今回のテーマは、「トランプ弾劾裁判、3つの疑問点」です。米連邦上院(定数100)における2回目のトランプ弾劾裁判は、僅か5日間で無罪評決が下されるというスピード裁判でした。弾劾に必要な出席議員の3分の2に当たる67人には届きませんでしたが、野党共和党から7人が造反し、超党派で57人がトランプ有罪に投票をしました。
ドナルド・トランプ前大統領に無罪評決が下った本当の理由は何でしょうか。なぜトランプ氏は命の危険にさらされていたマイク・ペンス副大統領を即座に助けなかったのでしょうか。ジョー・バイデン大統領はどうして弾劾裁判と距離を置いたのでしょうか。本稿では3つの疑問点に答えます。
なぜトランプに無罪評決が下ったのか?
トランプ前大統領に有罪評決が下るか否かの鍵を握る人物は、共和党上院トップのミッチ・マコネル院内総務でした。マコネル院内総務は1月6日に発生した米連邦議会議事堂乱入事件について、トランプ氏が暴動を挑発した点に疑問の余地はないと主張したのにも関わらず、無罪に投票しました。その主たる理由として、マコネル氏は大統領職を退任したトランプ氏を弾劾するのは違憲であることを挙げました。
民主党のナンシー・ペロシ下院議長は、マコネル院内総務に対して次のように反論しました。下院はトランプ氏を1月13日に弾劾し、同月15日に弾劾管理人(検事官役に相当)を務める9人の民主党下院議員が「暴動の扇動」の条項を明記した決議案を上院に提出しました。
ところが、マコネル院内総務は休会中を理由にして受理しなかったというのです。トランプ前大統領在任中の弾劾裁判を拒否し、意図的に退任まで先延ばしにしたのです。そうすることによって、退任した大統領の弾劾裁判は違憲だと議論できるからです。マコネル氏は憲法論でしか民主党に勝てないと政治的計算をしたのでしょう。
1月20日の大統領就任式の前に上院議員を招集できたのにもかかわらず、マコネル氏はトランプ無罪の「言い訳」を作るために、大統領退任後に弾劾裁判を開く必要があったのです。そこで休会を続けたと、ペロシ下院議長は無罪評決後の記者会見で語気を強めました。その結果、トランプ弾劾の勢いが止まり、弾劾の機会が「盗まれた」とまで言い切りました。
ペロシ下院議長はマコネル院内総務を「不誠実だ」と呼び厳しく批判しました。トランプ無罪の背景には、マコネル氏の弾劾裁判日程の政治的及び戦略的利用があると確信しているからです。
「メークドラマ」の機会を逃した民主党
トランプ前大統領に無罪評決が出たもう1つの理由を挙げましょう。弾劾裁判最終日の後半に、民主党は裁判の流れを大きく変え、共和党からの造反者を増やす絶好のチャンスを得ました。爆弾証言が飛び出したのです。
合衆国憲法を専門とする元アメリカン大学名誉教授で、主任弾劾管理人を務めるジャイミー・ラスキン下院議員(南部メリーランド州)は、トランプ前大統領と共和党下院トップのケビン・マッカーシー院内総務の会話の内容を紹介しました。ラスキン下院議員によれば、会話の内容は共和党のジェイミ・ヘレーラ・バトラー下院議員(西部ワシントン州)がマッカーシー院内総務から直接聞いたものでした。中道穏健のバトラー議員は下院での弾劾裁判でトランプ有罪に投票した10人のうちの1人です。
驚いたことに、暴徒が議会を襲撃しているとき、トランプ前大統領はマッカーシー院内総務に対して、議会を占拠している人々は自分の支持者ではなく、左派の過激派集団アンティファだと語ったというのです。
しかも、トランプ氏は「人々(暴徒)はあなたよりも選挙結果に動揺し怒っている」とマッカーシー氏に述べ、両氏は罵倒し合ったというのです。弾劾管理人が主張したように、トランプ氏が暴動を止めようとしなかった確固たる証拠になります。同時に、トランプ氏は暴徒に対して迅速に対処するために行動を起こしたという弁護団の議論は妥当性に欠けることにもなります。
ラスキン下院議員はバトラー議員を証人として召喚することを要求しました。トランプ前大統領を強く支持する共和党のリンゼー・グラム上院議員(南部サウスカロライナ州)が、この要求を支持し、バトラー氏の召喚に賛成票を投じたのです。弾劾裁判の流れが分かる瞬間でした。
しかし米ワシントン・ポスト紙によれば、バイデン大統領と最も関係が近いと言われている民主党のクリストファー・クーンズ上院議員(東部デラウェア州)が召喚に強く反対しました。クーンズ議員は無罪評決後に、米ABCニュースのインタビューで、「証人を500人召喚しても結果は変わらないと判断した」と回答しました。同氏は追加経済対策案の可決と閣僚人事の承認を最優先にしているので、証言による弾劾裁判の長期化を望んでいなかったのです。
結局、バトラー下院議員の召喚は実現しませんでした。バトラー氏から多くの爆弾証言が出た可能性は否定できません。民主党は自ら「メークドラマ」の機会を逃がしました。
なぜトランプはペンスを即座に助けなかったのか?
