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ゆるやかに、しかし着実に、自立へと歩みつつ ―― ある生活保護当事者の半生と思い みわよしこ

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「保険適用のカウンセリング」から生活保護へ

原家族で「気分次第で子どもをひっぱたく」両親に虐待されて育った柳沢さんは、学校ではイジメに遭うことが多かった。成績は下位。家庭では、親の顔色を読むことに神経をすり減らす毎日。勉強をする余裕は、肉体的にも精神的にも、ほとんどなかった。

「偏差値の低い高校」を卒業し、親の強い意向で入学させられた専門学校を中退した後は、内装・事務などの仕事に就いていた。雇用形態は、あまりよく覚えていないという。少なくとも、安定や自己評価につながる業務内容や雇用形態ではなかったようだ。人間関係でも悩むことが多かった。原家族から離れて一人暮らしを始めてみたが、何かがはかばかしく改善されることはなかった。

24歳の時、状況を打開するために「カウンセリングを受けよう」と思った。ところが、カウンセリングを自費で受けると、最低でも一時間あたり3000円~4000円が必要だ。当時の柳沢さんに、それだけの経済的余裕はなかった。その時、東京都内のある精神科デイケアセンターで、カウンセリングに保険が適用されることを知った。柳沢さんは、そのデイケアセンターに通うことにした。平日は事務の仕事を続けながらの精神科デイケアセンター通いが始まった。

当時の職場環境は、事務スタッフ一人に上司が一人ずつ。上司に命じられる雑用やデータ入力をこなす。人間関係は「ややこしかった」。上司たちは「きつい」人物で、周囲にいた3~4人ほどのスタッフは全員、柳沢さんより前に退職してしまったそうだ。朝も昼も食事は摂らず、夜、おにぎりかインスタントラーメンを食べるような生活だった。柳沢さんの身長は170cm以上あるが、この時期の体重は54kgだったという。その毎日を「生活のためだ」と自分に思い込ませていた。

精神科デイケアセンターには土曜日に通うつもりだったが、土曜日はぐったりしてしまっており、通うことが難しかった。

やがて、柳沢さんは仕事を続けられなくなった。休職と復職の繰り返しの後、退職。収入の途をなくした柳沢さんは、虐待する両親のいる東京都郊外の実家に戻るしかなかった。

「実家は最悪だったのに、帰らなきゃいけなくなっちゃって」

と、柳沢さんはいう。両親は、精神疾患に対して、理解しようという気が全くない。

柳沢さんは、酒浸りになった。家族となるべく顔を合わせないように、昼ごろ起きる。そのまま、二階の自室で酒を飲む。誰も家にいない夕方、階下に降り、どんぶり飯と卵と納豆を食べる。このころの自分については、

「やることがないので、無理やり飲んでた。酒に逃げていたんです」

という。

このころ、月に一回くらいは、精神科デイケアセンターに通うことができていた。当時の主治医・N医師は、親・柳沢さん・自分の三者面談の場を設け、

「こんな状態だから、家を出て生活保護を取って治療しなさい」

と、生活保護申請を柳沢さんに勧めた。柳沢さんは、そうすることにした。

生活保護当事者を狙い撃ちにした医師のハラスメント

生活保護を受給することになった柳沢さんは、治療のためにデイケアに熱心に通いはじめた。すると、状況は悪化した。生活保護を勧めたN医師は、柳沢さんに対して

「なんでもかんでも親のせいにしやがって」

と攻撃を開始した。患者のミーティングでは、参加している他の患者の前で、

「みんな、こいつなあ、どうしようもないやつなんだよ」

などと、柳沢さんのことを紹介する。

さらに、冤罪めいたことまで起こった。

「柳沢さんに嫌がらせをされた女性がいる」

ということが、そのデイケアセンターで問題になった。相手は、顔も名前も知らない人だった。しかし、女性の看護師3人が「証人」だという。結局、柳沢さんは謝罪させられた。

医師にターゲットにされている患者を、精神科デイケアセンターの他のスタッフが丁重に扱うことはない。柳沢さんは、そのデイケアセンターのソーシャルワーカーなどにもターゲットにされた。ソーシャルワーカーのH氏は、柳沢さんの行動を逐一チェックした。ふつうに歩いているだけなのに「足音が大きい」と注意したり、女性と話していると「N先生に、女の人と話しちゃダメって言われませんでしたか?」と割り込んできたりする。

診察は、N医師が一方的に30分ほど話し、柳沢さんは相槌を打つだけの内容だった。毎回、ドグマチールという向精神薬の筋肉注射をされた。認可されたばかりのSSRIが処方され、すぐに処方中止となった。柳沢さんは離脱症状に苦しんだ。N医師の診察では、「毎回」といってよいほど処方が変わった。柳沢さんは「なんで、そんなに薬を変えるんだろう?」と思いながら、処方された薬を素直に飲んでいた。

やがて、柳沢さんは、希死念慮に襲われるようになった。ハラスメントに遭うデイケアに週4回通うことを、N医師はノルマとして課し、「従わなければ生活保護を切る」と脅す。しかし柳沢さんは、デイケアに行くことを考えただけで、死にたくなる。この時期について、現在の柳沢さんは

「死にたくなるのは、当然ですよね。めちゃくちゃだし、自分でものを考えて行動するというのを全部潰されていたし」

と語る。

幸い、障害者運動家との出会いがあった。その人の勧めで、問題のデイケアセンターから離れることにした。2007年末のことであった。転院の希望を告げると、N医師は「やめろ、いなくなれ、二度と来るな」と捨て台詞を吐いたという。

この精神科デイケアセンターに通っていた別の数名から、筆者は、類似の体験談を聞いている。医師が生活保護受給と単身生活を勧め、デイケアセンターのソーシャルワーカーの付き添いのもとで申請をさせる。生活保護当事者としての生活が始まったら、デイケアへと囲いこむ。ほどなく、医師などによるハラスメントが始まる。

それは、一般的な「ドクター・ハラスメント」というよりは、カルト宗教の洗脳の手段の一つに近い感じである。主治医も処方もしばしば変わる。当然、治療効果など期待できない。危険性に定評のある向精神薬、販売されたばかりで定評のまったくない向精神薬が多く処方されることも、特徴の一つだ。処方の量も、一般的に適切とされる量の数倍に及んでいることが珍しくない。

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