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カナダの移民政策とスイスの国民投票――社会はどのように移民を受け入れるのか? - 穂鷹知美 / 異文化間コミュニケーション

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スイスでの国民投票への理解

その一方で、同じ国民投票が排外主義的な動きを抑制する安全弁の役割を果たし、移民政策を安定的に推移させる重要なプロセスとなっているという見方もまた、現在、広く定着しています。

例えば、政治学者でベルン大学教授のビュールマンMarc Bühlmannは、国民の間に移民が制御不能になるのではという「不安は実際に存在する」ことを認め、「問題を明るみに出し、それを整理するのが」任務である政党が、国民投票などの機会を通じて、「人々の不安をすくいとり、『あなたのために問題に取り組み、あなたの声を代弁する』と訴えかければ、市民は自分たちの不安が真剣に受け止められていると感じる」とします。そして、このように、人々の不安をなかったかのように否定するのではなく、むしろ表面化・組織化させる装置として働き、そのプロセスを追うことで、国民も問題を客観的にとらえることができるようになるとします(Renat, 2020)。

逆に、このような国民投票がなければ、政党が不安をすくいあげ、正当に評価することが難しくなるため、「極右政党がここぞとばかりに名乗りを上げ、人々の不安を激しい怒りに変える可能性」につながりやすくなる。つまり、ドイツやフランスで『ドイツのための選択肢(AfD)』や『国民連合』といった極右や排斥主義の動きが社会で目立ち、頻繁に暴力沙汰や衝突も起こしていることは、まさにスイスと反対の展開になっていると考えます(Renat, 2020)。

スイスドイツ語圏で最もポピュラーな日曜新聞『ゾンターグスツァイトゥンク』には、昨年9月の移民制限を議案にした国民投票を前に、以下のような意見が示されていました。

移民問題をテーマにする国民投票は、「そうでもしないと人があまり話したがらない国内の問題を、議論する機会を提供している」。そのような議論が「起こることは、少なくとも、投票結果自体と同じくらい重要だ。そしてこれこそ、われわれの直接民主主義システムの強みなのだ」。

「移民問題に関わり、これについて言い争うことは確かにやっかいだ。いたるところ落とし穴だらけで危険がひそむ。ひとことでもまちがった言葉を使えば、それだけで面目を失いかねない。このため、このことにできれば話したくないと思う人が多いのは理解できる。しかし、それは破滅的な結果をもたらしかねない。フラストレーションがどんどんたまたっていき、まったく予期せぬ方向に向かうかもしれない。」それゆえ、9月の国民投票は、「不都合でやっかいであっても、討議するための招待状のようなものであり、この機会を我々は利用すべきだろう」(Bandle, Wer, 2020)

高級紙として名高い日刊紙『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥンク』でも、「よく考えれば、政党があきもせず、少し違う内容でいつも同じ戦いをすることは驚くべきことだ。しかしそれは、スイスが何度も自分でそれを確かめるため、このような対決(論争)をスイスが必要としていたということなのであろう」(Bernet, 2020)と記し、人々が国の政策を自分なりに消化・理解するのに不可欠のプロセスを国民投票が提供している、という見解を示しています。

ハイリスク、ハイリターンの国民投票

このような国民投票をめぐる解釈は逆説的です。一見、国民投票は、大々的なポスターやキャンペーンで排外主義的な意見を世論に訴え、不安をあおる装置となっているようにみえます。しかし、そのような排外主義的な感情をあえて取り上げ、国内中でやんややんやと議論し、それとの反対意見と対比させていくことで、人々の不満や不安を払拭したり、見方を相対化していく。

そして、最後に国民投票でひとつの決着をつけることで、白熱する議論に一旦終止符を打つ。このようなプロセスを何度も繰り返すことで、排外主義的な思想を多くの国民心理に深く定着・普及させるのでなく、むしろ社会の二極化や対立化の予防に寄与するというのです。

もちろん、国民投票は、一方で重要な政策決定システムであり、政府が社会のガス抜き効果だけを期待して、気楽に重宝できるような無害な代物や儀礼的な(形だけの)承認制度ではありません。社会がそれまで築き上げてきたものをゼロにしてしまい、混乱に陥れる危険すらあるという意味では、つねに政治上の「爆弾」を抱えているようなものですらあります。

例えば、今年9月に実施された移民の流入の制限を問う国民投票でも、もし制限されるほうに可決されれば、人の移動の自由を互いに保証するEUとの関係が大転換するかもしれず、その社会的な影響がはかりしれない、と危惧する声が少なくありませんでした(圧倒的多数で制限する提案が否決されたため、もし可決されていた場合に実際どうなっていたのかはわかりませんが)。

