トヨタ生産方式の真髄とはなにか。トヨタ自動車Executive Fellowで、社内で「おやじ」と呼ばれている河合満氏(73)は、「トヨタ生産方式って、がんばれ、がんばれと作業者を追い詰めるものじゃない。目的はサボることでもいい」という。『トヨタ物語』(日経BP)の筆者・野地秩嘉氏との対談をお届けする——。
本稿は、野地秩嘉さんのnote「トヨタの“おやじ”河合満・前副社長が説く「カイゼンの心」|『トヨタ物語』続編連載にあたって 第7回」の一部を再編集したものです。完全版はこちら。
トヨタ自動車Executive Fellowで、「おやじ」の肩書をもつ河合満氏 - 撮影=プレジデントオンライン編集部
トヨタ生産方式の本質は「心」だ
【河合】僕がこの本を読んで、感心したのは「心」が入っていること。トヨタ生産方式のことを解説した本って山ほどあるけど、結局、かんばんとアンドンとか道具の話なんですよ。
なぜ、トヨタがトヨタ生産方式を根付かせたか、トヨタ生産方式の心とは何かまでは書いていない。それじゃダメなんです。その証拠に、似たような改革をやっている会社はあるけれど、意識改革のところまで踏み込んでいるところはあまりありませんよ。大切なのはそこなのに……。
大野(耐一)さんたちがものすごく粘り強くやったことはトヨタ生産方式を根付かせることなんです。そういうことが書いてある本だと思った。
【野地】そうです。大野さんも鈴村(喜久男)さんも現場の幹部を怒ったのは、なんとかしてこの方式を根付かせなくてはいかんという想いがあったんですね。
【河合】情熱と信念ですよ。僕はほんとにめちゃくちゃ怒られたから。鈴村さんから。でも、あの情熱がなければ、トヨタ生産方式は定着していなかった。
【野地】張(富士夫)さんから聞きましたけれど、鈴村さんは部下に多能工になれと教えるために自分がまずフライス盤、旋盤を残業して覚えたようです。
やり方を全部覚えるだけでは定着しない
【河合】相手から答えを引き出すには、自分なりの答えを持っていないとね。そして、自分よりも、いい答えを引き出すことが大切なんです。僕は海外でもTPS(トヨタ生産方式)の指導をやっているけれど、手取り足取り教えてはいない。ヒントを出す。ヒントを出して、ちょっとでもやってみせると、相手は「あ、こういうことなんだ」って気づく。やってから気づくと、その後はもう楽しくなって、どんどん成長していく。
まあ、この本のなかにもそういうことが書いてある。だから、本でも、やり方から何から全部書いちゃいかん。ほんとに。そういう本がいっぱいある。でも、そういう本を読んでもトヨタ生産方式を実践することはできない。心の部分がわからなければ定着しない。
【野地】今でもやっぱり誤解されてますけど、トヨタ生産方式は作業者にものすごくつらいことを強制するしくみみたいに思われてるんですよね。
【河合】そうそう、労働強化みたいにね。我々だって、最初に言われた時は労働強化みたいに感じるんですよ。でも、「慌ててやれ」、「早くやれ」、「無理にやれ」とかはひとつもない。労働強化じゃないんですよ。
一度、大野さんが僕の上司のところにやってきた。現場で災害を起こした時だったけれど、上司に、「ケガをするような仕事をやっとっちゃあかん。ムダを省け」と。確かにケガする時って、ほとんどムダな仕事をやっている時なんです。
作業のムダがケガを生む
【野地】作業ではなく、運搬の時にモノを落とすとか。
【河合】そうです。不良を出して、不良を後始末しとる時に落としてケガをする。それから機械が故障するでしょう。その異常処置を直している時にケガする……。ほとんどそうなんですよ。標準作業で粛々とサイクルに乗って仕事をしとる時ってケガはないんです。
【野地】いいこと言いますね、もう本は書いちゃったけど(笑)。
【河合】いや、だけど、労働強化ではないと野地さんの本のなかにはっきり書いてある。
【野地】スポーツでもそうですね。ケガするって真剣勝負の時よりも、気を抜いて練習している時に多い。
河合氏の名刺。「おやじ」と記されている
【河合】だから会社でケガするというのはムダな作業をやってるんだと。大野さんからそう言われたことを僕は鮮明に覚えている。
なるほどなあって。ケガをするやつを見ても、ほとんど、けつまずいたり、すべったり、ぼんやりしたり、横見したり。集中してまっすぐちゃんと歩いてりゃケガしないのに。または、用もないのに、使わんものを置いておいて、そこに足を取られて転ぶとか。
大野さんが在庫をなくせというのは、その在庫に隠れ、危険、ムリ、ムダ、ムラや故障、不良が見えなくなってしまう問題を顕在化させるため。ピンと張った工程なら即ラインストップとなる。大切なのはその問題をその場で解決すること。
【野地】確かにそうですね。
【河合】なぜ、在庫を持ってはいけないのかは、他にも理由がある。ケガを防ぎたいというだけでなく。トヨタ生産方式の心の部分を書いておかないと、そこまではわからない。
単なる表面だけの、かんばんやアンドンの話だけわかっても何の意味もない。なんといっても、トヨタ生産方式は意識改革であり、日々の仕事として現場に定着させることなんです。
「とにかくサボりたくてしょうがなかった」
【野地】河合さんもインタビューでおっしゃっていたけれど、「カイゼンは横着なやつほど思いつく」。トヨタ生産方式が労働強化ではないという証拠みたいなものですね。みんな、楽がしたいからカイゼンをする。
【河合】そうです。
【野地】楽をしたいから、誰もがカイゼンを考えようとする。
【河合】ほんと。入ってすぐの新入社員から定着させないとダメです。管理監督者がいくら能書き垂れても、「楽をするために考えろ」と言う方がみんなやりますよ。
【野地】やっぱり頭のかたい人はあまりカイゼンはしないのですか、河合さんの周りを見ていても。
【河合】いや、頭のかたい人はね、もっと大がかりに金を使ってカイゼンをしようとする。ロボットを入れる、センサーを入れる。自動でやる。大がかりになるだけ。
【河合】僕らがカイゼンを考えたのは、とにかくサボりたくてしょうがなかった(笑)。いや、ほんとに。でも、最近の人ってまじめなんですよ。言われたことを言われたようにきちっとやる。僕らの頃は、標準作業をやれと言われても、少しでも早く帰って、酒を飲みに行きたいから、何かしら考える。「自分で好きなように考えろ」という風土ですから。
100個作れと言われたら、100個をいかに早く作ろうかを考える。そして、終わったら遊びに行く。そういう世界だったんですよ。
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