突如決まったマラソンコースの変更、大会運営予算の大幅な増額、森喜朗組織委員会会長の辞任…東京五輪は当初の計画からさまざまな変更が重ねられ続けている。問題の本質的な原因はそれぞれであるが、いったいどうしてこれほどまでに多くの変更が求められるようになってしまったのだろうか。
プロバスケットボールBリーグの初代事務局長であり、現在、日本ハンドボール協会の代表理事を務める葦原一正氏は、その原因の一つに、日本におけるスポーツビジネスの「政治意識」の低さがあるのではないかと語る。ここでは、同氏の著書『日本のスポーツビジネスが世界に通用しない本当の理由』(光文社)を引用。日本のスポーツビジネスが世界と渡り合っていくために欠かせない“発想”を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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「政治」の重要性
スポーツ界で働くようになってから14年になるが、グローバル化はなかなか進んでいない。
Bリーグの仕事に従事していた当時、東アジアバスケットボール協会の理事も兼務していたが、日本人からすると「何だ、これは?」と首を傾(かし)げることが少なくなかった。
たとえば、オリンピック予選の組分けを見ると、イランやヨルダンなどの西アジアのチームが有利になっていたり、国際試合の審判の派遣についても、作為的なものを感じざるをえないことがあったりした。
マーケティングについてもしかりだ。FIBAのパートナー企業には中国の企業が名を連ねており、当然ながらそれは、中国の影響力が高まっていくことを意味する。
同じことはバスケットボール以外の競技でも起こっている。そこで、日本としての利益を確保していくために、スポーツ庁やJOCは国際競技連盟に日本人を送り込もうとしている。これについては、私自身も全面的に賛同する。
2008年と2012年のオリンピックでフェンシングの銀メダリストに輝いた太田雄貴さんは、日本フェンシング協会会長、国際フェンシング連盟副会長を務め、IOCのアスリート委員に立候補している。日本オリンピック委員会の推薦によるもので、太田さん自身も前向きだ。
太田雄貴さん ©文藝春秋
彼は「水は上から下へ流れる」と言う。一般的に、チームの上にリーグがあり、リーグの上に日本バスケットボール協会のような国内を統括する団体があり、その上にはFIBAのような国際的に統括する団体が存在する。その階層はきれいに縦に積まれており、太田さんの言う通り、得てして上からいろいろな方針が降りてくる。競技の最前線(下)で交わされている声を、競技をまとめる団体(上)へ届けるには、最前線を知る人材が上に行くしかない。
上位団体で手腕を振るう意義
私のスポーツビジネス歴は球団からスタートし、リーグ立ち上げを経験して、協会の仕事もさせていただいた。球団で働いている時は、リーグが変革しないと厳しいと感じていたし、いざリーグへ来ると、今度は制度設計の根本が協会側にあって、そちらを改革しないと難しいと感じるようになった。つまり、仕事をすればするほど、上位団体に対する問題意識が強くなり、川上に意識が向いてしまう自分がいた。
そういう意味で、国際競技連盟に日本人を送り込もうとする機運は間違いなく正しいと考えるし、もっと活性化させていくべきである。一般的にスポーツビジネスというと、チーム経営を想起することが多いが、リーグや協会への人材輩出は今後の日本スポーツ界を考えるとより大事である。チーム経営の人材と求められる人材要件も大きく異なるので、今後はより深い議論が進むことを期待したい。
国際競技連盟で会長職に就いた日本人の少なさ
FIBAは、2023年に会長選がある。会長選は4年に一度で、会長は6大陸の持ち回りとなっている。現在はアフリカ大陸が会長を出しており、2023年からの4年はアジアに順番がまわってくる。
ここで日本は立候補するべきだ、と個人的には考える。
アジアから会長を出すことになれば、中国の姚明は最有力候補の1人だろう。現在FIBAアジアのチェアマンでもあり、彼が会長の椅子を射止める可能性は十分ある。FIBAの理事にはアジアから中国、マレーシア、日本が名を連ねていているが、西アジアの国も手を挙げてくるに違いない。姚明を含め複数の候補者が争う構図になるだろう。
国際競技連盟で会長職に就いた日本人は、過去に4人しかいない。1952年から1965年まで国際柔道連盟会長を務めた嘉納履正さん、1979年から1987年まで同連盟会長職にあった松前重義さん、1987年から1994年まで国際卓球連盟会長を任された荻村伊智朗さん、それに2017年から国際体操連盟の第9代会長を務めている渡邊守成さんだ。国際競技連盟の会長に日本人が就任したら、これは大変なニュースだ。
FIBAの会員数は213団体で、FIFAの211国と地域、FINA(国際水泳連盟)の208国と地域を上回る。FIVB(国際バレーボール連盟)の222ヵ国には及ばないが、IOCに対しても一定の影響力を発揮できる。
日本バスケットボール界は2016年にBリーグが開幕し、2019年にはワールドカップに21年ぶりの自力出場を果たした。NBAプレーヤーも出てきている。バスケットボールにまつわる複数の歯車が同時に回り出している今のタイミングで、アジアからFIBAの会長を選ぶことになっているのだ。黄金の好機が到来している、と言っていい。