変異ウイルスの感染力は強いが、病原性は変わらない
感染力の強い新型コロナの変異株(変異ウイルス)が見つかり、世界各国が警戒を強めている。イギリス由来の変異株はこれまでのウイルスに比べて最大で1.7倍の感染力があるともいわれる。アメリカの疾病対策センター(CDC)は1月15日、「米国内で3月には変異種が感染の主流となり、死者が急増する危険がある」との見解を示した。

イギリスのジョンソン首相は1月22日、この変異ウイルスについて「従来のタイプより致死率が高い可能性がある」と病原性(毒性)の強さに言及した。しかし、ジョンソン氏の記者会見に同席した首席科学顧問は「政府のデータには現時点で不明なところがあり、さらなる分析が必要」との説明を加えた。
WHO(世界保健機関)の専門家も「これまでの感染拡大で医療が逼迫(ひっぱく)し、その結果として死者が増えたのだろう」と病原性が強まったとの見方には否定的だ。
これまでもジョンソン氏は大袈裟なプロパガンダを繰り返してきた。「致死率が高まった」という情報は冷静に受け止める必要がある。
ちなみに変異株を「変異種」と書くメディアがあるが、これは正確ではない。なぜなら、ウイルスは「属」「種」「株」の順に分類され、新型コロナウイルスの正式名称「SARS-CoV-2」は株名に当たり、ウイルスの変異も株単位で判断するからだ。2002年に東南アジアを中心に流行したSARS-CoVは新型コロナウイルスの姉妹株に当たる。
変異株はすでに日本国内にも広がっている恐れ
イギリスなどで見つかった変異ウイルスの感染者は、日本でもすでに50人以上が確認されている。このため日本は空港での検疫を強化する水際対策に加え、遺伝子の検査による変異ウイルスの早期発見に力を注いでいる。
空港での検疫以外、つまり海外からの帰国者以外に国内で初めて変異株の感染が確認されたのは、静岡県だった。厚生労働省は1月18日、静岡県内の男女3人からイギリス由来の変異株が確認された、と発表した。3人とも海外への渡航歴はなかった。
さらに翌19日には、東京都の10歳未満の女の子からも同様の変異ウイルスが見つかった。この女の子にも海外渡航歴はなく、渡航歴のある人との接触もなかった。
どこでどのように感染したのかなど感染経路は不明で、市中感染の可能性もある。市中感染だとすると、すでに変異ウイルスの感染が水面下で広がっていることになる。
重要なのは正しい知識に基づいて正しく怖がること
問題の変異ウイルスがイギリスで見つかったのは、昨年9月ごろだ。その後、南アフリカやブラジルでもそれぞれ変異したウイルスが確認された。WHOによると、イギリス由来の変異ウイルスはこれまでに約50カ国・地域で確認され、南アフリカ由来の変異ウイルスは約20カ国で見つかっている。
心配なのがワクチンの効き目だ。メッセンジャーRNAワクチン(遺伝子ワクチン)を開発したアメリカの大手製薬会社ファイザーは、ワクチンを接種した人の血液を使った実験でワクチンの有効性を確認している。しかし今後大きな変異が起きれば、ワクチンの有効性はなくなる。
私たちはこの変異ウイルスにどう対処すればいいのか。重要なのは正しい知識に基づいて正しく怖がることである。
そもそも変異とは、遺伝情報の一部が変化することだ。コロナウイルスに限らずどのウイルスも動物や人の宿主の細胞の中で増えるとき、自分の遺伝情報を複製する。しかし時々コピーミスを引き起こす。このコピーミスはコロナウイルスのようなRNAウイルスによく起きる。

変異は起きて当然で、恐がったり、驚いたりする必要などまったくない。
ウイルス表面のスパイク(突起)が変化して感染力が増大した
ウイルスの遺伝情報は塩基(アデニン、チミン、グアニン、シトシンの4化学物質)の配列によって決まる。新型コロナウイルスにはこの塩基が3万個ある。それぞれのコロナウイルスが2週間に1カ所ずつの割合で異なる配列(変異)を作る。
世界中の新型コロナがこの割合で変異を繰り返し、人間界の環境にあったウイルスが生き残り、環境に適さないものは死滅していく。数限りない変異がこれまでに起きている。
塩基配列が特定の場所で異なると、感染力や病原性が変わることがある。イギリスや南アフリカ、ブラジルで見つかった変異株は、宿主の細胞に感染するときに使われるスパイク(突起)の先端部が変化して感染力が増大した可能性が指摘されている。
このスパイクはウイルス表面に無数に存在し、太陽のコロナのように見える。その先端部が鍵で、感染を受ける人の細胞が鍵穴に相当する。つまり問題の変異ウイルスはより鍵穴にあう鍵を持っているわけだ。