策に切り替えるとなると、地元の観光やもろもろの業界のことを考え始める。圧力を感じもする。専門家も西村大臣も『知事が総合的に判断を』と仰るのですが、知事自身に判断の責任を負わせると、やるべき対策を取らなくなってしまうかもしれない、と私は思っていたのです」