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ロッキード事件の陰謀説を解明した理由とは:日本人の知性が問われている - 春名幹男

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 1976年2月5日、『朝日新聞』朝刊は2面の真ん中あたりに「ロッキード社 丸紅・児玉氏へ資金」と5段見出しで、ロッキード事件の発覚を伝えた。あれからちょうど45年経ったが、日本を揺るがした戦後最大の国際的疑獄にしては、ひっそりとした第1報ではあった。

 実は、この事件を調査した米上院外交委員会多国籍企業小委員会(チャーチ小委)公聴会の初日、日本人記者は1人もいなかった。『朝日新聞』の記事はロイター電を見て慌てて転電したのが事実だった。

 残念なことに、この事件発覚のスタートから、日本のメディアは真相解明に遅れ、後述する人気作家の新刊書も含めて、未だに「陰謀説」から脱却できていないのが現実だ。

 古今東西を問わず、陰謀説は世界を惑わし、国を誤る。朝鮮戦争、ジョン・F・ケネディ暗殺事件などをめぐる陰謀説は国際関係に重大な影響を及ぼす。米連邦議会議事堂で暴れたQアノンは、陰謀説を盾に「不正選挙」を主張して混乱を招いた。真実が明らかにされなければ、国益を損ねてしまう危険な問題なのだ。

 昭和から、平成を挟んで令和となった今、日米の闇の底に沈んだこの事件の真実を突き止めたいと願い、私は拙著『ロッキード疑獄――角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(KADOKAWA)を上梓した。この本では、陰謀説の解明を欠かすことはできない、と徹底して取材した。

「ジャップ」と罵った文書がきっかけ

 長丁場にわたるロッキード疑獄取材のきっかけは、米民間調査機関「国家安全保障文書館」のアナリストを務める畏友、ウィリアム・バーが2005年に日本を訪問した際、「驚くべき文書を発見した」と教えてくれたことだ。

 その文書は1972年8月31日付「トップシークレット/アイズオンリー」の指定。ヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官はその中で、田中角栄首相とみられる日本人らを「ジャップは上前をはねやがった」と烈火のごとく罵っている。この文書は現在も同文書館のホームページ上にある

外交で対立し、Tanaka文書を対日提供

 あれから15年間。何度も難関に遭いながら、取材に長い歳月がかかったのは、理由がある。

 第1に外交文書を読み解くのに時間がかかった。キッシンジャーが怒ったのは、田中とリチャード・ニクソン大統領の初の日米首脳会談が始まる数時間前のことだ。田中が決めていた「日中国交正常化」に米側は頭を抱えていたのだ。

 その前後から、翌1973年の北方領土問題や石油ショックなどの外交問題で、米側は田中と衝突し、憎しみを募らせた。

 第2に、田中逮捕につながる捜査で、米国政府がどんな役割を果たしたのか、解明する必要があった。

 このため、外交文書に加え、捜査関係の米司法省や連邦地裁の文書も調査するのに、かなりの年月を費やした。

 その取材の結果、1975~76年にかけて「Tanaka」を記したロッキード社資料は、米国の連邦地裁→証券取引委員会(SEC)→司法省→東京地検へと移動し、東京地検特捜部は事件を捜査することができた。実はチャーチ小委がロッキード社から得た資料から、政府高官名が入った文書は削除されていた。

 日本に文書を提供することができたのは、キッシンジャーが自ら提出した「意見書」の中に、ある「逃げ道」を隠していたからだ。その事実を解明するのに数カ月を要した。

 米側には、田中角栄を政治的に葬ることになってもかまわない、という判断があった。それほど田中をひどく憎んでいたことが多くの米政府機密文書から読み取れる。

陰謀説を解明した

 しかし、それでもなお、不十分だった。数々の陰謀説を解明しなければ、多くの読者を納得させることができない、と私は考えた。以下の陰謀説をすべて解明しなければ、読者の中から、「あの陰謀説はどうなったか」などと不満を持つ人が出て来るに違いないと思ったからだ。 

 これまで流布した主要な陰謀説には、次のようなものがある。

(1)「誤配説」=ロッキード社の文書が米上院外交委員会多国籍企業小委員会の事務局に誤って配達されたため、事件が発覚した。

(2)「ニクソンの陰謀」=ニクソン米大統領がロッキード社製旅客機トライスターの購入を日米首脳会談で田中に求め、同意した田中を嵌めた。

(3)「三木の陰謀説」=三木武夫首相が政敵、田中角栄の事件を強引に追及した。

(4)「資源外交説」=日本独自の資源供給ルートを確立するため、田中が積極的な「資源外交」を展開、米国の虎の尾を踏んだ。

(5)「キッシンジャーの陰謀」=田中角栄に近かった石井一元国土庁長官が伝聞情報などを基に彼の著書(『冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相』産経NF文庫)に記した。

