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イングランド銀行はインフレターゲット違反の常習者 デフレの国・日本とインフレの国・英国の違い

デフレの国とインフレの国

デフレの国・日本からインフレの国・英国にやってくると、難しくてなかなか理解できない経済が生活の中で実感できる。そして日本が抱える問題点もはっきり見えてくる。

日本にいた2000年代前半、3000万円以上残っていた住宅ローンの返済で生活が次第に苦しくなった。マンションの時価はどんどん下がって来る。大阪から東京への転勤でマンションを賃貸に出さざるを得なくなったが、賃貸収入も住宅市場の下落で思ったほど入ってこなかった。「資産デフレ」のワナから逃れるには、とにかくローンの総額を減らすしか道がなかった。

2007年からロンドンで暮らすようになった筆者は金融バブルの崩壊で英国にも、きっと日本のような「資産デフレ」が訪れると信じていた。2008年の世界金融危機後、5%だった英国の消費者物価指数はどんどん下がり2009年9月に1・1%を記録、デフレの一歩手前まで行ったが、英イングランド銀行(中央銀行)は政策金利を史上最低の0・5%に引き下げ、総額3750億ポンド(約49兆5000億円)の量的緩和策を発動、消費者物価指数の下落を反転させた。

おかげで消費者物価指数は昨年9月に5・2%まで上昇し、今では2・7%に落ち着いている。

イングランド銀行はインフレターゲット違反の常習犯

イングランド銀行のキング総裁はインフレターゲットの2%の上下1%を超えると財務相に公開書簡を出さなければいけない。書簡の回数は2007年4月以降、14回にのぼっている。もはやインフレターゲット違反の常習犯。インフレも怖いが、いまはデフレ回避を優先しているのは明らかだ。

消費税率20%

英国は税金が高い。年収3万4370ポンド(約453万円)を超えると所得税率は40%。日本の消費税に当たる付加価値税(VAT)の税率が20%。これに年千数百ポンドの地方税。

苦労して貯金したおカネはインフレに浸食される。インフレ率が5%なら貯金は年に5%ずつ目減りしていく計算だから、一般市民は住宅購入に走る。ロンドンには国内外の若者が集まってくる。ローンを組んで賃貸用に2軒目を買う人も少なくない。ローンの返済額より多い家賃収入が期待できるからだ。

英通貨ポンドは対円でピーク時、1ポンド250円もしたが、一時期、110円台まで下落。おかげで高根の花だったロンドンの不動産も外国人にとって値ごろ感が出ている。欧州単一通貨ユーロの危機もあって、ロンドンの不動産は「安全資産」とみなされ、中国人が買いあさっているという話もある。

住宅市場は活気を取り戻している。筆者が会った不動産会社のセールスマンはみんな目をパッチリ見開いて、エネルギーをみなぎらせていた。

地震がまったくと言っていいほどない英国では古い家ほど価値があり、景観保護のため厳しい建築規制がかけられている。これが乱開発とバブル発生のブレーキ役となり、中東やロシアの大富豪が住むような超高級住宅街を除いて、住宅は上がり下がりを繰り返しながらも緩やかに上昇している。

年々、インフレを少し上回る感じで住宅の価値が上がるので、住宅購入は貯金代わりになる。将来、売却すれば老後資金の心配もない。住宅を担保に老人ホームに入居する資金を用立ててくれる銀行もある。

老後が心配で巨額の現金をためこむ日本人は英国人の目には「奇人変人」に映っているのかもしれない。

住宅を買うより、おカネで持っていた方が得と考える人が多ければ、金利がゼロでもデフレになる。住宅価格が下がると考える人が多ければ、だれも住宅を買わないが、価格が上がると考えれば、貯金を崩して住宅を買う人が増える。

日銀の過ち

こうした意味では、次期首相とみられている自民党の安倍晋三総裁が唱えるリフレ(緩やかなインフレを起こす)政策は正しい。欧州中央銀行(ECB)のトリシェ総裁(当時)が2009年に、欧州の景気が完全に回復していないのに、政策金利を二度にわたって引き揚げ、ユーロ危機を悪化させたときはあきれてしまった。トリシェ総裁は、日銀が2000年にゼロ金利政策を解除して景気回復を腰折れさせ、翌2001年に量的緩和に踏み切ったのと同じ間違いを犯してしまった。

イングランド銀行もまだデフレのワナから完全に抜け出したわけではなく、今、景気の三番底の危機に瀕している。

オールド・レディーの挑戦

来年6月末で任期が切れるキング総裁の後任に、オズボーン英財務相は、カナダ銀行(中央銀行)のマーク・カーニー総裁(47)を任命した。「オールド・レディー」と呼ばれるイングランド銀行は1694年の創設以来、318年の歴史を持つが、外国人が総裁に任命されるのは初めてのことだ。

