昨年9月の政権発足直後、60%台の高支持率でスタートした菅義偉内閣の支持率が30%台にまで急落した。この5カ月間、コロナ対策を最優先に進めてきたはずの内閣はなぜ躓いてしまったのか。遅きに失したGoToトラベル全国一斉停止、緊急事態宣言の再発令、ワクチン配布スケジュールの混乱、そしてオリンピック……。政権内で今一体何が起きているのか。昨年10月、政権発足直後に菅政権の将来を分析した政治ジャーナリストの後藤謙次氏に改めて「菅政権の本質」について聞いた。(全2回の1回目/後編はこちら)
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政治ジャーナリストの後藤謙次氏 ©️文藝春秋
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及第点に達していない、菅内閣の本質
昨年10月、菅義偉政権が発足してから1カ月の時のインタビューで、私は「菅内閣の政治手腕についてはまだまだ未知数で、採点不能なところがたくさんある」と述べました。しかし、政権発足から5カ月。この間に見えてきた菅内閣の本質について分析すると、及第点に達していないのは明らかです。
“赤点”を付けざるを得ない最大の理由は新型コロナウイルスに対する一連の対応です。結果を出す、出さない以前に、菅首相は国民の不安を取り除くようなメッセージを発することができていません。「各論型」の総理大臣の弱点が早くも出てしまった気がします。
菅首相は竹下登氏や小泉純一郎氏と同じ「各論型」
前回も指摘しましたが、総理大臣には大きく分けて「総論型」と「各論型」に分かれます。「総論型」はまず大きな国家像を描いて、そこに各論を落とし込んでいくタイプです。典型的なのは、中曽根康弘元首相や安倍晋三前首相。それに対して「各論型」は竹下登元首相の「消費税」や小泉純一郎元首相の「郵政民営化」というようにあくまで各論を成就するのに尽力するタイプをいいます。菅首相は就任直後に携帯料金値下げやデジタル庁創設を掲げ、「国民のために働く内閣」を作ると言いました。典型的な「各論型」の総理です。そしてその首相が「絶対に感染爆発を防ぐ」と意気込んだ「各論」こそ、「コロナ対策」でした。
「総論型」はたとえ一つの各論に失敗しても、総論にある大きな枠の中で、別の枝葉をつくって致命傷を回避することができる。しかし、「各論型」は「各論」で行き詰った時に、次のカードが出せないという弱点があります。菅首相がはまってしまったのはまさにこの落とし穴です。肝心のコロナについて、失点を重ねて、さらに挽回策が見いだせない状況が続いています。
例えば、GoToトラベルについて、首相は強気一辺倒でなかなか「一時停止」の決断を下すことができませんでした。最後まで、ひょっとしたらうまくいくんじゃないかという姿勢を崩さず、早めに撤退して次の手を打つことができませんでした。今の菅首相は、強気な姿勢を貫いた結果、裏目に出て、後手に回ってしまうといったことを繰り返しています。
危機管理の基本は「想像と準備」につきます。最悪の事態を想定して最大限の準備を重ねる。それができていませんでした。
永田町の格言は「決戦は金曜日」だったが……
GoToについては、決断した「曜日」もよくありませんでした。政府が「Go Toトラベル」の全国一斉停止を発表した12月14日は月曜日です。これは永田町の常識からすると、かなり異例のことです。古い政治記者ならよく知っていることですが、永田町の経験則は「決戦は金曜日」だからです。
つまり、週の終わりに重大な決定をくだしておけば、土日の間にいろんな問題が生じたとしてもリセットする時間があり、次の月曜日からは新しい展開を始めることができる。決定が月曜日だと、下手をすると1週間の間ずっと批判が燃え上がり、その収拾に追われることになります。現に12月14日の時は、その日の夜に、首相が銀座の有名ステーキ店「ひらやま」で5人以上の会食をしたことが大きな批判の的となり、その火が消えるまでかなりの日数がかかってしまいました。
親分が関わってきた仕事を「ちゃぶ台返し」することはできない
菅首相の政治スタイルとしては、最初にかなり断定的なことを言ってしまい、あとでにっちもさっちもいかなくなるというパターンが多いのも気になります。1月7日、首都圏の1都3県に緊急事態宣言を発出したことを報告した記者会見では、「1カ月後には必ず改善させる」と言い切りましたが、今のところ医療のひっ迫を止めることはできていません。また、昨年10月の臨時国会の所信表明演説で菅総理は、「絶対に感染爆発を防ぐ」と“絶対”という言葉に力を込めて断定的に語りました。しかし、結果的に、感染拡大は止まらず、どんどん広がってしまった。これで国民の「期待感」は「不信感」へと変わってしまったのではないでしょうか。
なぜ、コロナ対応をめぐって、これほどまで国民との感情的な“ズレ”が広がってしまったのか。その原因は菅首相の「なんでも一人でやってしまう」政治スタイルにあると私は考えています。菅首相は厚労省の幹部と日常的にやり取りしたり、週末に首相公邸に呼んだりして、政府の「大方針」の決定にスタートから関わっています。一見すると、良いことに思えるかもしれませんが、これが「政策の柔軟性」を失わせています。一般的に、親分が一から関わってきた仕事については、途中で下のものが「それはちょっとまずい」と思ったとしても“ちゃぶ台返し”はなかなかできません。これは、お役所のような上下関係が明確な縦型組織なら、なおさらです。担当大臣も官僚も首相が最初に決めた大方針に逆らってまで「NO」と言える人がいないのです。
「菅さんは一人船頭だ。渡し船を棹一本で渡ろうとしている」
菅政権の前の安倍晋三政権は、よくも悪くも官邸官僚が幅を利かせ、「チーム安倍」が機能していました。しかし、菅政権にはチームによる一体感がない。ある側近は、私に「菅さんは一人船頭だ。渡し船を棹一本で、一人で渡ろうとしている」と漏らしたほどです。
「首相は一人船頭である」。そのことをよく表しているのが、河野太郎行政改革担当相を新型コロナウイルスワクチン接種担当大臣に任命した人事です。菅首相はこの人事について、自民党の二階俊博幹事長ら党執行部に一切相談していません。
寝耳に水の人事を突き付けられた二階幹事長が、相当不快な念を持ったのは間違いありません。
恐らく菅首相は、「河野氏の起用を二階幹事長ら党執行部が本当に了解してくれるだろうか」と思ったのではないでしょうか。だから、反発は覚悟のうえで、決定事項を通告するしかないと思った可能性があります。