記事

「行動する時が来た」「靖国の英霊と会話できる」陸自特殊部隊元トップの“危なすぎる世界観” - 辻田 真佐憲

「別にコロナ怖くないけど/マスメディアはゴミだと知ってる/そのダルさはプロパガンダから来る/憔悴のせいだよ」

【写真】この記事の写真を見る(5枚)

 男性がギターを弾きながら満面の笑みで歌う。2019年にリリースされた、瑛人の「香水」の替え歌だ。この不穏な動画をフェイスブックでシェアしたのは、荒谷卓。陸上自衛隊の特殊作戦群(2004年に発足した特殊部隊)の初代群長である。

 荒谷は先日、メディアを騒がせた。OBとなった現在も、毎年、現役自衛官や予備自衛官を募って、三重県で私的に戦闘訓練を指導していると報道されたからである。


陸上自衛隊朝霞駐屯地の式典に参列した特殊作戦群の隊員たち(2007年) ©共同通信社

 それに加えて、同人は「作家の故三島由紀夫が唱えた自衛隊を天皇の軍隊にする考え方に同調するなど保守的主張を繰り返しており、隊内への過激な政治思想の浸透を危惧する声も出ている」という(「陸自OBが私的に戦闘訓練『楯の会に酷似』三島信奉」)。

陰謀論者ご用達の「ディープステート」も登場

 しかし、実態はより深刻なようだ。荒谷がフェイスブックでときおりシェアする動画の内容は、三島云々どころではない。

 いわく、新型コロナウイルスが危険なのではなく、ステイホームとマスク着用こそが人間の免疫力を落としている。いわく、新型コロナウイルスのワクチンは人間の体に未知の遺伝子変化を引き起こす。いわく、メディアはコントロールされており、世界の真実を伝えない――。

 果ては、陰謀論者ご用達のワード、「ディープステート」まで出てくる。この世界には、裏から人類を支配しようとする、権力者や資産家たちによる「闇の政府」が存在するらしい。

 さきに紹介した「香水」の替え歌も、ここで意味がはっきりする。ようするに、ひとびとが体のダルさを訴えているのは、コロナのせいではなく、むしろ「ディープステート」に支配された、マスメディアの情報操作のせいだと言うわけである。

 OBとはいえ、陸自の特殊部隊元トップがこの認識? さすがになにかの間違いでは。そう信じたいところだが、残念ながら、荒谷の著作を読むとその思いは微塵に打ち砕かれる。

「社会の破壊と人間の奴隷化」が始まった?

 荒谷のデビュー作は『戦う者たちへ』(2010年)だが、昨年その第3版が出た。そこで増補された部分には、コロナ騒動を受けたところがある。そしてこれが、たいへんきな臭い内容なのである。

〈 令和二年、世界では重要な出来事が起こった。いわゆる『コロナ騒動』だ。コロナウイルスそのものは全く問題ないにもかかわらず、コロナを利用して世界中を脅迫し、自分たちの利益獲得と支配体制を目論む極悪非道の連中がメディアを使って、社会の破壊と人間の奴隷化を開始した。〉

 ここでも「ディープステート」的な世界観が明確に出ていて、頭を抱えてしまう。とはいえ、本書の“暴走”はこれで止まらない。

 荒谷はさらに、「新しい生活スタイル」を推し進めて、神社の祭りやお盆の帰省などを阻み、日本の歴史・文化・伝統を根本から破壊しようとする者たちを「日本の真の敵」と断定。そして「これと戦うことが、真の国防である」と主張し、「真の日本の戦闘者」にたいして「行動する時が来た」と訴えかけるのである。

「靖国の英霊と初めて会話ができる」

 ずいぶん物騒になってきた。とはいえ、その具体的な戦い方を聞くと、いささか拍子抜けする。

〈 日本中に有り余っている休耕田を起こして田んぼを再生する。お祭りに参加する。世のため人のために働く。家族的経営の会社運営をする。お金やネット情報に依存しない。テレビは観ない。メディアの情報を無視する。コロナ騒動を扇動する悪人のもとでは働かない。奴らが振りまくリスクを無視する等々、日本文化防衛のためにできることはいっぱいある。(前掲書)〉

 農業や祭りなどはともかく、後半は典型的な「ネットで真実を知った」者の考え方だ。ネット情報に依存しないと言いながら、フェイスブックを見るかぎり、ネット情報にはそれなりに影響を受けているのではないか。

 それはともかく、一般的に考えれば、コストをかけている新聞やテレビの報道のほうが、出所不明のネット動画よりも、まともな情報を出しているとなりそうなものだ。ところが、本書を読み進めると、そのような合理性が一刀両断されてしまう。

〈 その上で、奴らが強制力をもって戦いを仕掛けてきたら断固として戦う。有効性など考える必要はない。合理性を一切排するところに日本文化の輝きが生まれる。『敵は幾万ありとても我行かん』の気概で戦う。身体の保全より心の保全を優先する。そうすれば靖国の英霊と初めて会話ができる。(前掲書)〉

