厚労省の官僚時代、37年にわたって老人福祉や医療の問題に取り組んできた辻哲夫氏。現在は東京大学高齢社会総合研究機構の客員研究員として、地域包括ケアシステムのモデル事業「柏プロジェクト」(千葉県柏市)に携わっている。柏プロジェクトとはどのような事業なのか。近年問題になりつつある高齢者の貧困と併せて話を伺った。
取材・文/盛田栄一
団地の建て替えで生まれた余剰地に在宅医療介護の拠点を実現した「柏プロジェクト」
みんなの介護 東京大学、柏市、UR都市機構が一体となって、地域包括ケアシステムのモデルケースとなり得る「柏プロジェクト」を進めていると伺いました(前編)。改めて、その概要を教えていただけますか。
辻 柏プロジェクトは、地域包括ケアシステムを構築するうえでどのようなコミュニティを構築できるのか、その実証モデル事業として2009年からスタートしました。人口40万人都市である柏市は20の日常生活圏に分けられていますが、その中でも特に高齢化が進んでいる豊四季台地域をモデル地区に選定しました。
この地域には、1964年に建設された豊四季台団地があり、この団地の建て替えに併せて、東京大学、柏市、UR都市機構の三者で研究会を設立。新たなまちづくりを検討していくことになったのです。
みんなの介護 モデル事業としてスタートしたプロジェクトとのことですが、現在の進捗状況はいかがですか。
辻 豊四季台団地の建て替えで生じた余剰地に、民間の「サービス付き高齢者向け住宅」を誘致しました。その1階に、24時間対応の小規模多機能型居宅介護や、定期巡回随時訪問介護・看護などの在宅ケアの地域拠点が併せて誘致されたのも大きなポイントです。
また、在宅医療の推進拠点として、医師会をはじめとする三師会と、市役所の在宅医療の推進する課が同居している「柏市地域医療連携センター」も設置されました。その近隣に子育て支援のためのこども園もあります。詳しく述べませんが、今は、日常生活圏単位のフレイル予防や日常生活支援のモデル化に力を入れています。
ひな型を活用した地域包括ケアシステムの「標準化」を目指す
みんなの介護 柏プロジェクトは地域包括ケアシステムの先駆的事例として、各方面から注目を集めていると聞きました。辻さんが柏プロジェクトを推進しようと思われた動機は何だったのでしょうか。
辻 私自身、地域包括ケアシステムに対して強い思い入れがあったからですね。
1971年の厚生省入省から数えて、今年で50年。「在宅福祉」「在宅介護」の議論から始まり、半世紀を経てようやくここまでたどり着きました。介護保険制度に軸足を置きながら、最終的には「まちづくり」という形が見えてきました。これからが正念場ですので、私としても地域包括ケア政策とコンパクトシティ政策の融合など、今後のまちづくり政策についていろいろと思うところがあります。
その一方で、地域包括ケアシステムの構築は、市町村行政にとって新しく難しい事業であることも実感しています。この仕事は、高齢者施設という箱をつくって終わり、ではありません。それぞれの地域において、行政はもとより、医療・介護・福祉関係者・地元事業者・地域住民など多様で多彩な人々と、信頼をベースにしたネットワークを築き上げていかなければなりません。
みんなの介護 各地域の高齢者福祉・介護保険担当者には、マネジャー、プロデューサー、またあるときにはコーディネーターであることが求められるのですね。
辻 それぞれの地域には固有の文化や風土があって、独自の人間関係があります。故に、地域包括ケアシステムの進め方はこれをやればよいといった一つの“正解”はありません。同時に、私が最も恐れるのは、行政がそれを各自治体任せにしてしまうこと。「地域には地域の事情があるはずだから、地域ごとに検討してください」などと言っていては、物事は先へは進みません。市町村行政の力量が必要です。そこで、各市町村が参考にできるような、論理と方法を明らかにしたモデルをまずつくるべきだと考えました。
構築すべきは、地域包括ケアシステムという「システム」です。システムは「仕組み」ですから、標準化が必要。その都市型の標準モデルの一つが「柏プロジェクト」です。システム構築までのプロセスを書籍『地域包括ケアのまちづくり』ですべて公開しています。
システムをゼロからつくるのは大変ですが、ひな形が一つあれば、それを地域の実情に合わせてアレンジできるはずです。ポイントは、システム構築には「あの人がいたからできた」というような特別な人は必要なく、誰が手がけても構築できるということが大切。私たちのプロジェクトを叩き台に、各地域に適合したシステムを構築してもらえれば、と考えています。