記事

「TPOのできた発達障害な人でも働きにくい社会」とそのコンセンサス

1/2

 私の場合、診察室はもとより、私生活でも「大人の発達障害」と診断された人によく出会う。私が好きで好きでしようがないインターネットやサブカルチャーの領域にも「大人の発達障害」と診断される人がごまんといて、彼らなりに活躍していたり苦労していたりする。

「大人の発達障害」と診断される人々に診察室で出会っても、プライベートで出会っても、彼らの大半は礼節や礼儀作法をしっかり身に付けている。少なくとも、そういったTPOがなっていない人にはあまり出くわさない。

 もちろん、空気を読んで当意即妙の発言ができる/できないであるとか、会話中の手足の挙動とか、そういった部分から発達障害の特性が垣間見えることは、ある。けれども古典的な自閉症のような重度の発達障害ならいざ知らず、「いまどきの大人の発達障害」と診断されている人のなかには一定のTPOを身に付けている人がたくさんいるし、そのおかげでプライベートな付き合いが成立するとも言える。

 ところが、TPOのしっかりした「大人の発達障害」の人でさえ、社会適応には四苦八苦していることが珍しくない。そのなかには「昭和時代だったら、ここまでTPOがしっかりしていたらセーフだったのでは……」と思えてしまう人々も混じっている。TPOさえしっかりしていれば、発達障害の人でも働ける場所があったのが昭和時代だったのではないか。

 たとえば三十年前の郷里の料理屋には、動作はていねいだけど動きの遅い従業員がいた。あの人が、令和時代のファミレスやコンビニで勤められるとはあまり思えない。そういった人々が駅や学校にもいたように思う。現在の私の診断基準で思い返すなら、彼らが「大人の発達障害」に該当していた可能性はそれなり高い。

 ホワイトカラーなサラリーマンで言えば、「窓際族」を思い出す。「窓際族」とは、閑職に回され暇そうに過ごしているサラリーマンを指す言葉として昭和時代に流行した言葉だ。体の良い厄介払いともいえるが、終身雇用制度がまだ残っていて、ともかくも定年まで勤めさせてくれたということでもある。「窓際族」という曖昧な雇用プールのなかにも、発達障害の人が紛れ込んでいたかもしれない。

 だが、「窓際族」のような曖昧な雇用プールは過去のものになり、「肩たたき」や「追い出し部屋」に取って代わられてしまった。

 2020年代の、とりわけサービス業の最前線にはそういう人はなかなか見かけない。たとえTPOがしっかりしていたとしても、ASDやADHDの人が働ける職域はそれほど広いとは言いづらい。傑出した才能を持ったASDやADHDの人が特別な待遇を受けることも無いわけではないが、それらはあくまで例外だ。人によっては、いわゆる障害者雇用という枠での採用や、あるいは授産施設で働いている場合もある。

 そういった振り分けが正規の診断手続きに基づいて為される限りにおいて、良いことだという社会的なコンセンサスもできあがっている。

 ということはだ、社会のなかで「大人の発達障害」な人が非-障害者雇用として働くためのハードルは昭和よりも高くなっていて、しかも、そのことについての社会的コンセンサスも(いつのまにか・たぶん)できあがっている、ってことではないだろうか。

 非-障害者雇用として働くための必要条件が厳しくなり、TPOがちゃんとしているだけでは足りないということになり、現在の「大人の発達障害」なる人々が職域を狭められているとしたら、それは、個々人の「障害」だけが問題とはちょっと考えられない。

 社会が人を受け入れる力を失っている、あるいは、働く人間にかんする社会的なコンセンサスがいつの間にか変化してしまっている、という点にも目をむけるべきだし、そこも議論されなければ片手落ちではないかと、私は思う。

 ところが、発達障害の診断と治療を良いこととするオピニオンこそ巷に溢れているけれども、「大人の発達障害」の職域が狭められていることや、そういう風になってしまった社会的コンセンサスの成り立ちやメカニズムに対して疑問のまなざしを向ける人はあまりいない。

 少なくとも、「みんなで発達障害を診断・治療しましょう」という声に比べて「大人の発達障害と診断・治療される人でも、診断される・されないにかかわらず、そのまま職場や家庭にいてもいい社会をつくりましょう」という声は私の耳にはそれほど聞こえてこない。

 ひとりひとりの社会適応を助ける、という点でみるなら、発達障害の診断と治療は理に適っている。精神科医や福祉関係者は積極的にそのような個人の手助けをすべきだろう。障害者雇用のようなシステムも、個人救済の仕組みとして必要なのは言うまでもない。

あわせて読みたい

「発達障害」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    【119カ月目の新地町はいま】災害ごみ仮置き場に響く「五輪どころじゃない!」の叫び 10年目の大地震で聖火リレーコースも損傷

    鈴木博喜 (「民の声新聞」発行人)

    02月24日 09:28

  2. 2

    東浩紀「“自由”の制限でウイルス消えず…長期的ヴィジョンなき罰則強化は現実逃避」

    文春オンライン

    02月24日 07:27

  3. 3

    ZEROは0でない それをwithと言うと思いますが 立憲民主党はやはりPCR利益誘導?

    中村ゆきつぐ

    02月24日 06:49

  4. 4

    私がwithコロナではやっぱり飲食業界が厳しいと思う理由

    宇佐美典也

    02月24日 12:00

  5. 5

    「GAFA課税」は国際的な議論へ 導入しない理由はないと言える背景

    山内康一

    02月24日 14:32

  6. 6

    ビートたけしが若者に「スマホを手放す勇気を持て」と語る理由

    NEWSポストセブン

    02月24日 17:00

  7. 7

    なぜ、57歳母と24歳の息子は死んだのか〜「八尾市母子餓死事件」の調査のため、八尾市に〜の巻 - 雨宮処凛

    マガジン9

    02月24日 15:13

  8. 8

    【読書感想】実録ブラック仕事体験記

    fujipon

    02月24日 10:35

  9. 9

    日本で唯一車で走れる砂浜が一部通行止めに 地元からは「地域の宝、早く復旧して」の声

    BLOGOS しらべる部

    02月24日 16:49

  10. 10

    企業不祥事の発生は「必然」だが発覚は「偶然」である-小林化工事案の考察

    山口利昭

    02月24日 06:44

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。