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カナダの移民政策とスイスの国民投票――社会はどのように移民を受け入れるのか? - 穂鷹知美 / 異文化間コミュニケーション

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カナダには毎年、約30万人以上の移民や難民が入国していますが、ダリル・ブリッカー(Darrell Bricker)とジョン・イビットソン(John Ibbitson)の共著《Empty planet. The Shock of Global Population Decline, London 2019》(邦題『2050年 世界人口大減少』文藝春秋)によると、移民と社会の摩擦が少なく、インテグレーション(社会への統合)が平和裡に進行しているといいます。

これは注目に値します。世界を見渡せば、移民の流入を厳しく制限しようとするか、あるいは移民が入ったことで排外主義的な動きを刺激し、たびたび不穏な動きがでてくる傾向が圧倒的に目立つためです。カナダはほかの国が真似できない特別な国なのでしょうか。それとも、ほかの国々の未来の姿を先取りしているのでしょうか。

こんな素朴な疑問を出発点にして、本稿では、移民を受け入れる社会の側に改めて目を向け、若干考察してみたいと思います。具体的には、最初に前掲書をもとにカナダの移民政策を概観し、その後ヨーロッパに視線を移し、小国スイスをクローズアップしてみます。

スイスはカナダ同様に移民の割合が高い国ですが、国民投票という政治制度が、社会が移民を受容するプロセスで効果的な役割を果たしているとする見解が、近年、広く定着しています。移民にどう向き合うかという古くて新しい問題領域への切り込み方として、移民問題と無関係にみえる政治制度に着目するこのような視点は、世界的にもユニークかつ斬新です。政治制度がどのように社会で機能しているのかを、政治学者の意見や主要メディアの説明を紹介しながら、明らかにしていきます。

最後に、カナダとスイスという、背景も移民受け入れのアプローチも大きく異なる国の共通点について考えてみます。二国の移民をめぐる多様な側面の一断面に注視するだけで、一般化したりモデルを抽出することはもちろん不可能ですが、共通点をさぐることで、移民のインテグレーションにおいて定評のある二つの国の、リアリズムにもとづくメッセージを読みとっていただければと思います。

カナダの移民政策

上掲本で、カナダが移民政策で優れている理由・背景とされているものは、主に二つあります。

自国優先の移民政策

まず一つ目は、自国の利益を優先した移民政策のあり方です。カナダの永住権を取得する人々のうち、難民として入国する人はわずか1割程度にすぎません。9割、つまり大部分の移民は、教育水準や仕事のスキル、語学力などをポイント制で評価され、カナダという国に貢献する資質をもつと認定された人たちです。つまり、カナダへの移住者の圧倒的多数は、カナダの「全く自国中心の理由」(Bricker /Ibbitson, 2019, p.210)で入国を許された人たちだといいます。

このように、移民を経済政策の一手段と位置づけ、カナダ流の合理的・プラグマティックな観点から移民を選抜し、自国の都合にマッチングしやすくすることで、受け入れ側のカナダに問題や不満がでにくくなる、と著者はいいます。

カナダの国民気質

カナダの移民政策がうまくいっている、もう一つの重要な理由・根拠とされているのが、カナダの国民気質です。

カナダは国を横断する絆がなく、もともとの出身地のコミュニティにおいて絆を保たれてる「マルチカルチュラルなごちゃまぜ」(Ibid., p.218)の様相であることが特徴で、「国家としてカナダを凝り固めることができないという、まさにそのことが、ポストナショナルな国家としての成功の秘訣となった」(Ibid. p.219.)とされます。つまり、ほかの国に比べ、共同体としての求心力がない代わりに、強い国民としての独自の気質をもたないことが、「世界的に多様でかつ平和で調和のとれた国」(Ibid. p.219)になることを可能にしたという解釈です。

ここ数十年間、カナダは主要先進国の間でもっとも外国人を受け入れており、すでに総人口の20%は外国生まれですが、犯罪は増えていません。例えば、トロントは260万人の人口の半分が外国生まれですが、2015年の1年間で起きた殺人事件件数は60件以下で、「世界で8番目に治安のよい都市」とされます(Ibid. p.208-209))。

