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ゆるやかに、しかし着実に、自立へと歩みつつ ―― ある生活保護当事者の半生と思い みわよしこ

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自分の足での歩みが始まるまで

N医師のいる精神科デイケアセンターから離れた柳沢さんは、一年近く「やる気がしなくて寝ていた」そうだ。「追い出された」という思いが強く、大きなショックを受けていた。しかし、精神科の治療が必要なことは自認しているので、2008年秋、現在の精神科クリニックに通院し始めた。友人・知人・障害者運動家などの意見を聞いての選択だった。

そのクリニックは、特別な治療を売り物にしているわけではない。デイケアセンターもない。ただ、良識的な診察が行われ、常識的な処方がなされているだけだ。患者の日常生活が治療に際して重要であるという考えのもとに、小規模クリニックながら、2人のソーシャルワーカーが常駐している。それだけが、やや特別なことであるかもしれない。

柳沢さんは、2週間に1回、精神科で診察を受けるようになった。適切な処方を受け、服薬する。ハラスメントを受けることはない。そのような落ち着いた暮らしをしているうちに、「自分にも余裕が出てきた」と柳沢さんはいう。

2009年、柳沢さんは、自分の意志で保健所を訪れ、保健師に

「これからどうしたらいいか、生活をどうやって改善したらいいか」

と相談をした。そして、現在通っている地域生活支援センターの存在を教えてもらった。また、太りすぎていたので、栄養士さんも紹介してもらった。食べるものや食事回数についてのアドバイスを受けた。相談出来る人が近くにいることを知った柳沢さんは、さらに安心して日々を送れるようになった。

「できれば就労を」と強く望んでいた柳沢さんは、精神障害者向けの就労支援プログラムを見つけて参加してみたりもした。半年間の訓練は、

「辛かった。自分のためにはなったかもしれないけど、合わなかった」

という。ソーシャルワーカーの一人が「ねちっこい」人物で、攻撃されて苦しい思いをしたそうだ。

柳沢さんの地域生活支援センターへの通所が始まったのは、2011年秋のことだった。気構えずに通所し、ストレス少なく過ごすことができる。10人ほどの参加者に対し、スタッフは3人。スタッフは、ときどき「参加者がよりよい時間を過ごせるように」と会議をするなど、熱心だ。

以前通っていた精神科デイケアセンターについて、現在の柳沢さんは

「なんか、おかしい。はまったら、もうダメ」

という。

「的にされている」生活保護当事者

穏やかな現在の日々を穏やかな口調で語る柳沢さんだが、昨今のメディア報道や政治の動きに対しては、

「生活保護の当事者って、的にされていますよね。ネタにされていますよね。生活保護がらみのことを悪くいえばいいというか」

と、声に怒りをにじませる。

「テレビ、おかしなところばかり映すじゃないですか。パチンコとか。そうじゃない人も多いのに。生活保護を受けている人がどういう人なのかも分かってないのに、とりあえず叩いとこう、みたいな」

そうでもないメディア関係者も少なくはないのだが、柳沢さんは

「放っといてほしいです」

という(それなのに、筆者のインタビューに応じていただけたことに、心から感謝を申し上げる)。

一連の報道は、着実に自立の幅を広げていこうとしていた柳沢さんにとって、辛いものであったようだ。

「自分の場合、真面目に、自分なりのやり方で作業所に行こうとしているところに、あんなふうに言われると、『ラクしている』『甘えている』と思われている気がするんです」

精神疾患を「甘え」と片付ける人は少なくない。でも、柳沢さんは

「もとの病気をなんとかしないと、まともに働けないですよ。俺、無理に働いて身体壊したし」

という。生活保護を「甘え」と言う人に対しては、

「これから働くために生活保護のお世話になってるんですから。それに、決してラクな生活じゃないですよ」

と言いたい。

柳沢さんの生活保護当事者としての生活は、すでに12年にも達している。これは、「税金で長い間養われて、トクをした」という性格のものだろうか? 柳沢さんは

「そんなことはないです。生活保護のお世話になりはじめた時点で、生活できるからといって、何の保障もないんです。生活保護で長い時間を費やしたら、無駄です」

という。

筆者も「そうだろうな」と思う。履歴書には、大きな職歴の空白期間ができる。労働による社会参加という機会を得ることが困難な、辛い時間が流れる。そして再度の就労は非常に困難だ。生活保護を経験したことをスティグマ視する経営者は少なくない。

「世論とか圧倒的多数に責められること、遊び半分でネタにされるのが一番イヤ」

という柳沢さんは、最後に

「生活保護のお世話にならざるを得なくなった人たちに、耳を傾けてほしい、好きでお世話になったわけじゃないです」

と話を結んだ。

「新仕分け」に際し、また衆議院選挙・都知事選に際し、生活保護基準引き下げに賛成する意見を述べた方々に、私は直接確認したいことがある。

その意見、その選択は、現在すでに苦しんでいる人々を、さらに苦しめる。場合によっては、息の根を止める。本人なりの自立への小さな歩みに、大きな打撃を与える。

苦しめる側の人々に、苦しめられる人々の姿は、どれだけ見えているのだろうか。苦しめる可能性は、どれほど具体的に見えているのだろうか。見えたとして、それでもなお、その意見を表明し、その選択をしなくてはならないと考えることができるのだろうか。直接質問し、その答えを直接聞きたい。

みわ・よしこ

1963年、福岡県生まれ。ICT技術者、半導体分野の企業研究者などを経験した後、2000年より著述業に転身。ノンフィクション全般を守備範囲とする。技術者・研究者としての経験を生かしたインタビュー、その分野を専門としない人に対する解説・入門記事に、特に定評がある。2013年2月、日本評論社より書籍「生活保護のリアル」を刊行予定。

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