2021年に延期になった東京五輪・パラリンピックが、あと半年と近づいてきている。
一方で、その開催には悲観論が多いのも事実だ。1月21日には英タイムズ紙が「すでに1年延期された大会は絶望的だとの認識で一致している」と報じ、直近でも組織委員会・森喜朗会長の女性蔑視の失言が世界的にも批判を浴びている。
そんな中で海の向こうのアメリカに目を向けると、日本時間2月8日にはNFLの大一番であるスーパーボウルを控える。日本よりもはるかに多い感染者数を出しているアメリカだが、さまざまな試行錯誤を繰り返して各競技ともシーズンを続行してきた。
では、実際に現地ではどんな対策が取られていたのだろうか? 2007年からスタンフォード大アメリカンフットボール部でコーチを務める河田剛さんに、現場の実情を聞いた。
スタンフォード大アメフト部の河田剛コーチ ©️Tsyuoshi Kawata
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アメリカンフットボール部、2020年春シーズンは中止に
新型コロナウイルスの感染が広がり始めた2020年の3月、カリフォルニアで外出禁止令が発令されたことを受け、スタンフォード大でもアメリカンフットボール部の春シーズンの中止が決定されました。
そもそもNCAA規定により、ただでさえ春シーズン中に許される練習は15回しかありません。フィールドでの練習も2時間までと決まっています。それでもシーズンの中止に踏み切り、キャンパス自体もロックダウンの措置がとられ、立ち入りが制限されることになりました。
7月には大学側から11のスポーツクラブを「カット」――つまり強化クラブから外すというお達しが出ました。簡単に言えば、レスリングなどの五輪競技のような「大学の収益には直接結びつかないけれど、五輪で活躍することでの社会的価値がある」という競技へのサポートが打ち切られたわけです。
こういったあたりアメリカは非常にシビアで、良くも悪くも動きが早いのです。アメリカンフットボールなどのメジャー競技は大学側にとっても「稼げる」メリットがありますから、有事でもそういった心配がなかったのは部としては助かりました。
9月、所属リーグのシーズンが再開
9月に入って、ようやくスタンフォード大が所属するリーグであるPac12でもシーズン再開が発表されました。
ただ、もちろんそこには大きな制約がかかりました。毎日のトレーニングをするにも、キャンパスの許可を取り、市の許可を取り、郡の許可を取り、州の許可を取らなければならなくなりました。具体的に求められたのは、
・毎日、何らかの感染テストを行う
・フィールドは練習時のみ立ち入り可
・ミーティングはすべてオンラインで
といったような項目です。
毎日の抗原検査を義務付け
感染テストに関しては、選手110人、メインスタッフ26人に対して週に3~4回のPCR検査と、毎日の抗原検査(※PCR検査よりも検出率は劣るが簡易に検査ができる)が義務付けられました。また、規定上フルタイムではないコーチングスタッフやサポートスタッフでも、週に2回はPCR検査と抗原検査をしなければなりません。日本ではここまでやっている競技は聞いたことがないので、このあたりの徹底ぶりはすごかったと思います。
ちなみに、日本での五輪においても、現状では選手のワクチン接種は前提とはならないと報じられています。そうであるならば、こういった恒常的な検査が必要になる。ただ、「医療従事者が1万人必要」といった政府サイドのコメントに反発が大きく出るなど、現実的に医療関係者のリソースをどこまで割けるのかは不透明だと思います。
スタンフォード大では選手やスタッフ自身が自分の手で行う検査の手法を取っています。
検査場に行くと検査官がいて、その人から指示を受けながら、自分で綿棒を鼻に入れて粘液を採取する。採取したら自分で試験管に入れ、クーラーボックスに入れる。検査官は数m離れた場所から指示するだけで、検査される人間と触れることはないので感染リスクはほぼありません。こういった形式が取れれば、五輪でも医療関係者への負担を減らすこともできるかもしれません。
移動、食事、ホテルの宿泊でも対策を
試合で遠征をする際にも、ソーシャルディスタンスを取るために各所に気を配りました。フライトは通常1機のところを2機、バスも2倍の10台。ホテルの部屋も普段は相部屋のところをすべて1人部屋にしました。ホテルはフロアを貸切って隔離状態にし、フロア内はPCR検査済みのホテル従業員のみ立ち入れる形式です。食事も全員で取るのではなく、各自で食堂から自室に持っていくスタイルになりました。
部屋のシーツやタオルの交換も基本的にはナシ。必要な場合はフロントに連絡を取って部屋の前に置いておいてもらう。スタンフォード大は全米中から選手が集まっている大学ですが、仮に試合が実家の近くであっても、もちろん家族や友人とも会うことはできません。とにかく人との接触を減らす努力が求められました。