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みのもんたは“老害”だったのか? 水道橋博士が語る「テレビの王様」の異常な姿 『藝人春秋2 ハカセより愛をこめて』より #1 - 水道橋博士

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 プロ野球珍プレー・好プレー、朝ズバッ!、クイズ$ミリオネア……。さまざまな番組の名司会者として活躍し、2006年には1週間で最も多く生番組に出演する司会者としてのギネス記録も樹立したみのもんた。その姿はまさしく「テレビの王様」と呼ぶにふさわしいものだった。一方で清廉潔白なイメージからは程遠く、数々のスキャンダルを抱える人物でもあったことも確かだ。果たしてみのもんたの本当の姿はどんなものだったのだろう。

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 ここでは、浅草キッドの水道橋博士が奇々怪々な芸能人の姿を紹介した書籍『藝人春秋2 ハカセより愛をこめて』を引用。“芸能界に潜入したスパイ”として、水道橋博士が間近で見続けたみのもんたの実像に迫る。(全2回の1回目/後編 を読む)

◇◇◇

みのもんたを襲った息子の窃盗事件

 2013年9月13日──。

 みのもんたは次男が窃盗未遂で逮捕された報を受け、今後、報道番組への出演を自粛する会見を行った。

「コシモンダこと、みのもんた 親子揃って手癖が悪い!!」

 先の番組内での女子アナへのお触りセクハラ疑惑=コシモンダ事件もあり、テレビ以外のメディアは、そんなふうに面白おかしく囃し立てた。

 かつて、みのもんたは平成のテレビ欄における陣取りゲームの王様であった。

 2006年には「1週間で最も多く生番組に出演する司会者」としてギネス記録に輝いた。

 しかし、高視聴率タレントにもかかわらず、黒々としたアクの強い顔つきからも分かるが、そのイメージは清廉潔白から程遠いのも確かだ。

 事実、今回の件に限らず、醜聞は少なくない。

 好プレーもあれば珍プレーもある。

 ボク自身、同じ芸能人といえども自分とは住む世界が違う天上人と値踏みし、漫才や週刊誌の連載でよく笑いのネタにしていた。


©iStock.com

 ボクが初めてみのもんたとテレビで共演したのは、2003年4月11日のこと。

 日本テレビのクイズ特番『史上最強! 誰が一番TVを見ているのかグランプリ』であった。

 収録開始1時間前の17時、東京タワーの下にある芝公園スタジオに入った。

 みのもんたは本番前から共演経験のある他の出演者たちに気さくに声を掛けている。

 当然のことながら、ボクとの間に会話はなかった。

 そして、本番。ボクはいつもの如く「博士」にしてはクイズの正解率が中途半端な状態のまま迷走を続け、みのもんたも司会者として「博士の名前が泣いているよ!」などとネタにした。

さながら「ひとり24時間テレビ」の過剰な仕事ぶり

 その後も見せ場を作れぬまま収録が進み、小心者のボクはノミの心臓で焦るが、みのの進行は余裕綽々。

 それどころか、クイズの合間、司会席で踊り出したり、スタッフにウィンクして腕時計を指さし、ビールを飲む手つきを何度も繰り返したりと、緊張感ゼロで、番組を自分色に染め上げて心底楽しんでいるふうだった。

「嗚呼、王様はどうせ、番組後の打ち上げのことを考えているんだな……」

 司会者のゴキゲンな様子を見ながら、ボクはやっかみ半分で邪推した。

 収録は4時間ほどで、押すこともなく、22時に終了。

「お疲れ様でした!!」

 出演者たちの声がスタジオのあちらこちらでこだまするなか、ボクは脱兎の如く楽屋に戻るしかなかった。

 一方、スタッフによれば、そのまま打ち上げに行くとばかり思っていた、みのもんたは、その後、別室で軽く乾杯の音頭だけを取ると、すぐに移動して24時からの新番組の収録に駆けつけ、そして明けて朝4時にはTBSに入り、『サタデーずばッと』の生放送に臨むというのだ!

 さながら「ひとり24時間テレビ」とでもいうべき、その過剰な仕事ぶりを知り、先刻まで「いい気なもんだな!」などと思っていた自分の浅はかさを恥じた。

 さて「テレビで初共演」と書いたが、実はそれ以前にボクは毎週みのもんたと会っていた時期があった。

 遡ること約30年──。

 みのもんたは41歳、ボクは23歳の頃の話だ。

死んだような会社員生活

 文化放送を35歳で辞め、44歳で『午後は○○おもいッきりテレビ』の司会に抜擢されるまでの、ちょうどその空白期間。

 みのもんたが、まるで、みの虫のように冬眠を強いられていた、冬の時代。

 レギュラーはテレビ東京の月曜20時からの生放送『お笑い名人会』のみ。

 その司会を務めるため、週1回、収録会場である浅草演芸ホールを訪れていた。

 過去を振り返るいくつかのインタビューからみのもんたの心情を想像すると──。

「ラジオのブームも終わって『セイ!ヤング』を降板させられたんです。……花形DJからまたニュース読みだけの地味な泊まり勤務に逆戻り。スーパーの店先でスポンサーの新製品を売る仕事なんかしていて、存在感ゼロ。悔しかったねぇ……死んだような会社員生活を2年半くらいやってとうとう辞表を出した。もう家業の水道屋で頑張ろうって。会社からは慰留も送別会もなかった……。フリー転身後、歌の新番組に起用されて、番組を持たせてもらったのに、低視聴率で半年で打ち切り。申し訳なくてねぇ、惨めでねぇー。こんな思いはたくさんしたよ……その後『プロ野球ニュース』やリポーターでテレビとの縁をつなぎながら、家業の営業マンとして全国をライトバンで回ってね。転機になった『おもいッきり』の出演依頼を受けた時は、もうー心の底からうれしかったよ」