 結局、これらの陰謀説をすべて解明することができた。ちなみに(4)「資源外交説」は、テレビの田原総一朗氏が発案し、調査報道の立花隆氏がこれを「ガセネタ」と退け、日本を代表するジャーナリストの両雄が対立。筆者は立花氏に軍配を上げた。

K元長官が田中邸を3度訪れた理由

 これら陰謀説の真相については、ぜひ拙著をお読みいただきたい。

 最も奇妙な出来事は、キッシンジャーが事件後に3度、東京・目白の田中邸を訪れたことだ。特に、3回目の1985年1月3日の来訪から52日経った2月24日、田中が弁護士に、

「キッシンジャーにやられた……どこでもいいから調べてきてくれ」

 と言って、3日後に脳梗塞で倒れた。話すのが不自由になり、田中はキッシンジャーのことを詳しく説明する機会はなくなったというのだ。(石井前掲書)

 石井は「一人の天才を日本の政治から葬った、キッシンジャーの良心の呵責」から、田中を訪問したと書いている。しかし、キッシンジャーはそんなタイプの人物ではない。彼は自分がどれほど疑われているか探るために度々来訪し、その都度疑われていないことを確認して安堵したとみられる。

 彼は日本では尊敬される外交の大家として、来日の際は毎回、大歓迎を受け多額の講演料・出演料をもらっていた。日本は彼になめられていた。日本のバブル崩壊後、彼は日本を侮辱する発言を繰り返した。

 日本側が奇妙な陰謀説に取り憑かれていては、日米関係の現実は見えず、いつまでも主権国家として対等な立場で交渉できない状況が変えられない。何よりも、日本人の知性が問われているのだ。

朝鮮戦争の真因

 1950年6月25日の朝鮮戦争勃発後、日本では「韓国が先制攻撃した」とまことしやかな説が広まったことがある。旧ソ連国家保安委員会(KGB)が流した謀略情報だが、多くの革新系の人たちがその情報を信じていた。ジョン・ダレス国務省顧問が韓国、日本を訪問した直後に戦争が始まったので「アメリカの陰謀」との情報も流された。

 しかし真実は違っていた。この年1月12日にディーン・アチソン国務長官が行った不用意な発言が北朝鮮の侵略意欲をかき立て、侵攻したのが真相だった。長官は、東アジアにおける米国の防衛ラインを日本列島から琉球、フィリピンに至る線(アチソン・ライン)と言明、韓国をライン外に置いたのである。

 金日成(キム・イルソン)首相はこれを受けて好機と捉え、ソ連と中国を訪問、ヨシフ・スターリン首相、毛沢東主席の開戦許可を得て、戦端を開いたのだった。冷戦終了後、ソ連の文書などからこうした史実が確認された。

 その事実をもっと早くに探知していたら、日本も「好戦的な北朝鮮」という特徴を早くから認識できていたはずだ。

最新刊書まで認めている「誤配説」

 米国はいま、ドナルド・トランプ前大統領による「分断」の後遺症に悩まされている。アブリル・ヘインズ国家情報長官(DNI)は、奇怪な陰謀説を拡散したQアノンと外国との関係を調査すると議会証言した。

 日本でも彼らが拡散した「不正選挙」の陰謀説を信じる人たちがいる。陰謀説拡散との闘いは永遠の闘いかもしれない。

 ロッキード事件は米国発の事件であり、筆者は米国で収集した情報を取材して主要な陰謀説の誤りを解明することができた。

 しかし、驚いた。拙著から2カ月余り後に刊行された人気作家、真山仁氏著『ロッキード』が、上記(1)「誤配説」をそのまま伝えているではないか。あらためて明確にしておくが、「誤配」はなかった。真山氏は、1975年9月15日付の『ニューヨーク・タイムズ』が「報じている」と書いているが、この日に誤報を伝えたのは、正しくは『ウォール・ストリート・ジャーナル』だった。この本はそもそも、原典に当たっていないようだ。

 この本は米国からの情報のかなりの部分を『朝日新聞』の奥山俊宏編集委員と彼の著書『秘密解除 ロッキード事件』に頼っている。

 キッシンジャーは「Tanaka」の名前入り文書がロッキード社からSECに提供されるよう仕掛けをしたことを筆者は突き止めた。しかし真山氏は、

「チャーチ委員会が開けてしまった“ロッキード”というパンドラの箱を、彼(キッシンジャー)はどのように守ったのか」

 などと、意味不明なことを書いている。

 あらためて記すが、そもそもチャーチ小委には「Tanaka」の名前入り文書は提供されていないのだ。そんな基本的事実も確認できていなかった。まちがった陰謀論も誤報も未だに繰り返されている。

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