楽しみしかない。ニューヨーク・ヤンキースからFAとなっていた田中将大投手が8年ぶりに古巣・東北楽天ゴールデンイーグルスへ復帰することになった。1月30日には入団会見が行われ、チームの日本一奪回へ向けて全力を尽くすことを宣言。侍ジャパンからオファーがあれば「断る理由はない」とも述べ、今年夏に開催延期となった東京五輪での金メダル獲得へも強い意欲をのぞかせた。2021年の日本プロ野球界は〝マー君旋風〟が吹き荒れそうな予感が漂う。
しかしながら気にかかる要素もある。楽天と田中は推定年俸9億円の2年契約を締結しているが、今オフに契約の見直しが行われる可能性もあるという。会見で田中は「アメリカでやり残したことがある」とも述べており、今季終了後に〝オプトアウト〟で再びMLB(メジャーリーグ)へ復帰することは十分に考えられそうだ。

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ここでポイントとなるのは言うまでないことだが、田中のMLB内における需要である。今オフはヤンキース残留を大前提に早い段階から下交渉を積み重ねてきたが、合意に至らなかった。会見で田中が明かしたようにMLBの複数球団からもオファーは受けていたものの熟考した末、最終的に古巣復帰を決断したという。名門ヤンキースで7年通算78勝の成績は「金字塔」と評しても過言ではない。この輝かしい経歴があればコロナショックでMLBの移籍市場が低迷していても、それなりの需要は確かにあったはずだ。だが今オフでなく、来オフとなったら果たしてどうなるのだろうか。
ヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMは地元メディアのオンライン会見で楽天移籍が決まった田中について、これまでの活躍に感謝の意を示すとともに来オフのヤンキース復帰を否定しなかった。田中の復帰に関して「ドアを閉めることは〝絶対〟にない」という強い言葉も用いた同GMの発言に対し、単なるリップサービスととらえる声もある。しかし、地元メディアやヤンキース周辺、そしてMLB関係者の間からは「田中の今オフNY帰還説」の信ぴょう性を高めるような指摘が水面下で案外多く出ているのも事実だ。
そもそも今オフ、田中のヤンキース残留が叶わなかったのは球団側に重くのしかかるぜいたく税(ラグジュアリータックス)の存在も大きな要因としてあった。選手総年俸でリミットを超えれば、莫大なタックスの支払いを課せられ、ただでさえコロナショックで経営ズタボロのヤンキースは余計な出費を強いられる。
田中にとってタイミング的に不幸だったのは今オフ、同い年の大物チームメートであるD・Jラメーヒュー内野手と同時にFAとなってしまったことだろう。昨季は自身2度目の首位打者を獲得し、過去にゴールドグラブ賞にも2度輝いたメジャー屈指の名二塁手・ラメーヒューはヤンキースにとって代用がきかない重要なピース。もちろん田中も必要な戦力であったことに変わりはないが、ラメーヒューと秤にかけつつぜいたく税との兼ね合いも見定めた結果、キャッシュマンGM曰く「1人(田中)のサラリーで(年俸の安価な)2人の投手を獲るほうがベターな戦略かもしれない」との考えに至ってヤンキースは最終的に断を下さざるを得なかった。
今もSNSではかなり多くのヤンキースファンが田中と再契約しなかった球団に失望し、激怒するコメントを次々と投稿している。シビアなことで有名なニューヨークの地元メディアでさえも複数が田中のチーム残留を今オフの優先事項としなかったキャッシュマンGMらヤンキース編成トップの選択に疑問符を投げかけているほどだ。ヤンキースの球団内でも「マサ(田中)をイーグルスへカムバックさせたことは正しかったのか」と首をかしげる関係者は少なくなく、基本的にはフロントの判断に従わざるを得ない現場のチーム内からも田中放出を嘆く声がアーロン・ブーン監督を筆頭に露骨な形で噴出し続けている。
キャッシュマンGMは名門ヤンキースで実に23年間も編成トップの座を任され、群雄割拠のMLBの世界において生き抜いてきた優秀なビジネスマンだ。無論、田中との再契約を結果的に見送らざるを得なかった判断について方々でハレーションが起こっていることは百も承知であろう。だからこそ、キャッシュマンGMには「どうやら田中を2022年シーズンから再び呼び戻すプランも選択肢に入れているようだ」ともささやかれている。
それを踏まえ、ヤンキースとライバル関係にあるア・リーグ球団で編成部門に携わる関係者も次のように続けている。
「ラグジュアリータックスのリミットと最優先事項としていたラメーヒュー再契約の両案件を抱え込んでいたことで、ヤンキース側は今オフの田中に対して納得してもらえるような再契約条件をどうしても工面できなかった。だがキャッシュマンGMらヤンキースの編成担当者は田中の代理人との交渉の席上の中で『ネクストイヤー』というワードを要所で何度も用いていた模様で、暗に来オフならば自分たちはもっといい条件を準備できるとほのめかしていたとも聞く。
これはつまり、田中との再契約に関してヤンキース側に〝状況が大きく緩和する1年後であれば、好条件を提示する段取りも可能になる〟という読みがあるということ。そのシナリオと照合すれば、キャッシュマンGMが田中再獲得への門戸を閉ざす可能性について『絶対にない』と断言したこととつじつまは合う」
田中は今年11月で33歳を迎えるが、前出の関係者は「彼の場合、年齢面はまったくネックにはならない。むしろ昨年まで7年間もヤンキースの先発ローテーションを守り切ってきたことはベテランとしてこれ以上ないプラス材料だ」と言い切る。
米国内でも〝時の人〟として注目
来オフはワシントン・ナショナルズのマックス・シャーザー、ロサンゼルス・ドジャースのクレイトン・カーショー、ヒューストン・アストロズのジャスティン・バーランダーとサイ・ヤング賞の受賞歴のある超大物投手もFAとなる。加えて巨人の菅野智之投手も海外FA権を今季中に取得する見込みで、ポスティングシステムを申請しながらも今オフに実現できなかったMLB移籍へ向け、来オフにも再度トライする可能性が高い。来オフの移籍市場は今オフ以上に激化することになるが、それでも前出の関係者は「田中がNPB(日本プロ野球)で再びムーブメントを起こせば、来オフの移籍市場において他のFA大物投手よりも魅力的で費用対効果も十分な存在になり得る」と分析し、こうも続けている。
「日本よりも米国のコロナショックは深刻。MLBは昨季に続いて今季も開幕遅延、シーズン縮小となることが不安視されている。一方のNPBは現在までのところ今季は143試合の公式戦が予定通りに実施される見込み。NPBにカムバックした田中は試合数減少が危惧されるMLBに残留するよりもマウンド上で自身の実戦におけるハイパフォーマンスを見せられる機会が増えることになるかもしれない。
加えて今夏の東京五輪が予定通りに開催され、田中が日本代表(侍ジャパン)に選出されれば、MLB在籍時では叶えられなかった国際試合での登板と金メダル奪取への道のりも整う。アピールの場が増え、大活躍すればMLBでも価値は当然上がる。加えて何よりも彼には僅か1年前までMLBのトップクラスを相手に実績を積み上げてきた経験値がある。このように来オフに向けて現段階から総合的なシミュレーションを田中に対して行っているとすれば、ヤンキースは本気で1年後に再獲得へ動くのではないか。少なくとも、我々の球団内では『NYにはそういう選択肢もあるだろう』と分析している」
2021年シーズンで楽天・田中は日本だけでなく、米国内でも〝時の人〟として注目を一身に浴びることになりそうだ。