カーニー氏は経済学を専攻、米ハーバード大学を卒業、英オックスフォード大学で博士号を取得。米大手金融ゴールドマン・サックスやカナダ財務省、カナダ銀行に勤務し、2008年にカナダ銀行総裁に就任。世界の金融システムを監視する金融安定理事会(FSB)の議長も務める。

カーニー氏の実力は折り紙つきで、英経済の建て直しだけでなく、イングランド銀行の意識改革、今後の金融規制のルール作りに手腕を発揮することが期待されている。オズボーン財務相は8年の総裁任期を例外的に5年に短縮、年収、年金の掛け金、妻と娘4人の住宅手当まとめて80万ポンド(約1億500万円)を提示してカーニー氏を口説き落とした。キング総裁の年収は30万5000ポンドだから、カーニー氏の厚遇ぶりがわかろうというものだ。

サッチャー英首相による1986年の「ビッグバン」で外国資本に市場を開放したロンドンは債券、為替で世界最大の金融センターに成長した。イングランド銀行の金融政策委員会(MPC)も米国人のアナリストに門戸を開いており、現場では少なくない外国人が働いている。

カーニー氏の総裁任命はサプライズではなく、イングランド銀行の開放路線の延長線上にある。

ウィ・アス・アウア

2009年から3年間、金融政策委員会のメンバーを務めた米国人のアダム・ポーゼン氏が英紙フィナンシャル・タイムズへ寄稿し、カーニー氏にアドバイスを送っている。

キーワードは「ウィ(私たちは)」「アス(私たちを)」「アウア(私たちの)」の三つという。外国人を中央銀行の総裁に任命した開放性は、金融街シティーの国際性や英政治システムの先進性だけに由来するのではなく、英国民の外国人や外国の文化、習俗に対する草の根の寛容さから来ているとポーゼン氏は説く。

トップダウンのリーダーシップではなく、金融政策委員会で徹底的に議論を尽くせとポーゼン氏はいう。財務特別委員会の下院議員やシティーのバンカー、労働組合の活動家の声に耳を傾け、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4地方に足を運び、地域の多様性、労働市場の慣行、国内金融の非効率さに目を配れ、とアドバイスする。

苦しんでいるのは「私たちの」経済なのだから、「私たちの」家計の状況を把握し、「私たちの」経済成長見通しを立てて、地域の経済格差を解消しなければ、英経済の不均衡は解消されないと説く。

英国人ではない米国人が、次の総裁となるカナダ人に、これだけ誠実で真摯な言葉を送るイングランド銀行の文化、英国民への愛情に深い感銘を覚え、目頭が熱くなった。

方や、日本の次期首相と目される政治指導者は、日銀の独立性を脅かす発言で円安が進むと、まるで自分の手柄のようにはしゃいで見せた。円が政治家の発言で上がり下がりして大喜びずるのは投機筋だけだろう。まして政治介入で中央銀行の独立性が脅かされれば、インフレターゲットの達成に大きな支障を来す。取り巻きのリフレ派も日銀攻撃をエスカレートさせている。

日銀総裁は日本人でなければならないか

日銀は特殊会社で、総裁が日本人でなければならないという明文規定はない。しかし、イングランド銀行のように外国人を総裁に任命するどころか、日銀出身でも財務省出身でもない外部の日本人を登用するだけでも相当な波紋が広がるだろう。

日銀の金融政策だけではデフレ脱却が困難で、政府との協力が不可欠なのは明らかだが、英国がどうしてインフレの国なのかを考えてみる必要がある。

英国では出生率が回復

英国は先進国の中ではフランスに次いで出生率が回復している。今でこそ門戸を閉ざしたものの、それまでの積極的な移民政策の恩恵で人口は緩やかに上昇している。女性の社会進出を支える政策も功を奏している。欧州大陸に比べて労働市場の流動性も高い。

ロンドンには若者の活気があふれている。青空市場では、アフリカ、アジア系の移民が声を上げて笑っている。

人が集まり、人が増えるところは、カネが集まり経済が活発になる。政治を信頼できず、人が減り、経済が衰え、みんなが銀行にカネをしまいこんでいる国で、お札を無制限に刷って、公共事業を大量に発注すれば、経済が活性化すると考えるのはあまりに安易すぎる。

すでに貨幣的現象ではなくなった日本のデフレを解消する第一歩は、私たちが、少子高齢化、女性の社会進出の遅れ、若者の雇用機会の喪失、既得権益を守る利益団体の横行、移民政策、時代遅れの企業ガバナンス、起業促進、財政健全化、公平な税負担など私たちが抱える問題点を直視することだ。

総選挙だというのに、日本にはもう、そんなことを真剣に語る政治家も官僚も企業人も有権者もいなくなってしまったのだろうか。

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