
新型コロナウイルスのワクチンの「順番」をめぐって、議論が巻き起こっている。国際オリンピック委員会(IOC)の最古参委員であるディック・パウンド氏が英メディアに対し、「東京五輪開催のために選手たちに新型コロナのワクチンを優先的に接種させるべき」という意見を述べた。
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パウンド委員は、今後の対応は各国の判断だとしながらも、優先接種が「最も現実的な進め方」だとしている。これには、五輪関係者から期待の声があがる一方で、“国民から反発が強まるのは必至”と懸念する声もある。
当のアスリートたちも、この案を大歓迎しているわけではない。すでに海外のアスリートから反発が起きている。
前出・パウンド委員の母国カナダでは、元メダリストたちが相次いで反対意見を表明。2016年リオ五輪のレスリング女子75kg級金メダリストであるエリカ・ウィービー氏は、公共放送CBCの取材に対し、「ワクチンを最も必要とするのは最前線で働く人」だと強調した。
2004年アテネ五輪体操男子カナダ代表で、ゆか金メダリストのカイル・シューフェルト氏は取材依頼にメールで回答。優先接種への反対を明言した。
「五輪選手は重症化しやすい高齢者のような守られるべき立場ではありませんから、優先的な接種が必要だとは思えません。
アスリートのワクチン接種がなくても、安全に五輪を開催する方法があると信じています。バブル(隔離空間)方式、頻繁な検査、選手と報道関係者との接触の制限、マスクやソーシャルディスタンス、試合中の衛生環境の改善など、適切な管理運営が安全な大会のために必要だと思います」
同氏はまだ半年の時間があることを強調し、「今はパニックに陥るよりも希望を見出す時だと信じている」と結んだ。
「カナダでは日本よりも早い昨年12月からワクチンの接種が始まっていますが、そのペースが計画より遅い。五輪選手のような健康な若者は当然ながら優先順位が低く、普通に“順番待ち”をすれば7月の五輪開幕に間に合わない。“列の横入り”になることに対して、一流アスリートが反対を鮮明にした」(在米ジャーナリスト)
変異株が流行する英国でも、元金メダリストが否定的な見解を示した。
「ワクチン接種は人道的な観点から、壮健なアスリートよりも重症化リスクの高い人を優先しなくてはいけない」
そう話すのは、1992年バルセロナ五輪の柔道52kg級銀メダリストで日本女子体育大学教授(体育学部運動科学科スポーツ科学専攻)の溝口紀子氏だ。
溝口氏は、アスリートにとってワクチンを打つかは非常にデリケートな問題だとも指摘する。
「ファイザー社などのmRNAワクチンが、性ホルモンや筋肉にどのような影響があるのかを示すエビデンスがはっきりしていないことに困惑している選手もいます。
また、国際大会である以上、国による文化・慣習の違いの問題も出てきます。私が女子柔道フランス代表のコーチをしていた時に、インフルエンザのワクチンを打ちたいと思ってチームドクターに相談したところ、“自分で罹患して免疫を持ったほうがいい”と言われた経験があります。
フランスでは、よほどリスクの高い人でない限り、ワクチンを投与するという考え方が定着していない。現地でコロナワクチンの接種ペースが想定より大幅に遅れていることには、そうした国民性も背景にあると考えられる。全世界の参加アスリートに一律で優先接種というのは、ある種の強制措置ですが、すべての選手がそれをありがたがると思っているのだとすれば、大きな間違いです」