昨年来の実感としても何となくそうだろうな、と思うところはあったのだが、いざ出てきた数字を見ると思いのほか・・・というのが正直なところで、実に驚かされたのが↓のニュースである。
「家計の消費余力が高まっている。総務省が5日発表した2020年の家計調査によると、2人以上の勤労者世帯で収入から支出に回さなかった貯蓄額は月平均で17.5万円だった。比較可能な00年以降で最大だ。
新型コロナウイルス禍による外出自粛で大幅に支出が減る一方、1人10万円の特別定額給付金で収入が増えた。コロナ禍の行方によるが、21年以降には抑えられていた需要が喚起される可能性がある。」
(日本経済新聞2021年2月6日付朝刊・第3面、強調筆者、以下同じ。)
日経紙に限らず、コロナ禍に突入して以来の世の中で取り上げられるのは「消費支出の減少」ばかりで、それを切り口に、やれ景気後退だ、はたまた経済危機だ、といった感じに煽る論調が多かったから、この記事自体も何となくバツが悪そうな感じの書きぶりではあるのだが、給付金が支給される一方で支出が下がれば家計の余剰資金が増える、というのは当たり前の話。
で、昨年の秋頃からは、そうやって余った資金が株式投資にどんどん流れていき、市場が空前の高騰に湧く中でさらに資産が増えていく、というのが、日本国内に限らず、今世界中で見られる現象でもある。
もし世の中の「経済の環」が一つにつながっていたなら、最初の緊急事態宣言が出た頃、一部の「経済通」気取りの人々が唱えていたように、飲食や旅行・宿泊セクターへの消費支出の減少が他の産業にも波及して深刻な経済危機が訪れる、ということになっていたのだろうが、この1年の間に、新型コロナが教えてくれたのは、
「経済の環」は一つではない。
ということだった。
一見無関係に見えるセクターが、様々な環でつながっているのは間違いないのだけれど、全ての産業、全ての経済活動が相互に影響を与えうるわけではない、ということにどれだけの人が気付けていたか・・・。
もちろん、ダメージを受けるとあらゆるところに影響が出る、というものはあって、リーマンショックの時のように金融機関がダメージを受ければ、ほぼ例外なくすべての産業に影響は波及することになるし、大手製造業者が不況に陥るとサプライチェーンを通じて世の中の隅々にまで波及するし、そこで働く労働者を通じてあらぬところまで影響が及ぶ。
だが、今回に関しては、「直撃」を受けた産業は、決して経済の環の中心にいた産業ではなかった。
世の中の景気全体の影響を受けることはあっても、それは決して直接的な影響ではなく、金融不況、メーカー不況と言われていた時代でもある程度の耐性をもって切り抜け、むしろ不況にあえぐ業界の「受け皿」になるくらいの余裕すら見せていた・・・そんな業界だったからこそ、今回どれだけ凄惨な影響を受けても、それが全体に「逆流」することにはならなかったのだろう、ということが、かつて中にいたからこそ良く分かる*1。
結果的に、一律均等に給付金やら助成金を出せば出すほど、潤うところは潤い、そうでないところには必要な援助が行き渡らないまま格差だけが広がっていった、というのが今の状況なわけで、「未曽有の危機だったから」という言い訳が通じた昨年まではやむを得ないとしても、これからの対策はそうであってはならないはず。
「家計の資金余剰急増」を伝えているのと同じ日の紙面に、
「感染拡大が続く新型コロナウイルスが、ひとり親世帯の家計を直撃している。非正規雇用の親も多く、出勤シフトが減るなどしてコロナ前と比べて6割が減収か無収入になったとの調査結果もある。緊急事態宣言の延長で窮状はさらに深刻化する恐れがあり、現場からは継続的で取りこぼしのない支援を求める声が上がる。」(日本経済新聞2021年2月6日付朝刊・第39面)
という記事が載っている現実を前に何ができるのか、ということを考えるなら、今必要なのは、非効率な一律給付型の支援策でも、「産業保護」に傾斜した間接的な救済策でもなく*2、「コロナ禍被災者」にフォーカスした支援法制を最大限活用することではなかろうか。
ちょうど法律時報誌の2021年2月号で、「東日本大震災後の10年と法律学(上)」という特集が組まれているのだが*3、その中では、これまでの被災者支援法制の運用上の問題点を指摘し、改善の方向性を示した上で、「現下のコロナ禍への様々な対応の中で、いくつかの被災者支援制度が注目され、活用・応用されている」ことに言及された論稿もある*4。