
録画視聴が当たり前になっている以上、視聴率を昔のように並べて論じることはあまり意味をなさないかもしれないが、上向きか下向きか、その傾向は作品の評価・勢いを測るうえで重要な要素である。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。
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大倉忠義&広瀬アリス主演のドラマ『知ってるワイフ』(フジテレビ系木曜午後10時)に関して、「低視聴率」「綾瀬はるかのドラマと明暗を分けた」など数字の低さを指摘するネガティブな記事が目につきます。たしかに綾瀬はるか主演『天国と地獄』(TBS系日曜午後9時)第3話までの平均視聴率は15.2%。それに比べると『知ってるワイフ』の平均視聴率は半分にも届かず、大きな開きがあります。
しかし、だからといって、ドラマの面白さが半分以下かというと決してそうとは言えません。
『知ってるワイフ』の注目点は、まずは役者のリアリティ。そして冬に始まった新ドラマの中でも数少ない「視聴率上向き傾向の作品」であること。第3話6.5%、第4話視聴率7.6%、第5話視聴率7.8%とジワジワ数字が上昇中です。
物語は夫婦のタイムワープファンタジー。妻の澪(広瀬アリス)に家事や育児を任せきりの銀行員・元春(大倉忠義)は、仕事場でもうだつが上がらないサラリーマン。職場で上司に怒られ帰宅すれば妻にビクビク。そんな中で偶然、過去にワープする方法を手にした元春。「人生の選択を間違えた」とばかり過去へ戻り、違う人生の選択を重ねていくのだが……。
見所はいくつもありますが、まずは広瀬アリスさんの演技に注目です。制服姿の高校生、赤ちゃんを抱えた主婦、そして飲食店のパート従業員、認知症の母の世話をする娘と、くるくる転換していく。違う属性を上手に演じ分けていきます。
タイムワープが絡む物語だけに、一人の役者がさまざまな年齢を演じ分ける難しさがありますが、「主婦」と「高校生」を同時に演じる広瀬さんに不自然さがない。高校生ならたしかにこんなしぐさをするかも、と表情から雰囲気までを巧みに醸し出していく。一方、妻として爆発するシーンのエネルギーもすごい。怒髪天を衝く勢いで目を剥いて鬼の形相になる。追い詰められた感じがリアルで、妻・澪が怒らざるを得ない「切実さ」がじわりと伝わってきてついつい引き込まれてしまう視聴者も多いようです。
妻は家事育児に追われて自分の時間なんてみじんもない。夫は話も聞いてくれない上に、認知症の母の世話も重なり、孤独感にさいなまれる。一方、夫の理屈としては「仕事で頑張っているから、家にいる時くらいは好きにさせて」。そんな二人のすれ違いが妙にリアリティをもって描かれていきます。とはいえ、広瀬さんは「結婚願望なんてみじんもない」と豪語しているそうですから、主婦の生活感も根っからの役者力によるものでしょう。
見所は広瀬さんだけではありません。
関ジャニ∞の大倉忠義さんが演じる、疲れ切った夫・サラリーマンの元春も実にいい味を出しています。やるせなさと子どもっぽさ、何とも頼りない優柔不断さが妙にリアルで上手い。帰宅して夫婦喧嘩をしても完全に妻に迫力負け。クローゼットの中でこそこそとゲームに没頭し憂さ晴らしする姿はまるで小学生。
ちなみに先日、前田敦子さんとの離婚を報じられた勝地涼さんも「友人と毎晩のようにオンラインゲームに興じている」と伝えられていたし、これぞザ・リアリズム。大倉さんはジャニーズのイケメンでありつつも、自己肯定感の低いショボさやリーマンのやるせなさを纏っていて、いったいどこでこんな生活感を身につけたのか、と感心してしまいます。
さて、このドラマにはもう一人、リアルな味わいを深めてくれている役者がいます。銀行の上司・津山主任を演じる松下洸平さん。何ともいえない普通の感じをやらせたら右に出る人はいない。気取りがなく肩の力が抜けていて、本当にそこらへんを歩いていそうなフラットさ。仕草も台詞回しもごく自然な上手さがあって、澪に告白して接近していくあたりハラハラドキドキして見入ってしまいます。
多かれ少なかれ、私の人生は「こんなはずじゃなかった」と後悔を抱えている人が大半だからこそ「身につまされる」という感想も聞かれる作品。
物語の構造は「タイムトリップ」というぶっ飛んだ設定でありつつ、人間ドラマとして楽しむことができるのは、一人一人のキャラクターが「いるいる感」をしっかりと醸し出しているからでしょう。今期の他のドラマにはなかなかない好評価ポイントです。