「規制の対象か否か」
韓国では、年明け早々、「アルペス」を巡り論争が巻き起こった。
「アルペス」は、RPS=Real Person Slashを略した韓国での通称で、実在のK-POPアイドルや芸能人、著名人を素材にした同性愛小説や漫画などをいう。ファンフィク(ファンが書くフィクション)のひとつといわれる二次創作物だ。
女性読者をターゲットにしたものが多く、韓国では伊藤博文や、伊藤博文を暗殺した安重根などの歴史上の人物もその対象になっている。

「アルペス利用者処罰」と「不法映像ディープフェイク処罰」の対立
1月11日、「未成年男性アイドルを性的玩具にするアルペス利用者を強く処罰してください」という請願スレッドが青瓦台の国民請願掲示板に登場すると、続いて13日には、「女性芸能人に苦痛を与える不法映像ディープフェイクを強く処罰してください」という請願スレッドも立って、論争は男女対立の構造をとりながらヒートアップ。「ディープフェイク」は、芸能人や著名人の顔を当てはめた写真や動画などで、韓国で問題視されているのは、女性芸能人の顔が性的な写真、動画に使われているという点だ。
いずれも、それぞれ21万人、38万人あまりの賛同が集まり(1月27日現在)、どちらも規定の20万人を超えたため、青瓦台は何らかの回答を明らかにしなければならない。
アングラ文化として、音楽事務所も黙認
論争の的になっている「アルペス」は数十年前から始まったとされている、欧米や日本でも人気のサブカルチャーだ。韓国では日本から流入したとされ、90年代後半、アイドル第一世代といわれる5人組のアイドルグループ「H.O.T.」から始まったというのが定説になっている。
2012年にヒットし今でも人気のドラマ『応答せよ1997』では、主人公が高校の授業中、アルペスを回し読みしていたのを先生に見つかり叱られるシーンが出てくる。それほどポピュラーな文化で、アルペスの素材になればスターになった証ともされていた。
しかし、未成年者も多いアイドルを素材にした性的描写は過激できわどい、一線を超えたものになっているともいわれ、さらには売買取引もあることから問題視もされていた。
ただ、ファン文化の中でも閉鎖的な空間で行われるアンダーグラウンドの文化とされているため、音楽事務所も黙認しており、これまでその存在について公に議論されることはなかった。「アルペス」の消費者はK-POPファンの10~20代が主流で、自身の好きなアイドルスターを主人公にしたストーリーを注文し、購入する消費者もいるという。
「残忍なインターネット性犯罪」ラッパーの発言で問題化
「アルペス」がにわかに注目を浴びたのは、ラッパーのシンバがSNSで発言してからだ。シンバは、ファンからアルペスを知り、驚いたとして「拒否できない状況にいる実存の人物を題材に、変態的関係を描写する小説や漫画を販売し、これを集団で隠蔽し援護しているって?」と批判。「n番ルームに続き、韓国社会が警戒し、根絶すべき残忍なインターネット性犯罪」と訴えた。
n番ルームは、2020年3月に発覚した、インターネットのインスタントメッセンジャー「テレグラム」上で女性を性暴行するなどの動画を流し、金銭を稼いでいた残忍なネット性犯罪事件。主犯のひとりは第一審で懲役40年の判決がでている。
アルペス論争には国会議員も参戦し、保守派の野党第一党「国民の力」のハ・テギョン議員は、アルペスを読んで驚愕したとして、「わいせつ物を売買する市場ができていることが問題」だとし、単独で調査。内容に問題ありとするアルペスのSNS上の110個あまりのIDをまとめたものを19日に警察に提出し、捜査を依頼している。「児童・青少年保護法や性暴力処罰法違反のケースもある」とし、「アルペスは内容により性犯罪として規制すべき」という立場だ。
「アルペス叩きは女性嫌悪から発している」という批判も
一方、「アルペス好きの人だけが楽しむ文化であって一般に広く知られるよう公開されているわけでもなく、第二のn番ルームとするのはとんでもない話」とする大衆文化の専門家も多く、「一部のファン文化であるアルペスを重大な性犯罪や反人類的犯罪であるかのように世論化するのは適当ではない。ウェブツーンやウェブ小説にも積極的な性描写が多いのにアルペスだけ苛酷な物差しで見ている」(ヘラルド経済、1月19日)とこうした動きを批判する声が上がっている。
韓国メディアはこの論争を本質から離れた「男女の対立」、「ジェンダー葛藤」と報道し、「ミソジニー(女性嫌悪)から発したアルペス叩き」という批判も飛び交った。というのも、「アルペス論争」が煽られた背景に、「イルダのセクハラ問題」に対するバックラッシュの側面もあったためだ。
女子学生型チャットボット“イルダ”のセクハラ騒動
「イルダのセクハラ問題」は、文字どおり、チャットボット「イルダ」にセクハラ問題が浮上したもの。イルダは、20年12月末、韓国のベンチャー企業「SCATTER LAB(スキャッターラボ)」が20代の女子学生をモチーフとして制作したチャットボット(CHATBOT=対話ロボット)。より発達したディープラーニング(深層学習)技術を使っているため、自然な会話ができると、リリース後、たちまち人気となった。
「スキャッターラボ」によると、利用者の85%が10代で、12%が20代。1カ月足らずでおよそ40万人がダウンロードしたという。同社は日本のソフトバンクからも出資を受けたベンチャー企業(2011年設立)で、日本でも人気の携帯アプリ「恋愛の科学」を開発したことで有名だ。
そのイルダを巡り、利用者が「イルダと性的な会話を交わす方法」や「イルダが服を脱いだ合成イメージ」「イルダとテレフォンセックスする方法」などの猥褻な内容を1月初めにインターネットコミュニティサイトにアップ。「性的に女性を搾取している」と騒ぎになった。
「イルダ」は、利用者と会話を重ねていくことで学習する開発型チャットボットで、だからこそより自然な会話ができるようになっていたが、利用者によっては性的少数者や特定の人種への嫌悪を露わにする言葉を習得させていたことも分かり、AIの倫理問題にも発展した。
イルダの提供は中止、では「アルペス」は?
「スキャッターラボ」は性的少数者などの敏感なキーワードもボットが自ら学ばなければならないとし、特別な対策をしなかったという。韓国では、これは社会的倫理を欠いた会社に責任があるとする声が圧倒的で、予見できた事故と分析されている。結局、リリースから3週間あまりの1月15日、イルダの提供は中止されている。
ラッパーのシンバがSNSで「アルペス問題」を発言したタイミングは、ちょうど「イルダのセクハラ問題」騒動のさ中で、イルダからアルペス、そしてディープフェイクへと論争が広がっていった。
では、「アルペス」は規制の対象になるのか?
韓国の現行法では対象にならないという解釈が大勢で、韓国のある弁護士は、「名誉毀損や侮辱罪が適用できる可能性はある」と話す。
ディープフェイクについては昨年、「性暴力犯罪の処罰などに関する特例法」が改正されて、5年以下の懲役刑と5000万ウォン(約460万円)以下の罰金、また、営利目的であった場合は7年以下の懲役刑が科せられることになった。
今後、たとえば閉鎖的な空間で、売買の対象とされていない「アルペス」にも規制をかけるというのであれば、表現の自由はどう解釈されていくのか。
包括的にこうした問題をどう解決していくのか、しばらく流れを追ってみたい。
(菅野 朋子)