 それはなにか別のものと会話しているのでは――。しかし、こんなツッコミも荒谷には届かないだろう。「マスメディアはゴミだと知ってる」のだから。

もともと保守的な思想の持ち主だったが……

 たしかに荒谷は、本人も語るように、自衛隊でもともと保守的な“問題児”だった。

 入隊前より三島由紀夫を信奉し、尊敬する合気道の島田和繁武学師範より「自衛隊に行け!」と言われたときは、「三島由紀夫を罵倒して、誰もついていかなかった自衛隊か」と思いながらも、「自分が入るなら自衛隊を全部変えなきゃいかんな」という意気込みで、幹部自衛官の道に進んだという。そのため、歴史観で同意できなければ教官にも反論。調査隊の監視対象になっても、構わず制服姿で憂国忌(三島の追悼集会)に参加し、靖国神社の清掃奉仕に加わったほどだった(荒谷卓『自分を強くする動じない力』)。

 そのような人物が、特殊部隊の責任者となり、「国を守るとは」「部下の生命を預かるとは」と突き詰めて考えた結果、スピリチュアル系の保守思想にたどり着くのは、それほど不自然なことではない。

 とはいえ、昨今の発言はそれまでの著作の内容にくらべても、明らかに一線を越えている。神武天皇や八紘一宇あたりはともかく、ディープステートはやりすぎだ。

 したがってこの問題は、保守思想や自衛隊云々よりも、もっと広く捉えなければならない。

5点の陰謀論を防ぐ65点の物語を

 現在、ネットでは、コロナ禍やアメリカ大統領をめぐって、以上と大同小異の陰謀論が渦巻いている。

「ネットで真実を知った」者の成れの果てと、かれらを笑うのはたやすい。だが「もっと確かな情報源を」という指摘自体が「マスゴミ批判」で封じられている以上、事態は深刻である。

 そもそもかれらは、一般的な知性をもち、それどころかとても勉強熱心で、平均的な日本人よりも本を読み、そして自分の頭でよく考えている。にもかかわらず、このような世界観に陥ってしまう。そこでなお既存の権威を振りかざすのはあまりに虚しい。

 では、どうすればよいか。ひとつの提案として、メディア上に(オンライン記事でも、ウェブ動画でも)、考えるヒントになるような、よりまともな物語を流していくことが考えられるのではないだろうか。具体的には、「ディープステート」を「農業を通じて国に貢献」などで上書きしていくということである。

 あえてざっくり言えば、5点の陰謀論よりも、65点の愛国の物語のほうがまだマシだということである。

“100点満点主義者”が壊滅させたもの

 SNSには、1点の間違いも許さない、リゴリスティックな100点満点主義者がすっかり多くなってしまった。そこで65点の物語はよく血祭りに挙げられている(「国に貢献」というが、そもそも近代国民国家の枠組みを自明視していることが暴力的であり、思慮が浅く云々)。とはいえ、65点の物語を壊滅させたあとにやってくるのは、100点満点主義者が尊敬される世界ではなく、逆に批判などまったく意に介さない、5点の陰謀論が蔓延する世界ではないだろうか。現状はむしろそうなっているように思えてならない。

 われわれは不完全な存在である。100点満点主義者も、自分の得意分野以外ではしばしばデタラメなことを言っている。であれば、65点ぐらいの物語を公共財として鍛えていくことが、5点の陰謀論を防ぐ防波堤になると筆者は考える。

 今回のニュースについても、ただ笑い、嘆き、蔑んで消費してしまうよりも、このような代替案を考えたほうが生産的で有益だと思うのだが、いかがだろうか。

(辻田 真佐憲)

あわせて読みたい

「陰謀論」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    総務省違法接待は菅首相の報復人事と霞が関幹部私物化が発生源、現場の国家公務員はお茶菓子も食べない

    国家公務員一般労働組合

    02月26日 22:33

  2. 2

    スター・ウォーズファンたちが熱狂の『マンダロリアン』 日本のサムライ影響?

    BLOGOS映像研究会

    02月26日 07:09

  3. 3

    致命傷にはならないだろうが、やはり菅さんが受けた傷は深い

    早川忠孝

    02月25日 19:06

  4. 4

    “接待問題”めぐり東北新社の二宮社長が辞任 菅総理長男は懲戒処分

    ABEMA TIMES

    02月26日 18:52

  5. 5

    菅首相は山田広報官を更迭せよ ~強権と縁故主義の安倍-菅政治の終焉~

    鈴木しんじ

    02月26日 19:12

  6. 6

    そろそろ、バブル崩壊はじまるかな!

    澤上篤人

    02月26日 15:50

  7. 7

    夫婦別姓に反対の丸川珠代大臣「自分は旧姓使用」に疑問の声

    女性自身

    02月26日 14:39

  8. 8

    もう一度考えてみる オリンピックって何だろう?

    ヒロ

    02月26日 10:38

  9. 9

    愛知のリコール不正疑惑、維新の「組織的な関与」の有無と責任について

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    02月26日 09:43

  10. 10

    総務省の接待問題は森友・加計学園疑惑と同じ構図 首相の責任も重い

    畠山和也

    02月26日 09:10

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。