移民が暮らしやすい多文化共生社会ができていることが、さらに移住希望者を惹きつけ、優秀な移民や、必要な技能をもつ移民の受け入れを容易にしており、総じてカナダでは、現在、カナダ人より学歴が高く、平均して7歳若い移民たちが、社会や経済の重要な一翼を担っています。

ヨーロッパがカナダを真似できない理由

一方、著者は、ほかの国がカナダを真似するのは簡単ではない、と釘をさします。というのも、カナダをみると、「国がナショナリスティックでないほど、移民の受け入れは容易である。文化が弱いほど、マルチカルチュラリズムを奨励するのは簡単になる。自分(たち)の感覚が弱いほど、他者が別だという感覚も弱い」(Ibid., p.224.)とみえるものの、世界にはむしろ、そうでないようにみえる国のほうが多いためです。それぞれが自分の出生地の文化を尊重することを認めるマルチカルチュラリズム(多文化主義)がなければ、移民受け入れで問題が起こるのが不可避と著者は言います。

さてここからは本書を離れ、ヨーロッパに視線を移します。たしかに著者が言うように、カナダのような移民政策をヨーロッパで導入して成功すると思っている人はいないようにみえます。カナダとは対照的に、ヨーロッパでは、移民を受け入れることに対する不信感・嫌悪感・抵抗感が社会に広くあり、それがネック(移民受け入れの障害)となっているように思われます。

移民が入ってくることで自分の仕事が奪われるのでは、あるいは安い賃金での雇用を強いられるのではといった就労環境悪化への危惧。移民が増えて社会保障費用が増加したり、文化や宗教的な圧迫感や摩擦や衝突、犯罪が増えるのではという不安。それでも政府が強硬に移民枠を押し広げて、受け入れれば、外国出身者への排斥主義が強く刺激されることになり、急進派や過激派が暴走したり、移民賛成と反対とに社会が分断されるのでは、という悲観的展望も、移民の受け入れにブレーキをかけているように思います。

スイスの移民をめぐる状況

ただし、ヨーロッパのなかでも、小国スイスをズームアップしてみると、悲観一色に染まらない少し違った印象をうけます。

スイスは移民の割合が非常に高い国です。在住者で、外国で生まれた人の割合は29.0%と、ほかの主要なヨーロッパの国(ドイツ16.0%、フランス12.5%、イギリス13.8%、スウェーデン18.8%)と比べると突出しており、移民大国を自認するオーストラリア(27.7%)や、ニュージーランド(23.3%)、アメリカ(13.6%)、カナダ(20.8%)よりも高くなっています(OECD, 2019, p.39-42.)。


移民的背景をもつ人(現在の国籍に関係なく、当人の親のどちらかあるいは両方が外国に生まれた人)の割合でみると、15歳以上のスイス在住者の37.5%にまでなります。

一方、スイスには移民だけが集住する地域はなく、移民関連の事件や暴動(難民や移民への暴力や、排斥主義をかかげる勢力の不穏な動き、あるいは移民的背景の住民による反社会的暴動やテロ行為など)も、隣国のフランスやドイツに比べ圧倒的に少なくなっています。例えば、移民排斥的な言動の中心的な存在である右翼過激派が関わった暴力事件は、スイス全体で、2016年2件、2017年1件、2018年は0件にとどまっています(Federal Intelligence Service, 2019, p.55.)。

移民や難民が孤立し、対立が深まっているという見解は、社会でも一般的に共有されていません。「なぜほかのヨーロッパの隣国よりもスイスのほうが、インテグレーションがうまくいっているのか」(Beglinger, 2016)と、主要メディアの紙面で議論されているのも、移民との共存がかなりうまくいっているという理解が、前提として共有されているためでしょう。

スイスの住民と移民が平和裡に共存しているという理解は、とりわけ若い世代に強くなっています。義務教育課程に就学する生徒に限定すると、すでに過半数以上が移民的背景をもっており、若者の考えやライフスタイルを探る国際比較調査『若者バロメーター2018』によると、2010年以後、全体に外国人を、問題が少ない、問題が全くない、あるいは外国人がいるのがむしろメリットだ、と回答した若者の割合は、難民危機となった2015年をのぞき、ゆるやかに増えており、2018年には65%に達しています(穂鷹「若者」)。

