1● 政府の施策が困窮者に伝わっていないのはマスコミのせいではない・・・でいいのか?
ここ数日SNSで、
「コロナ関係での政府の支援策の情報が必要なところにちゃんと届いていないのは、マスコミが周知に協力しないからではないか」
という批判が大量にシェアされていました。
ある朝日新聞社員がツイッターで、「新聞は政府の広報誌じゃないんだよ!権力を批判することだけが専門なんだ!」的なことを言って、それに批判が殺到した・・・というような話のようでした。
断片的にそのツイートが流れてきた時には「おいおい、そうはいっても伝えるのをまずちゃんとやれよ(怒)」と思ったんですが、今この記事を書くためにその記者さんご本人のツイートを見に行くと、
霞が関周辺で「マスコミが報じないからだ」という声もたまに聞きますが、そもそも新聞は政府の広報誌ではありません。政策を分かりやすく伝えるために記者は取材しているのではありません。政策の問題点を見抜き、政府が隠していることを暴くために取材しています。
— 内藤尚志(朝日新聞記者) (@naitouhisasi) January 29, 2021
↑確かにこのツイートは批判されても仕方がないように思いますが、その後批判を受けて結構すぐに
×政策を分かりやすく伝えるために
— 内藤尚志(朝日新聞記者) (@naitouhisasi) January 31, 2021
○政策を分かりやすく伝えるためだけに
申し訳ありません。「だけ」が抜けてしまっていて、おかしな意味になっていました。まずは分かりやすく伝えられなけば、記者の仕事を果たしたことになりません。ご指摘、ありがとうございます。たいへん失礼いたしました。
↑このように謝罪ツイートをしており、全くもって「全く話の通じない”自己目的化した反権力”的なタイプの記者さん」というわけでもないように思います。
この方は1999年入社だそうで、おそらく私とだいたい同世代の今40代半ばごろだと思うのですが、個人的な感覚としては、今の30ー50代ぐらいの中堅社員の新聞記者の多くは、もっと上の団塊の世代の記者がSNSでやたらイデオロギーに凝り固まった放言を繰り返しているイメージとは違う柔軟な部分を持っているように思います。
あまりにイデオロギー的な放言を繰り返す団塊の世代の新聞記者のイメージが強すぎて、「新聞記者という存在に対する信頼感が消滅した」みたいなコメントをSNSで良く見ますが、私はむしろ、30−50代ぐらいでちゃんと専門分野を(特に海外特派員的なタイプの)持って地道に取材をしている記者さんのアカウントをたくさんフォローしていますし、「あらゆることがイデオロギーでしか見れない病」に陥りがちな現代において、現地発のリアルな事情を伝えてくれる貴重な存在だと信頼しています。
とにかく「てやんでぇバーロー的に政府に中指を突きつけて溜飲を下げること自体が提供価値」みたいな「団塊の世代的なメディア像」が機能不全に陥る中、たぶんこの内藤氏も含めて、今新しい「メディアはどうあるべきか」を模索しようと思っている人が、メディアの「中の人」にも多くいるはずで。
この記事を読んでいる読者のあなたはむしろそういう「自己目的化した反権力」的なメディア像に対して「マスゴミ」的に反発したい人の方かもしれませんが、そういうあなたにとっても、
むしろメディア内部の「自分たちだって今のままでいいとは思っていない」という層にはたらきかけて、何らかの新しい方向性を見出す流れになることは、色々と機能不全気味な混乱が続いているこの国にとっても、そして「メディアの中の人」にとっても重要な「今やるべきこと」ではないか
と思っています。
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2●「望月衣塑子型陰謀論」を超えて
たとえば、政府の支援策がちゃんと周知されていなくて使われていない、ちゃんと必要とする人のところに届いていない・・・とする。
そこで
「日本政府っていうのは人民の生活のことなんてこれっぽっちも考えない腐った政府なんだ!」
みたいな「突然謎の文明論」的なことをメディアにやられても困るわけじゃないですか。それで溜飲を下げたい人がいるかもしれないけど、それを「主流メディア」にやられても、ソコから先具体的な改善に進みようがない。
そんなことしてるメディアあるか?って言うかもしれないけど、ちょっと名前だして悪いですが望月衣塑子さんのこういうの↓
独は、緊縮財政を進めてきた結果、有事に大きな財政出動ができる。
— 望月衣塑子 (@ISOKO_MOCHIZUKI) January 6, 2021
アベノミクスを進め、赤字国債を発行し続けた日本は、飲食店に一律6万円のみだ
英 営業停止の飲食店などに最大126万円支給
独 飲食店には、前年の売上最大75%を支給、賃料などの経費の最大90%を支援 https://t.co/ZHuTmbcPQ3
・・とかが実質的にはそういう「突然謎の文明論」みたいな感じなんですよ。
これ、日本の飲食店休業支援は「1日6万円」で、月30日なら180万円なわけで、ツイート中のイギリスの126万円よりむしろ断然多いぐらいだろ…という「明らかに間違っている」ツイートで話題になっていたので見かけたのですが。
そういう「単純な計算間違い」の話だけじゃなくて、ドイツの内容と比べても日本の飲食店の時短営業協力金は全然劣っておらずむしろ対象によっては十分すぎるほどで、多くの小規模飲食店において普段の売上を補って余りある金額になっている試算も出されているぐらいなわけです。(勿論いろいろと改善できる方向性はいくらでもあるでしょうから、完璧だと言っているわけではありません)
ただ、日本のコロナ対策財政支援は国際比較してもそれほど小さくなく、むしろ倒産が普段よりも減ったぐらいの手厚さを出しているわけですよ。
…にも関わらず、というかそもそもそれ以前の単純な計算間違いのことも指摘されまくっているのに上記ツイートをそのまま放っておいているあたり、これはもう「アメリカ大統領選挙で勝ったのはトランプ」と吹聴しているアカウントと変わらないレベルの陰謀論と言っていいんじゃないでしょうか?