ペンス前副大統領は15年共和党全国党大会で副大統領候補に指名されてから、約5年間トランプ氏に対して高い忠誠心を誓ってきました。にもかかわらず、過激な極右団体によって連邦議会議事堂が占拠され、ペンス氏と家族の命が危険にさらされても、トランプ氏は即座に助けませんでした。
弾劾管理人によれば、トランプ前大統領は議事堂乱入事件が起きた1月6日午後2時24分、自身のツイッターに、ペンス氏は憲法を擁護するために実行する勇気がなかったという内容の投稿して非難しました。上下両院合同会議で議長を務めるペンス前副大統領が、20年米大統領選挙におけるバイデン大統領の選挙人確定を阻止しなかったからです。
実際、ペンス前副大統領には選挙人確定を覆す権限はないのですが、トランプ氏は同前副大統領に失望し怒りをぶつけました。事実上、ペンス氏は「裏切り者」というメッセージを暴徒に発信したことになります。
弾劾裁判では議会の防犯カメラに映った暴徒が、「ペンスは裏切り者だ」「ペンスをつるし上げろ」と叫んでいる様子が紹介されました。暴動が発生してから、約3時間半後の午後4時17分にトランプ前大統領はやっと暴徒に向かって帰宅するように促しました。その際、彼らに対して「我々はあなたたちを愛している。あなたたちは極めて特別な人たちだ」と絶賛しました。
暴徒による議会襲撃の間、ペンス氏の護衛官はホワイトハウスに状況を報告しました。トランプ前大統領はペンス氏と家族が遭遇した危機的状況を把握していた訳です。
しかも、バトラー下院議員が明かしたトランプ前大統領とマッカーシー院内総務の会話の内容から、同前大統領はペンス氏と家族の命よりも、トランプ支持の暴徒に関心があったことがはっきり読み取れます。これでは、トランプ氏は「非情な上司」として米国民に映っても当然でしょう。
なぜバイデンは弾劾裁判と距離を置いたのか?
バイデン大統領はトランプ弾劾裁判について積極的に言及してきませんでした。弾劾裁判と距離を置いたのは明白です。ホワイトハウスのジェン・サキ報道官は、この件に関する記者団からの質問に対して、バイデン氏はもはや上院議員ではないと回答しました。
本来であるならば、弾劾裁判ではより多くの証人を召喚し証言を集め、それをベースにして判決を下すのが民主主義的プロセスであることは言うまでもありません。ところが証人を召喚すれば、審理は長引きバイデン大統領の追加経済対策案及び閣僚人事の承認は延期されます。バイデン氏は一刻も早い可決と承認を求めています。
率直に言ってしまえば、バイデン大統領にとってトランプ氏に有罪ないし無罪の評決が出てもレガシー(政治的遺産)にはなりません。バイデン氏がトランプ弾劾裁判から距離を置いた本当の理由は、同氏のレガシーが新型コロナウイルスを収束させ、経済を回復させることだらかです。