アメリカ西海岸で音楽向けのレコメンドSNS的に流行を始めたアプリ「Clubhouse」が、我が国でも目下凄い勢いで会員数を増やしています。
何が凄いかって、一度会員になっても2人までしかSNS加入の招待を出せないという敷居の高さ、あくまで音声チャットなので活字として残らないばかりかアーカイブもできずに参加者の会話だけが流れていく、そして実にアメリカンな感じの洗練されたデザイン……。ああ、これはウケる。ウケるんだ。そう思ったわけです。
©️getty
そこは、談話室ルノアールでした
私もさっそくご招待を戴いたので参戦……と思いきや、最初やってきた招待のSMSを見たとき、「なんだ、このいかがわしいサービスは。音声でやるSNSとか興味ない。毎日毎晩子どもたちがしでかす兄弟喧嘩の声やらご近所の叫び声ばかりでいまさら音声で繋がりたくないわ。削除や削除」ということでスルーしておったのです。
そしたら、なんか突然人気になってるじゃないですか。なんだよ、みんなやってる人気のサービスなのかよ。最初からそう言えよ。削除しちゃったよ招待状。もう一回くれ。え、駄目なの。なんでなんで。その後、親切な知己の女性から再び招待を貰って入ってみたんですよね。
そしたらそこは、談話室ルノアールでした。
これはなかなかの刺激物
なんかね、ウェブ界隈でお馴染みのメンツが業界話に花を咲かせていたかと思えば、向こうのほうで我が国の低質なスタートアップ界隈の皆さんが集って投資話をしている。そうかと思えば、別のルームでは仮想通貨は儲かるんだと力説する教祖とその話を聞きたくてオーディエンスになってる養分の皆さんが1,000人ぐらい集まって集会をやってるんです。
また別のルームでは「公開pp活 準備室」なるタイトルが流れてきて、うら若い女子大学生2人が、リスナーになっているおっさんを一人ずつ指名で呼んでおしゃべりして、フィーリングが合わないと部屋から追い出すという実に淫靡な感じの空間が広がっています。そういう刺激的なタイムラインがルーム案内と共に埋め尽くされると、まさに瞬間瞬間でザッピング可能な素人ラジオみたいになるんですよね。
さらには、聞き覚えのあるマルチでなんとかステータスになっているというマネージャーの人が、Clubhouseで若い(であろう)参加者たち相手にセールスをやっていて、最初興味を持ってちくちく見物に行っていたけどこれはなかなかの刺激物です。修羅ですよ、これは。ルノアールみたいな。そのうちガラケーとファックスで不動産取引をやってるおっさんとかまで、ルーム立てて地面図開いて商談とか始めかねない。
即時性しかない音声SNSで「あ。この人そういう人だったんだ」
そうかと思えば、ネット上で面白国会議員として著名な音喜多駿さんが、主張している政策はまともなのにイマイチ人気の伸びない国民民主党の玉木雄一郎さんとオンライン対談をしているカオス。
誰をフォローするかにもよるんですが、Twitter以上に即時性がある、いや、即時性しかない、瞬間で消えてしまう恐怖の音声SNSが「Clubhouse」なのでした。うっかり知人友人をフォローすると、その人が参加しているルームに幸福の科学の人が混ざっていたり、イケダハヤト師をフォローしていたり、N国党の立候補者を応援するルームを立ち上げていたり、「あ。この人そういう人だったんだ」というのを真正面から可視化してしまうことに気づくのですよ。
昔のルノアールがそのまま切り出されてオンラインに
そういう仕組みなのだから仕方がないとはいえ、とんでもなく公衆の面前なんですよ。ネットメディアの未来を占うルームで真面目に業界議論をしている横で、マルチ商法が営業しているという感じの。この強烈な「内輪」感なんだけど実際にはルームとしてフォロワーなどのリスナーに会話が全部公開されているのを見ると、赤坂見附のルノアールとか一昔前のヤクザ屋さんがいっぱいいたころの全日空ホテルのラウンジがそのまま切り出されてオンラインになりました、みたいな既視感を覚えます。
もちろん、他の人に見られないようなプライベートのルームも作れるわけですけど、それなら普通にいままで通りGoogle MeetsとかFacebook使えばいいわけでね。このClubhouse使うからには、自己顕示欲全開にして「俺たちの内輪の喋り、お前らも聴いてくれ」って状況になっているわけですよ。
識者はみんな指摘していますが、日本人にはより強いかもしれない他の人から外される恐怖(村八分:FOMO "fear of missing out")をうまく突いていると思うんですよね。流行に乗り遅れるな。自分にあってるかどうか分からないけど、とりあえずベストセラーは買う。ゲームと言えばまずはファイナルファンタジーを遊ぶ。まさに赤信号をみんなで渡ったらダンプが突っ込んできてみんな死ぬ的な心理アプローチだと思うんですよね。
編集もないダラダラトークでは小島瑠璃子に勝てず
そして、そこには「ホスト」と「スピーカー」と「その友人」と「無関係だけど話を聴きたいオーディエンス」とに分かれ、メディアとして一種のヒエラルキーができる。さらに、一度聞き逃すとどこにもログは残されていない。Clubhouseの中にはテキストで書き込みを残す機能はなく、すべてはTwitterやInstagram、Facebookなど外部SNSでしか語られないので、必然的に他の大手SNSで「Clubhouseで起きていたこと」が回覧され、さらにClubhouseに人が集まろうとする。
よくできているんですが、本当に残念なのはこのSNSは本質的に暇人のためのメディアで、同時性を確保するために多くのリソースを割かなければいけません。単純に、編集もなくダラダラと誰かと誰かが話すトークをリアルタイムで聞いていなければなりません。最初は面白がってルームをどんどん立てて数百人とオーディエンスを集めていた人たちも、同じ時間帯に小島瑠璃子がルーム立ててトークを始めたら、その通知を見た人がごっそりと移動していって閑古鳥が鳴く。お前ら小島瑠璃子に勝てるとでも思ったのか。素人が野球しているところにプロがやってきて完全試合するようなもんです。
Clubhouse発のスタースピーカーが出てくれば
いまでこそ、金持ちやオンラインサロン、スタートアップ界隈を含めた「ネット界の人たちのルノアール」に過ぎませんが、今後、これらのアーリーアダプター(先駆者)が飽き始める前にClubhouse発のスタースピーカーが出てくれば、だんだんとそれ色に染まっていくことでしょう。
個人的なクライマックスは、以前ご一緒した投資先で集まった出資金を持ち逃げして消息不明とされていた某経営者が、ルームを立ててにこやかな声色で投資話をしていたので聴取してたところ、私に気づいてルームを閉じてしまったことでした。金返せ。
(山本 一郎)