本来メディアにやってほしいことは、
1 もちろんまずは政府が発表した「今の対策」をちゃんと過不足なく人々に知らせることを「角度をつける」前にちゃんとやった上で・・・
2 今の制度のどこに不備があるのか?対象が間違っているのか?周知が足りていないのか?金額が足りないのか?手続きが複雑すぎるのか?・・・といったことをちゃんと具体的に取材して考える
ということであるはずです。
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3●批判でなく一緒に問題解決を考えるメディアであってほしい
要するに、
批判でなく一緒に問題解決を考えるメディアであってほしい
っていうことなんですよね。
とりあえず日本政府なりにかなり大盤振る舞い的な対策を打っている中で、さっきの「望月衣塑子型陰謀論」みたいなので盛り上がられると、そもそも事実認識が全然間違っているので、「その先の具体的な話」に進みようがなくなるわけですよね。
「どーせ自民党の奴らなんてよぉー!自分たちのことしか考えてねんだよなー!」
「そうだそうだー!」
みたいなのが「メディアの使命」と思われてしまうと、マトモな対話が成り立たないじゃないですか。
でも、さっきの朝日新聞記者の内藤氏のツイートみたいなのをズラッと読んでいくと、「すべてがイデオロギー闘争に見える病気」の団塊の世代的なメディア像に違和感を持って、何か新しいタイプの、今の時代に必要なアクションを起こしたいという気持ちは凄いあるように私は感じます。
もしあなたが「マスゴミ」に批判的な人だとしても、そういうあなたにとっては「離間の計」というか、むしろ「あなたにとっての敵」である「マスゴミ」の内部分裂を誘発して、「ちゃんと対話可能な中堅世代メディア人」に、「自己目的化した反権力」的な上層部からメディアのコントロールを奪うようにけしかけていく・・・という戦略は悪いものではないはずです。
・・・ってこういうことを書くと、
「そんなマトモなマスコミなんか、どっかにあるか?俺は見たことないぞ!お前の脳内お花畑か?」
みたいなことをネットで言われるんですが(笑)
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4●たとえば病院リソースの振り分け問題について
たとえば!っていうほんの一例ですけど、最近のコロナ関係に関するメディアは随分と「進歩」したなあ、という感じがしています。単に無責任に煽りまくるだけだった一年前とは明らかに違うと感じる。
例えば病院リソースの振り分けを工夫して医療崩壊を回避しようみたいな話について。
「民間病院で診てないところがたくさんあるんだから崩壊するわけ無いじゃんバーカ、医師会のエゴなんだよ!」
みたいな陰謀論が昨年末は溢れていましたが、年が明けたごろから色々と細部の具体的な話をちゃんと取材してニュースでやる例が急に増えました。
・地域全体で連携してコロナを診る病院とコロナを診ない病院を振り分け、対応できるスタッフを一箇所に集めてキャパシティを増やす
・回復期の患者がいつまでも重症患者用の設備を埋め続けないように退院基準を緩和し、「回復期患者を専門に診る病院」を作ると良い
…といった「具体的な方法」がちゃんとテレビのニュースで共有されるようになっていった。まだまだ足りないところはあるでしょうけど、そこでコロナ対応した病院への政府の経済的支援はどうあるべきか?みたいな細部まで色々と深堀りされてきている。
日本という国は、「縦割りの今ある組織図」を超えたような連携をするには「風潮」とか「気運」のレベルで方向性が共有されないと絶対できないんですよ。
そりゃ神様みたいなトップがいればできるかもしれないけど、でも「気運」が育ってない時にトップダウンでやったらどうせマスコミが焚き付けて全部潰しにかかるじゃないですか。
今の30−50代ぐらいの中堅メディア人の中で優秀な人は「そこまで踏み込む」だけの力が十分あるし、むしろそうありたい、あらねばならない・・・という気運は徐々に高まっていると思います。
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