“科学の発展によって産業が発達し生活が豊かになる”
20世紀はそんな前提が共有されていた時代であった。第2次世界大戦中のマンハッタン計画以降、米国では国家が主導する形で科学の進歩を牽引してきた。ケネディ政権下のアポロ計画、ニクソン政権のがん征圧計画、クリントン政権の情報スーパーハイウェイ構想やナノテクイニシアチブなどである。そんな国策のもと、開かれた研究環境と厚待遇で世界中の頭脳を集積させ、国家プロジェクトで科学の発展方向を示し、半世紀余りにわたり軍事や産業で世界のトップに君臨した。
21世紀に入ると、情報技術の進歩により世界中が瞬時につながる時代を迎えた。これとともに産業活動は、優秀で安価な労働力、より大きな消費市場を求めて一気にグローバル化していった。この時流に乗った勝者には巨大な富が集中した半面、旧来型の産業観の持ち主にとっては仕事が海外に奪われたのである。後者には、科学は豊かさをもたらすものではないとの不満感も芽生えたかもしれない。このような新技術の恩恵を実感できない人々の存在が、科学を意に介さないトランプ政権を産み出した要因の一つかも知れない。
トランプ大統領は、気候変動対策「パリ協定」からの離脱をはじめオバマ政権の政策方針を数多く覆したが、その中で科学技術政策にも厳しい姿勢を示した。地球温暖化を緩和する環境対策研究をはじめ、温暖化対策国立衛生研究所(NIH)や疾病対策センター(CDC)の予算削減案を提示した。さらには昨年来のコロナパンデミックの下で、WHOからの脱退まで表明した。
そんなアメリカの科学技術政策が、バイデン大統領の誕生により大きく再転換することになった。パリ協定への復帰、WHO脱退の撤回、新型コロナ対策の新戦略策定と、次々に改善策が打ち出されている。その中で、大統領科学顧問に「ヒトゲノム計画」で名をはせたエリック・ランダー氏を指名した。指名にあたり大統領は、パンデミックの教訓を今後のさまざまな公衆衛生の向上に生かす方策、加えて、気候変動への対処、技術や産業で世界的リーダーであり続けること、科学の成果をすべての国民が共有できるようにするための方策などを求めている。