放送作家の深田憲作です。今回は「くまモンを生んだレジェンド放送作家」について書いてみたいと思います。
YouTubeで人気の「本要約チャンネル」を“テレビマンの本でやってみるコラム”の第3弾です。
これまで『水曜日のダウンタウン』を演出するTBS局員・藤井健太郎さん、『マジカル頭脳パワー‼』『エンタの神様』などを演出してきた元日本テレビ局員・五味一男さんについて書かせていただきました。
今回は、小山薫堂さんの『小山薫堂 幸せの仕事術』という本です。小山薫堂さんは『料理の鉄人』『カノッサの屈辱』『進め!電波少年』などを手掛けてこられた方で、テレビ番組以外でも数々の実績を残されています。
アカデミー賞外国語映画賞を獲った『おくりびと』の脚本、ゆるキャラ・くまモンを生み出すなど、放送作家の枠を超えて大活躍。放送作家からキャリアをスタートさせ、さまざまな分野で実績を残している代表格として、小山薫堂さんは秋元康さんと並ぶ2大巨頭ではないでしょうか。
オシャレな遅刻の言い訳「美味しいパンを買うために並んでいたら…」

小山薫堂さんは現在56歳。
薫堂さんと同世代の放送作家で、まだ現役バリバリで活躍している方はたくさんいらっしゃるのですが、僕がテレビ業界に入った12年前にはすでに薫堂さんはテレビ以外の仕事にシフトチェンジした後だったため、テレビ番組の構成の仕事はほとんどされていなかったかと思います。(エンドロールで「監修」として名前が載っているのはいくつかお見かけしました)そのため、僕は仕事をご一緒したことはおろか、テレビ局などで薫堂さんとすれ違ったことすら1度もありません。
これだけのレジェンドですから、薫堂さんが放送作家としてどんなアイデアを出されていたのか? 人間的にどんな方だったのか? など、薫堂さんを知る先輩放送作家と食事をした際には話を聞いたりします。
皆さん口を揃えて言うのは「小山薫堂は生粋の文化人」ということ。
老舗の日光金谷ホテルの顧問をされていたり、本物志向の食の雑誌『dancyu』で連載をされていたり、大人の男性ファッション誌『UOMO』で連載をされていたり、メディアを通して見る薫堂さんは“オシャレで粋な大人”というイメージがあるのですが、実際の小山薫堂さんも生粋の文化人だそうです。
僕が話を聞いた先輩は「日本で唯一の文化人が小山薫堂だ」くらいのことを言っていました。意味はあまり分かりませんでしたが…(笑)。
放送作家として仕事をされていた頃、ある日の会議で遅刻をしてきた薫堂さんがパンがたくさん入った紙袋を抱えて「美味しいパンを買うために並んでたら遅刻しました」と言った、というオシャレ遅刻エピソードもあるようです。これはよほど偉い人か、オシャレな人にしか許されない遅刻の言い訳ですね(笑)。
メディアで見る薫堂さんはその見た目も相まって、いつも穏やかで幸せそうに仕事をされているイメージがあります。この本を読むと、どうやらそれは薫堂さんの生き方・考え方が醸し出しているものだと分かりました。
秋元康も実践する「勝手にテコ入れ」の技術

放送作家は皆、普段から目に映る事象に対して「これが何か企画につながらないか?」というアンテナを張って生活していますが、薫堂さんの場合は目に映った事象を「これはこうすればもっとよくなるのに」といったおせっかいな気持ちで見てしまうと書いていて「勝手にテコ入れ」という表現をされています。
例えば、会社の近くにある行きつけのお弁当屋さんに「こんなお弁当を作ってみてはどうですか?」と頼まれてもいないのに企画書を書いて持っていき提案。実際にそのお弁当を発売したところ1番の売れ筋商品となったそうです。当然、謝礼ももらわず、ただただサービス精神でこれをやっていることからも、薫堂さんは生粋の“企画屋”なのだと思います。
“企画”というものに対して薫堂さんはこんな表現をされていました。
「企画とはサービスである。どれだけ人を楽しませてあげられるか、幸せにしてあげられるか」
「勝手にテコ入れ」という言葉を見て、僕はある人のことを思い浮かべました。秋元康さんです。以前、僕が秋元康さんを取材させていただいた時に「常に何かしらの企画を考えているんですか?」と聞いたところ「常に考えているかというとそうじゃなくて、ドラマを見ていたら『僕ならこうするのにな』、アーティストのライブを見ていたら『僕ならこうするのにな』と思っちゃう、“僕ならこうするな病”なんだよ」とおっしゃっていました。