 慢心、挫折、一念発起、起死回生。

 後にテレビ東京で人気を博した『愛の貧乏脱出大作戦』は、みのもんたの人生そのものだったのかもしれない。

手渡された「御法川法男」の名刺

 ボクがみのもんたに初めて会ったのは、まさにこのどん底の時期だ。

 ただ、当時はそんな事情はつゆ程も知らなかった。

 我々、浅草キッドは駆け出しの1年目で、演芸ホールと同じビルにあり、かつて師匠ビートたけしも修業したストリップ小屋の浅草フランス座に預けられていた。

 楽屋に泊り込み、赤貧のその日暮らし。

 テケツ(切符売り場)の前でハッピを着込み、呼び込みとして「ストリップとコント見ていきませんか?」と道行く人に声をかける日々だった。

 そこに決まって、毎週月曜日、みのもんたが現れる。

 芸人の常で「お疲れ様です!」とボクらが義務的に頭を下げると、見ず知らずの我々を素通りすることなく、みのもんたは必ず立ち止まってくれた。

 そして、必ず話しかけてくれるのだ。

「へぇ~。君たちは、たけしさんのお弟子さんなんだ」

「で、田舎はどこ? 将来の夢は? 給料は幾ら貰っているの? それで暮らせるの?」

 矢継ぎ早に質問を浴びせる。本人にとっては何気ない会話であっただろうが、後にお昼の生放送で、彼が言うところの「お嬢さんたち」相手に話す時にも見せた、実にナチュラルで気さくな語り口だった。

 ある日、「これ渡しておくよ」と名刺をいただいた。

 そこには「御法川法男」という本名と実家の水道メーター会社の役職が記されていた。

 水は方円の器に随う──。

「水道橋博士」の名前で芸人人生を開栓したばかりのボクにとって、これから一体どんな人生になるのかと不安だらけの日々だったが、いきなり訪れたこの奇縁、思いがけない有名人との名刺交換は、強く記憶に刻まれる、忘れ難い出来事となった。

初めての共演

 初めて共演した日、この昔話を本人にどこかで打ち明けたかったが、言い出す機会を見つけられなかった。そして、今、みのもんたは次の現場へと向かおうとしている。

「みのさんッ!!」

 楽屋横の廊下を歩く、みのもんたを呼び止めた。

「実はボク、17年前、浅草のフランス座で呼び込みをしていたんです……」

「……」

 立ち止まるみのもんた。

 その姿は1986年の浅草と同じだった。

「当時、みのさんがテレビ東京の演芸番組の司会をされていて、浅草演芸ホールに入る前にボクらが挨拶すると立ち止まって声をかけてもらってたんです」

「……」

 黒い木彫りのギズモのような顔が怪訝そうにボクを見つめ返す、あの眼だ。

「今日、テレビで初めてみのさんと共演できて光栄でした!」

「……ああ!!」

「ファイナルアンサー?」の後の長い長いタメから「セーカイッ!」と晴れ渡る、あの皺深い笑顔を浮かべ、

「……先に言ってよぉお~。それは俺も嬉しいなぁ~。今日は記念日だね!」

 とボクの手を取り、ぎゅっと握手をしてきた。

 ボクが握り返すと、すぐに手を離し「じゃあ!」と足早に駆け出した。

 静と動、怒気と陽気、無言と多弁。

 変幻自在のヴォイスで、みのもんたは人の心を鷲づかみにする。

 あの日から早10年が経った。

 今や、みのもんたスキャンダルは収まりつかず、マスコミによる包囲網が張り巡らされている。

 なかでも、この『週刊文春』こそが、みのもんた批判の急先鋒、水と油、とことん水が合わない関係である。毎週、みのもんたの新旧の醜聞を握り、晒し、罵声を呼び込むキャンペーンが続いている。

 日本を元気にし続けた朝の顔は、曇りがちで、もはや徳俵に追い込まれた。

みのもんたは「老害」なのか

 ボクはみのもんたの敵陣であるだろう『週刊文春』の連載であえて書く。

 朝が来た。

 新しい朝だ。

 自分のための朝だ。

 これは、みのもんたの著書『義理と人情』のあとがきに記されている、ご亡父の遺した言葉だ。

「義理と人情」──。

 芸能界に潜入し、取材をして記せば、そのすべての物語に流れる地下水脈は、この言葉に集約されることに気がつく。

 今、みのもんたを「老害」と名指しし、退場を望む観客は確かに一部にいるだろう。

 しかし、一方で、長いキャリアを持つ司会者の遺言のような言葉ひとつひとつを最後まで見届けたい無言の観客も数知れない。

 しかも、我々は、この劇場の演者の一員であり、多くの芸能人がかつてはどこかで一宿一飯の恩義がある座長の危機だ。

 今こそ、すべてを水に流し、ズバッと新しい朝を迎えて欲しい。

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