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金を動かせ、金は疲れない

 参院選で自民党は大敗したものの、安倍晋三首相に近いとされる候補者は健闘が目立った。側近の中山恭子、世耕弘成両首相補佐官に加え、首相が自ら出馬要請した元アナウンサーの丸川珠代氏らが逆風をはね返して当選。首相周辺からは「落選したのは参院の抵抗勢力ばかり」と、敗因は支持組織の意向を尊重してきた参院執行部の候補者選びとの「恨み節」も漏れる。

(中略)

 このことは「決して(改革を進める)安倍路線自体が否定されたわけではない」とする首相周辺の見方につながっている。別の側近は「負けたのは高齢候補や、首相の邪魔をしていると見られていた人だ」と強がってみせた。

 以上は、2007年の参院選で自民党が大敗を喫したときの報道(時事通信)の一節です。総じて自民党内部の保守本流に属するようなベテランの落選が目立った一方、極右や構造改革/ポピュリズム路線に乗った謂わば「新しい自民党」の政治家は逆風の中でも強みを見せていたと言えます。自民党全体としてみれば大きく議席を減らすことになったのですが、当時の首相であった安倍晋三からすれば、党の総裁に口を出してくるような煩型が減った分だけむしろ身軽になった、党内で我意を通しやすくなったのではないかと推測したものです。党そのものは弱体化したけれど、党首は逆に権勢を振るいやすくなったのではと。

 野田総理は、この辺を見習っているのかも知れません。民主党内で政策的に対立が目立つ議員の離党が相次ぐ、むしろ野田が積極的に締め出しを計っているように見えるフシがありますけれど、やはり野田の理想は自民党にある、自民党のようになりたいと考えているのではないでしょうか。党の力をそぐことになろうとも、党の中で自分の意見を通しやすくできるように、自分の抗う勢力を排することがまず大事、反対派閥を形成しうる有力者を退けることが先決、そんな姿勢が野田には窺われます。

 昔年の自民党はハト派も強かった、保守と言ったら原則ハト派の保守本流だったわけです。それが滅びて真正保守もしくは真性保守と称する新たな「保守」が台頭した、そしてこの新しい「保守」の人々に政治力が欠けているが故に、一度は醜態をさらした安倍晋三の復活もあり得たと言えそうです。本当に有望な人材が溢れているのなら、自民党にも新しい顔が作られていたことでしょう。でも、今となっては安倍晋三でも十分に大物と言えるのが自民党なのです。首相の首に鈴を付けられるだけの実力を持った政治家がいなくなったことが何より心配ですね。

自民・石破氏、安倍総裁の金融緩和策に疑問呈す(読売新聞)
 自民党の石破幹事長は28日、東京都内での講演で、同党の安倍総裁がデフレ・円高対策として大胆な金融緩和策を掲げたことについて「極端な円安は決して日本経済に良いことではない」と述べ、疑問を呈した。

 石破氏は「我が国は内需の割合が極めて高く、輸出で稼いでいるのは15%くらいだ。円安にどれだけのメリットがあるか、きちんと論じなければいけない」と語った。

 自民に人なし、と感じるのはこういう場面でもあります。まぁ、石破は世間一般の感覚と遠いことを言っているわけではありませんが、これまでの失政への反省があるのかな、と。むしろ石破の主張に沿うなら今の民主党のやり方で良いんじゃないかと思えてきます。でも、従来の腰の引けた金融緩和策では二進も三進もいかなくなっている、別のやり方を模索しなければならない時期に来ているわけです。しかし石破は従来の枠から踏み出すことができていない、これなら安倍晋三の方がまだマシと……

 「極端な円安は決して日本経済に良いことではない」とのことですが、それはそうでしょう。しかし「極端な円安」とは何なのか。今は「極端な円高」状態にあるわけです。これをどうやったら「極端な円安」にできるというのか、私には全く想像が付きません。例えるなら身長170cm体重40kgの男性を、体重150kgに変えるようなものです。絶対に不可能ではないとしても、相当な無茶と長い時間が必要なことは言うまでもないでしょう。何より40kgが一夜にして150kgになれるものではない、50kg、60kgと段階を踏むことになる、そして「適正」な値に到達してもなお無理を続ける気なのかと問いたいところです。

