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「脱原発でハマったロシア依存」メルケルがプーチンに本気で抗えないワケ

ナワリヌイ氏の収監に欧米が強く反発

ロシアの反体制指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏の処遇をめぐり、欧米とロシアの関係が悪化している。事の発端は1月23日にナワリヌイ氏の呼びかけを受けてロシア全土で行われた、大規模な反政府デモだった。ロシア外務省は2月5日、このデモに参加した欧州連合(EU)加盟国の外交官3名を追放、EU側も報復措置に出た。

2019年8月2日、ルブミンの建設現場にノルドストリーム2のPIGトラップを設置:特殊な重機がトラップをドイツ北部まで運んでた。トラップの長さは約20メートル、重さはそれぞれ約60トン。 - 写真=Nord Stream 2/Paul Langrock

ナワリヌイ氏は昨年8月、ロシアで毒殺未遂に遭い、その後ドイツで治療を受けていた。今年1月に帰国した際に当局により身柄を拘束されたが、この一連の出来事が極めて非民主的であるとしてEUと米国はロシアを強く非難していた。ロシアの裁判所は2月2日、執行猶予中のナワリヌイ氏を実刑に処したが、これにも欧米は反発した。

2014年に発生した、いわゆるクリミア危機(ロシアがクリミア半島を併合したことに伴い欧米との間で生じた対立)以降、ロシアは欧米から制裁措置を受けている。当初、EUと米国は対露制裁で強調していたが、ある面では親露的であったトランプ前大統領の登場で、欧米による対露制裁は事実上、EUによる片発を余儀なくされた。

しかし伝統的な欧米流の価値観を重視するバイデン大統領が今年1月に米国で誕生したこと受けて、欧米による対露制裁のタッグが復活した。ロシア政府によるナワリヌイ氏への非民主的な扱いに米国とEUは批判を強めているが、そのEUのなかで微妙な立場に追いやられているのが、一時ナワリヌイ氏を保護していたドイツに他ならない。

ドイツが進めたい天然ガスパイプライン計画

表向き、ドイツは今回のナワリヌイ氏に関するロシアの対応を強く批判している。一方本音では、ドイツはロシアに対して強く出ることができない。ロシア北西部のウスチルガから、バルト海経由でドイツ北東部ルプミンまでの約1200キロを結ぶ海底送ガス管プロジェクト、ノルドストリーム2計画をドイツは推し進めたいためだ。

2020年9月1日、ロシアの上陸地でのパイプラインの建設が完了。敷設されたラインで、このボールバルブのような機器が現在試運転されている - 写真=Nord Stream 2/Igor Kuznetsov

ノルドストリーム2はすでに9割以上が完成、残る工区はドイツ側だけとなっている。エネルギーを安定的に確保したいドイツにとって、この計画の完遂は不可欠である。先の党首選で秋に退任するメルケル首相の事実上の後継候補となった与党・キリスト教民主同盟(CDU)のラシェット党首も、この事業の継続を支持している。

ドイツがこの計画を重視する裏には、温室効果ガス規制の存在がある。環境先進国とされるドイツは欧州でいち早く脱原発を進めてきたが、一方でこのことは温室効果ガスを出さない発電施設を失うことを意味した。再生可能エネルギーも伸び悩んでおり、比較的クリーンなエネルギーである天然ガスをドイツは是が非でも確保したいところである。

有権者の環境への意識が高い欧州では環境政党の力が強まっているが、ドイツはその最たる例だ。環境への配慮を名目にメルケル首相が推し進めた脱原発であるが、その実は環境政党へのけん制という政治的な要請に基づく決断だった。もはや脱・脱原発など不可能なため、与党CDUにとってノルドストリーム2の完工は文字通りの悲願となる。

目立つドイツのスタンドプレー

EUは環境規制に関するグローバルな主導権を握ろうと、そのルール作りに必死だ。またEU内でも、そうしたルール作りをどの国が先導するか政治的な争いがある。脱原発で温室効果ガス規制を実現する余地が狭まってしまったドイツとはいえ、この争いから離脱することなどできない。こうした複雑な背景をドイツは抱えているのである。

他方でEUは、人権や法の支配、民主主義といった価値観を重視する。そのため、そうした価値観を共有していないと判断した相手に対しては、身内に対しても手厳しい態度をとる。実際、政治が権威主義的な性格を強めているハンガリーやポーランドに対して、EUは制裁措置を辞さないという厳しいスタンスで臨んできた。

そうしたEUが重視する価値観と、ロシアによるナワリヌイ氏に対する処遇は相容れない。そうしたロシアが関わるノルドストリーム2の計画の中止の決議を、EUの立法府である欧州議会は採択している。また国境を接している関係や歴史的な経緯からロシアへの警戒感が強い中東欧や北欧の諸国も、この計画に慎重な立場である。

ある面では親露的だったトランプ前大統領も、欧州向けに米国産天然ガスの輸出を増やす意図からノルドストリーム2に反対、この計画に参加する欧州の企業に制裁を科す構えをみせていた。1月に誕生したバイデン新大統領は、欧米流の民主主義とは異なる価値観を持つロシアに対して、トランプ政権以上に厳しいスタンスを見せている。

是々非々での対応に終始せざるを得ないドイツ

こうした環境でも、ドイツは国内の政治的な要請に基づき、是が非でもこのノルドストリーム2を完遂するスタンスを堅持している。そうしたドイツの振る舞いは、一枚岩となってロシアに圧力をかけたい欧米諸国にとって、文字通りのスタンドプレーだ。欧米とロシアの関係悪化を通じて、ドイツが抱える様々なジレンマが浮き彫りになっている。

温室効果ガス規制などの環境対策の必要性が高まる一方で、この問題が持つ政治的な性格もまた日に日に強まっている。ノルドストリーム2に関してドイツが抱えるジレンマは、そうした環境問題が持つ高度に政治的な性格を、端的に物語っている。皮肉にも、環境先進国を目指したがゆえにドイツは深刻なジレンマを抱える事態に陥ったわけだ。

「ドイツは環境対策の先進国である」というポジティブなイメージが先行しがちであるが、国際政治や経済外交の点から解き直すと、そのことがドイツの行動を制約していることにも気づく。ドイツが抱えるパズルを解くことは容易ではなく、今後もドイツは様々な矛盾を抱えつつ、是々非々での対応に終始せざるをえないだろう。

その実、ドイツがEUを束ねるスーパーパワーとして伸び切れないのは、国益を追求するうえで日和見主義的なスタンスが強く、それゆえに様々な矛盾を抱えているからだともいえる。とはいえ、そうした面はフランスなど他のEU諸国にも共通する問題である。結局のところEU自体が、争点ごとに結束と反発を繰り返す運命を抱えている。

なお一般的に日本はグローバルな環境規制作りで出遅れているとされるが、一方それゆえに欧米の動向を見定めることができる。対ロシアや中国との関係でも、欧米とは基本的に歩調を合わせつつも、一種の緩衝地帯として機能することが可能だ。こうした独自の優位性を有効活用していくことこそが、外交戦略に求められるところではないか。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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