最前線で活躍するクリエイターは仕事だから考えているというより、日常的に目に映る世界を自分なりの視点で捉え、クリエイティブな脳を働かせている人たちなのかもしれません。つまり人生を心から楽しんでいる人たちと言えるのかもしれませんね。
超一流の放送作家によるブランディングのテクニック
ではここで、企画の考え方について僕が1番「なるほど!」と唸った記述を紹介します。これは読んだ皆さんも会社で部下に話せると思うのでぜひパクっていただきたい話です(笑)
薫堂さんは2009年に東北芸術工科大学で企画を専門に教える「企画構想学科」を立ち上げられています。そこで「ブランディング」について学生に講義した内容を紹介していたのですが、これがとても興味深いものでした。
授業でカレーを出し、そのカレーを作った鈴木さんという女性を生徒に紹介した薫堂さん。そして、鈴木さんがそのカレーをどうやって作ったかを簡単にインタビュー。その後に「このカレーが食べたい人」と聞くと、手を挙げる人は誰もいなかった。薫堂さんは「この後、ある情報をみんなに伝えたら、きっと食べたくなります」と言った後、鈴木さんに色々な質問を投げかけていきます。
小山「息子さんは何をされていますか?」
鈴木「野球をやっています」
小山「どちらにいらっしゃいますか?」
鈴木「アメリカにいます」
小山「息子さんのお名前は?」
鈴木「ありふれた名前で、一朗という名前です」
小山「そう、この方はイチロー選手のお母さんです。イチロー選手が『朝カレー』と言っているのはこのカレーのことです。はい、このカレーが食べたい人?」
今度は学生全員が手を挙げたそうです。
薫堂さんは「これがブランディングというものです」と教えたのです。
同じ商品であっても、その背景にどういうストーリーがあるか、どういう思いでその商品が生まれているのかを知ることで人の心は大きく変わるし、味もより美味しく感じると。これはブランディングを学ぶ上で最高の授業だなと思いました。
これに近い考え方はテレビ制作の現場でも用いられています。テレビ番組の会議では「目線をつける」という言葉がよく使われます。同じ内容であっても「目線のつけ方で感じる面白さが変わる」「視聴者が見やすくなる」といった意味合いです。
例えば、大晦日の恒例となっている『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』の『笑ってはいけないシリーズ』。僕も10年以上関わらせていただいているのですが「絶対に笑ってはいけない」というルールによって、同じコントでも面白く感じてしまうという素晴らしい目線のつけ方だと思います。
読者の皆さんもにらめっこをした経験はあると思いますが、普段なら絶対に笑わないようなくだらないことでも「笑ってはいけない」状態だとなぜか面白く感じてしまいますよね?
日常生活の過ごし方に目線をつけることでアイデアが浮かびやすくなることにも薫堂さんは言及されています。(薫堂さんは「目線」という言葉は使っていませんが)
その1つが「もったいない」という目線。先述した企画構想学科である時、学生に「自分の周りにあるもったいないと思うものを探してどうすればそれが解決できるかを考えなさい」という課題を出したそうです。
すると学生から出てきたアイデアが…「トイレに流す水がもったいない」。トイレは1度に数リットルの水を使用しているらしいのですが、「大」「小」の2つのレバーがあるのにほとんどの人が「大」で流してしまう。その学生はそれが「小」では水量が足りないというイメージがあるからではないか?と考えたそうです。
そこで改善策として出してきたのが「小」の代わりに「普(通)」と表示したら「大」を流すことが恥ずかしくなって水の節約になるのではないか?というアイデア。これは「もったいない」という目線を与えなければ出なかった素晴らしいアイデアです。
これは“放送作家あるある”なのですが「テーマはなんでもいいからフリーで面白い企画を考えてきて」と言われたら困ってしまいます。なぜなら制約が無い方が企画は考えにくいから。
むしろ「お金がない番組だからタレント1人がワンルームでできる企画を考えて」といった制約を与えられた方が面白い企画が出てきたりします。実は1番ツラい発注は「なんでもいいからとにかく面白いこと・好きなことを考えていいよ」という制約のないものです。