しかし逆に言えば、それほどスイスの政治システムで重要な権限をもつ国民投票であるからこそ、国をあげて真剣な議論が必要となり、普段、目をそらしていた問題やそれを訴える人たちにも脚光があたり、人々に不満や無気力さをためこませるかわりに、自身が決断し投票する権利があるという意識を強めさせ、最終的に自分も参加した投票結果に対しては、たとえ自分が不服とするものでも、それを不当とせず受け入れやすくなる、ということなのだと思われます。

国民投票の非合法勢力や行為を抑制する効果

国民投票は長期的に、社会に不満をためないための安全弁になっているだけでなく、人々が不正行為や非合法な運動に走ることを、未然に排除・抑制するという副次的な効果ももっていると考えられます。

政治学者グッケンベルガーは、国民投票は、誰も、またなにも排除されず政治に参加できるが、逆に言えば、参加したい人は誰でも「ほかの人に聴いてもらいたければ、自分の主張を、他人にもわかるように表明しなければならなくなる」(Guggenberger, 2007, 124.)ため、極右などの政治的な過激派の勢力を押さえる効果をもつとします。

人々に不安や不穏を感じさせる発言や暴力行動を起こせば、国民の多数派の信任をとりつけることはできないため、国民投票に参加するどの勢力も、正規の合法的な枠組みのなかでの戦略に終始します。上のポスターのような過激な表現もみられますが、スイスの合法の範囲内です。

そのような常軌を逸しない「お行儀のいい」態度は投票後にもつづきます。投票結果で負けに帰しても、投票結果を尊重することは絶対であり、もしそれを不当だと否認したり、自分の主張をそれでも正しいと通そうとすれば、スイス国民全体を敵にまわすか、未来永劫、人々からの信頼を決定的に失う、あるいはその両方になるためです。それほど国民投票は、スイス人にとって国の政治決定の最高権威で不可侵の「神聖」なものです。

結果として国民投票に不服でも、暴力のような非合法手段には向かわず、むしろ次回の国民投票という合法的な政治手段で今度こそ勝利を手にしようというステップへと駆りたてられます。換言すれば、移民制限に関わる国民投票が何度も繰り返し行われてきたのは、スイスの排外主義が非合法なルートをとおるのではなく、合法なルートを通ってその正当性を社会に訴えようとした軌跡だといえるでしょう。

おわりに――カナダとスイスの共通点

カナダでは自国の利害を移民政策に反映させていることを隠すどころか、むしろ、移民政策において重要なことと認めていました。これについて、著者は以下のように記しています。

「おおむね、効果的な公共政策は、集団的な自己の興味を反映させる。つまり、すべての人にとっていいものである(べきだ)。これは、とりわけ難民や移民について当てはまる。」(Bricker et al., 2019, p.211)

「もちろんわたしたちは共感もするし、もちろん利他主義的な理由で行動もする。ただし、『なぜ自分はこんな犠牲を払わなくちゃいけないのだ。わたしやわたしの家族にとってこのなかにはなんの意味があるのか』と、自問自答をしはじめる前に、それが正しいことである時にしかできない」 (Ibid., p.210)

スイスでは、移民関連の議案が国民投票にかけられる際、是非をめぐり、きれいごとや表面的な議論ですまさず、自分たちの利害やエゴに裏打ちされた長所短所を並べたて、激しく議論します。投票結果によっては政策の大きな転換を余儀なくされ、社会の混乱をまねきかねませんが、それでも人々のエゴや不安を素通りせず真剣に扱い、最後は採決の結果を尊重するという政治プロセスがありました。

つまり、どちらの国でも、国民の関心や利益を重視する姿勢を躊躇せず明確に示し、国民がもちうる不安や都合を看過しないことを、移民受け入れの不可欠条件・前提とし、実際にそれを行使・担保するしくみがあることが共通していました。

移民の社会へのインテグレーションは、移民側だけの努力で成せるものでは無論なく、移民の受け入れ側である社会にも、感情的な議論に押し流されず、偏見や根拠のない嫌悪感を相対化し、移民を受け入れる準備や合意を形成していくことが不可欠です。

それはいかになし得るのでしょうか。その答えは、移民を受け入れる国や地域がそれぞれの社会的文脈のなかで、模索し、つねに修正していくものであるでしょうが、カナダとスイスはそれぞれ全く違うアプローチをとりながらも、手応えのあるヒントをわたしたちに示しているように思えます。

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