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ベーシックインカム導入の意義について考える

コロナ禍により、これまでの商売が成り立たなくなったという業態も多い中、2020年春の感染拡大以降、雇用の喪失が進み、失業者数も増えてきています。

先行きの見えない中、皆がより安心して暮らすことができる社会保障制度ができないか。一つの解決案が、ベーシックインカムです。最近、割と耳にするようになった方も多いのではないかと思います。

「ベーシックインカム」とは「最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して一定の現金を定期的に支給するという政策」(Wikipedia)です。すべての国民が、1人当たり毎月一定額の現金を政府から受け取ることができます。たとえば、月に1人当たり6万円を配るということなら、4人家族では毎月24万円受け取ることができます。これは未成年の子どもも同じ扱いです。

一定額を毎月受け取ることで、仮に勤務先が今回のコロナ禍のように大きな影響を受け、雇用が失われた場合でも、家賃や住宅ローン、光熱水費の支払い、食費など急場をしのぐことができます。しかも、危機に陥ってから申請し、認定を受ける他の社会保障制度と違い、常に給付されているので、有事に強いといえます。まさに憲法25条が保障する「最低限度の生活」を平時から下支えするものです。

ベーシックインカムは、これまでの社会保障制度を再構築するものです。生活困窮者向けの「生活保護」や、高齢者向けの「基礎年金」、子育て世代向けの「児童手当」、労働者の「失業手当」などをベーシックインカムに吸収し、シンプルな制度に変革します。

現在の社会保障制度は、非常に手間のかかる仕組みで運用されています。また、行政の裁量が多く、公平・公正さの面でも難しい点があります。たとえば、生活保護の認定業務は、資産調査などを詳細に調査しなければならないため、行政コストが大変かかります。役所もそのための人員を張りつける必要があります。また、生活保護を認定するかどうかはさまざまな要件をもとに判定するため、最後はどうしても役所による判断になってしまいます。児童手当においても、最近、政府が1,200万円以上の収入がある世帯主については廃止の方針を打ち出しましたが、これも公平性の上では納得しがたいものがあると思います。

すべての国民に一律一定額を給付するという、非常にシンプルでわかりやすい仕組みであるベーシックインカムですが、私が特に効果が大きいと思うのは、行政コストが大きく削減できることです。私が副知事をしていた熊本県でも、職員さんにお聞きすると、生活保護の認定業務に大きな労力を費やしていました。確かに、生活保護は国民の税金で行うものですから、不正受給がないように厳格に審査する必要はあります。しかし、それ以上に大切なのは、生活に困窮している方の自立を支援することです。ケースワーカーの職員が認定審査に割く時間を削減できれば、より立ち直るための支援を必要とする方に手厚いサポートをすることができると考えています。

また、生活保護制度は、そこからの脱出が難しい仕組みになっていることも指摘されてきました。頑張って働いて生活保護を脱すると、生活保護水準よりも収入が減ってしまい、勤労意欲を失わせてしまうというものです。ベーシックインカムの場合には、働いているいないにかかわらず受け取れますので、そのような問題は生じません。ただし、お金ももらうことで働かなくなる人も出てくるのでは、という指摘もあります。しかし、働きたいと思う人を思いとどまらせる仕組みのほうがやはり問題だと思います。

さまざまな社会保障システムをベーシックインカムで置き換えてしまうと、福祉の切り捨てになるのではないか、という批判があります。ご指摘のとおり、それだけでは暮らしていけない方々もいらっしゃるでしょう。すべての社会保障の仕組みを廃止するのではなく、あくまでベーシックインカムは「ベーシック」の部分を担います。ですので、それだけでは十分ではない方々に対しては、プラスアルファの福祉施策を行います。障がい者や高齢者(特に単身者)、ひとり親など、ニーズに応じて、追加の給付も含め必要な施策をそれぞれの分野で実施していけばよいと考えています。

シンプルな仕組みで社会保障を構築できるのがベーシックインカムの利点ですが、私は、それ以外の理由によっても、今だからこそ導入を考える価値があると考えています。それは、現在の人口減少社会、成熟経済、普及が進んでいくAI社会という環境変化の中、働き方、そして働くことの意義を転換させる後押しをするのが、このベーシックインカムだと考えているからです。

人口が増え続けていた高度成長期においては、人々の需要も旺盛で、それに応える企業も順調に利益を伸ばし成長してきました。そこで働く従業員も、勤続年数に応じて昇給していくという恩恵を受けることができました。しかし、人口減少に転じようとするあたりから、企業の成長も停滞するようになりました。わが国において、消費者が欲しいものはかなり手に入ってしまったこともあります。供給過多な経済構造となった中で、企業が成長の道筋を描けなくなりました。

再びわが国の経済が活性化するためには、需要が減退した分野で雇用を維持したままでは難しいでしょう。それでは企業もじり貧になり、支払う給料も上がらない、成長も見込めないという状態を長引かせるだけです。やはり、成長する分野に労働者が移動することが大切です。すなわち、わが国の労働市場の流動化を図っていくことが必要ですが、その前提として、次の職場を探す間にも、生活の安定を図れる仕組みがあればよいと考えます。ベーシックインカムは職を失ってから申請する失業給付とは異なり、常に支給されますので、次のステップやチャレンジを積極的に後押ししてくれることでしょう。

そして、ベーシックインカムを導入することによってもたらされるもののうち、最も重要なのが、働くことに対する意識の転換です。我々は長い間「働かざる者食うべからず」という価値観を持ってきました。これは自由主義経済が始まる以前からわが国にあったものと思います。いま、その価値観が転換するタイミングが来ているのではないでしょうか。今後、AIやロボットの普及により、私たちの働く場所は大きく変わっていきます。さまざまな仕事が自動化され、無人化されます。そうなったときに、人間が今までやってきた職場がなくなります。もちろん、これまで人が十分にやれてこなかったところに新たな雇用の受け皿が増えていくでしょうが、それもまた技術の進歩によって変化を迫られるでしょう。

そもそも、人間はよい暮らしをするためにさまざまな技術革新を生み出してきました。それは究極的には、人間が身をすり減らして働かなくても豊かに生きていけるように、という願望からでした。まさにその理想がだんだん近づいてきているのではないでしょうか。そうであれば、「働くことによって生計を立てる」という価値観から転換し「一人一人の人間は、そこにいるだけで、生きていく権利がある」という、憲法に掲げられている生存権を本気で保障する仕組みを作ることが自然なことだと考えます。

人間が人間であることの価値を認め、そこにお金を配っていく。企業が人を雇い、経済を回し、給料としてお金を落とす仕組みから、毎日毎日を生きていく人々が起点となって経済を起こし、循環を生み出していく。ベーシックインカムがあれば、自分がやりたいことを仕事にできる可能性が高まるでしょう。世の中に必要なサービスを新たに提供するために起業することも容易になるでしょう。

もちろん、ベーシックインカム導入にあたっては、さまざまな課題があることも確かです。最大の課題は財源をどうするかです。また、既存の社会保障制度との関係をどう考えるか。しかし、そこで立ち止まってはいけません。現在の仕組みのままでは、将来不安を払拭し、前向きに頑張ろうとする国民を後押しすることは困難だと考えます。先行きが不透明な中、一人一人の国民の足元に固めて安心感を与え、挑戦を後押しする。そのための検討を始める時期が来ていると思っています。

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