総じて、スイスは、移民が多いにも関わらず、おおむね平和裡に社会で移民とスイス人が共存している国という評価が内外で一般的です。

スイスの国民投票制度という、移民問題を考えるユニークな切り口

スイスで移民のインテグレーションが成功している背景として、よく指摘されるのが、体系的な職業教育制度です(穂鷹「職業教育」、「スイスの職業教育」)。中卒から本格的に始まる職業教育のおかげで、移民的背景をもつ生徒も高い就労能力を身につけ、安定した職業につきやすくなるとの定評があります。スイス、アメリカ、イタリア、スウェーデンの4カ国を比較した最新の調査でも、スイスは子供の将来の収入が親の収入にもっとも関係性が低く、低所得者層の子供たちでも収入が多い仕事につけるチャンスが大きい国と位置付けられています(Chuard et al., 2020)。

他方、国民投票という政治制度もまた、移民の受け入れをスムースにするのに間接的に貢献しているという見解が、現在広く支持されています。

スイスの国民投票制度について簡単におさえておくと、国民投票は「イニシアティブ(国民発議)」と「レファレンダム」という二つの種類があります。イニシアティブとは連邦憲法改正案を提案し、その是非を可決するもので、有権者の10万人の署名を18カ月以内に集めることができれば、誰でもイニシアティブを提案し、国民投票に持ち込むことができます。

原則としてイニシアティブとして成立したものは、明らかに違法なものでないかぎり、すべて国民投票にかけられます。これに対し、「レファレンダム」はすでに存在する法律や憲法に関するもので、連邦議会で通過した法律について、100日以内に5万人分の署名を集めれば、国民投票にかけることができます(「(随意の)レファレンダム」)。ほかにも、憲法を改正する際は国民の承認が不可欠なため、自動的に実施されることになっています(「強制的レファレンダム」)。スイスでは、年に平均4回、国民投票が実施され、毎回平均3から4件の案件が採決されています(国民投票の詳細については、穂鷹「牛の角」を参照)。

国民投票で吐露される移民への排外的な感情や不安

ところで、これまでスイスの国民投票における移民に関連するテーマをめぐっては、ヨーロッパのほかの国から、スイスの排外主義的な傾向を如実に示している、とたびたび批判され、逆に極右勢力からは賞賛されてきました。例えば、イスラム教寺院のミナレット(塔)の建設禁止を可決した際や(2009年)、移民数の制限案(2014年)が可決された際、隣国から痛烈な批判を受けました。

移民規制の国民投票を先導してきた国民党のポスターやビデオでは、移民や外国を敵対視するあからさまで挑発的な表現が繰り返されてきたため、スイスの排外主義的な思想のあらわれだと受け止められやすかったのだと思われます。

移民の入国や滞在についての規制強化を訴える国民党ポスターの例

(外国人排斥的な意識をどう測り、どう判断するかは議論の余地が大いにあるところでしょうが)確かに、全般にスイス社会に移民に対する不信感が根強くあり、それが国民投票の議案ににじみでている、とする見方は理解できますし、実際にあながちまちがってはいないでしょう。

1970年から2010年までの国民投票で、移民の管理や規制強化、国籍取得など、移民をどこまで、どのように自国に受け入れるかをテーマにした議案が、27回もだされており(Brunner et al., 2018)、毎回投票のたびに、移民が国家上の重要な「問題」で、なんらかの規制の対象とすべきという主張が声高に叫ばれてきました(それに反対する意見もまた同じように反対陣営に主張されていましたが)。

そして、このような移民問題を政治的関心の中心におき、移民を規制する議案を国民投票に繰り返し提出してきた国民党が、2003年以降今日までスイスで最大の政党であります。また、現在もそのような排外主義的国民投票は過去形ではなく、去年9月27日にも再び、EUからの外国人移民の受け入れや自由な移動を規制可能にするよう求める国民投票「節度ある移民受け入れのために」(通称「制限イニシアティブ」)が実施されました。

こうしたことをふまえれば、スイスの反移民の感情は今も社会に根強くあり、国民投票がそのような国民の感情の一端を如実に映し出しているようにみえます。

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