 円安/円高もさることながら、同じく金融緩和策と密接に関わるデフレ/インフレもまた石破のそれと同様の誤謬が世間に蔓延していると言えるでしょうか。とかくデフレを是正しようとする動きには「ハイパーインフレになるぞ~」との脅しがつきまとうものですし、それを真に受ける人も少なかったりします。しかし、デフレから抜け出せずに四苦八苦しているのにどうやってハイパーインフレにできるのか、これまでの生ぬるい金融緩和では焼け石に水のような状態、そこに水を増やしたところで爆発が起きたりするはずがないことくらい、わかってほしいのですが。

 多くの人にとってインフレとは、ダイエットに励む女性にとっての体重と同じようなものなのでしょう。とにかくインフレになる/体重が増えることを絶対悪と捉えて常に警戒を怠らず、自分が今どのような状態にあるのかを考えたがらないわけです。世界に類を見ないデフレ状態が継続している/もともと不健康に痩せているのに、それでもインフレを恐れ続ける/体重が増えることを厭い続けるような、そんな馬鹿馬鹿しさが日本中を覆い尽くしているのではないでしょうか。ちょっとでも体重が増えたら激太りだと言っては減量に励む痩せ型の女性を、世間の男性は小馬鹿にするかも知れません。しかし、たかだかインフレ目標が語られた程度で「極端な円高」「ハイパーインフレ」などと煽り出す我が国の世論(を構成している人々)は、そうした女性を馬鹿にすることはできないように思います。

 ちなみに石破は「輸出で稼いでいるのは15%くらい」とも語ります。しかし、この15%くらいの好不調で日本国内の経済/雇用情勢がどれほど大きく揺らいできたかは、僅かなりとも政治に関心を持っている人なら理解してもらいたいものです。確かに今までは極端な内需軽視、日本国内で働く人の所得を減らすことにばかり熱心で国内市場の購買力を、ほとんど意図的と言っていいレベルで低下させてきました。これを反省して国内経済の循環を意識するのは間違っていません。しかし現代において国際的な取引なくして成り立つような社会などありえない、それを著しく阻害する極端な円高を放置するのは自らの首を絞めることでもあります。

 日本のメディアから「鬼軍曹」の異名を頂戴するフェリックス・マガトというサッカー監督(元選手)がいます。毀誉褒貶の激しい人で、昨今は解任されたばかりなのでボロクソに言われることも多いのですが、それなりに成功した実績もあって名門クラブで絶大な権限を与えられることも珍しくない、キャリア全体で見れば名監督と呼ばれる部類でしょうか。このマガトは長谷部誠、大久保嘉人、内田篤人と日本人選手を好んで獲得することでも知られており、曰く日本人には「規律」があるとのこと。

 そんなマガトの掲げたスローガンに「高いクオリティーは苦しみから得られる」なんてのがあります。日本人の経済観は、マガトのサッカー観に近いのかな、と思います。日本人(政治家)の金融嫌い、金融政策への躊躇いがちな姿勢は、人ではなく金を動かすという行為に「苦しみ」が欠けていると感じているからなのかも知れません。「苦しみ」なくして経済的な成功を収めてしまう、「苦しみ」抜きで景気を上向かせてしまう、そこに「やましさ」を覚える人が政治家にも財界筋にも普通の有権者にも多いのではないでしょうか。

 むしろ「痛みを伴う構造改革」や度重なる人員削減や給与カットなどの「苦しみ」を通して成功することに「正しさ」を見出している人が多いがゆえに、この10年来の結果を伴わない経済政策は継続されてきたと言えます。マガトもまた、自身のやり方――選手を肉体的に徹底して鍛え上げること――に拘り、例え結果が出ずとも方針を変えることはありませんでした。翻って日本の政治はどうなのでしょう。自らの理想に殉じることに美学を感じている人も多そうですが、そろそろ結果のでないものは諦めて方針を改める、もっと「楽な」方法を模索する動きがあっても良さそうなところです。

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