初めて「第三のビール」がビールの年間販売数量を上回る
キリンビールが首位陥落したアサヒビールとの一騎打ちを制した背景には、コロナ禍による市場変化の影響を抜きにしては語れない。

新商品「キリン一番搾り 糖質ゼロ」をPRするキリンビールの布施孝之社長(左)ら=2020年8月27日、東京都中央区 - 写真=時事通信フォト
しかし、首位を陥落したアサヒには、主力の「スーパードライ」のヒットでつかんだ「成功体験」の“罠”にはまったおごりがありはしなかったか。
アサヒは「過度なシェア競争を避ける」狙いで2020年から総販売数量の公表をやめ、「スーパードライ」など主要3商品に限って販売数量を発表する形に切り替えており、この数字はあくまでメディア各社が推計した値となっている。ここでは日本経済新聞による試算を用いた。
ビール業界の歴史に残る逆転劇を生んだ背景には、新型コロナウイルスの感染拡大による消費行動の変化が上げられる。政府による4月の緊急事態宣言をはじめとしたコロナ対策により飲食店の営業自粛や時短営業が続き、飲食店向けのビール販売は激減した。半面、「ステイホーム」や在宅勤務が広がり、「家飲み」「巣ごもり」需要で低価格の第三のビールの販売を押し上げた。

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monzenmachi
この結果、2020年の3ジャンルの販売比率はビールが41%、発泡酒は13%、第三のビールが46%となり、年間で初めて第三のビールがビールの販売数量を上回った。この市場変化がキリンとアサヒの明暗を分けた。
キリン「一番搾り」は前年から24%の落ち込み
アサヒの主力ビールブランド「スーパードライ」は、飲食店向けと家庭向けの販売比率がほぼ半々とされ、2020年の販売数量はコロナ禍の直撃を受け、前年を22%割り込む6517万ケース(1ケースは633ミリリットル大瓶20本換算)と失速した。
ビールの不振はキリンも同様で、主力の「一番搾り」は前年から24%落ち込んだ。
「スーパードライ」はアサヒの総販売数量の半分程度を占める。ビールブランドでトップを独走してきた「スーパードライ」頼みの「一本足打法」がアサヒの弱点とされてきただけに、コロナ禍での飲食店の営業自粛や時短営業、巣ごもり需要がアサヒの首位陥落を決定づけたともいえる。
片や悲願の首位奪還を果たしたキリンは、対照的に「家飲み」「巣ごもり」需要を捉えた第三のビール「本麒麟」のヒットに支えられた。2020年は前年を32%も上回る1997万ケースを売り上げ、「一番搾り」などビールの不振を補い、ビール系飲料全体の販売数量を前年から5%の落ち込みにとどめた。
キリンはコロナ禍を「本麒麟」のヒットにつなげた
ビール系飲料を巡っては、2020年10月の酒税法改正で350ミリリットル当たりの税額はビールで7円の減額、これに対して第三のビールは逆に9円80銭の増額となった。各社は第三のビールの増税前の駆け込み需要を狙って販促キャンペーンを展開し、キリンはコロナ禍での消費者の節約志向とも相まって「本麒麟」のヒットにつなげた。

「本麒麟」(350ml缶、500ml缶)(画像提供=キリンビール)
ビール系飲料でキリンはすでに2020年上期(1~6月期)で首位奪還を果たしており、業界内では「アサヒの年間シェア首位陥落は時間の問題」ともささやかれていた。
上期の時点で、両社のシェアはキリンの37.6%に対してアサヒが34.2%と3.4ポイントもの開きがあった。それを2020年の年間シェアでその差を1.9ポイントに縮めたのは、10年もの間、首位の座を守ってきたアサヒの意地と踏ん張りがあったからだろう。
しかし、アサヒの首位陥落については、万年3位のじり貧で1980年代に“死に体”に陥っていたアサヒをよみがえらせ、シェアトップに押し上げた救世主「スーパードライ」で得た「成功体験」が染みついた慢心が、やはり見え隠れする。
キリンもかつては「キリンラガービール」で60%という圧倒的なシェアを握り、「ガリバー」とはやされた時期もあった。その驕りがその後の凋落(ちょうらく)につながったとの指摘は定説になっている。