朝日新聞社(東京都中央区)と産経デジタル(東京都千代田区)、毎日新聞社(東京都千代田区)の3社は、各社の記者たちが事件や事故などの取材現場で撮影した動画を視聴できるサイト「NewsVideo」を開設した。3社が独自に取材、撮影した動画が横断的に無料で見ることができる。
特に朝日新聞と産経新聞は憲法や安全保障などをめぐって、紙面では対立する関係になることが多いものの、今回のサイト開設ではがっちりと手を取り合った格好だ。3社の代表として取材に応じた産経デジタルの担当者(以下、代表者)は「ある事象(ニュース)について、各社のテイストがワンストップで見られる」と魅力をPRしている。

「動画も知ってほしい」 過激派アジトのルポ動画も
NewsVideoは、専用のアプリは必要なく、スマートフォンやタブレット、パソコンなどでいつでも視聴できる。産経デジタルは産経新聞のデジタル部門を担う子会社で、代表者は「新聞社は文字や写真のコンテンツが中心だが、実は動画コンテンツも充実している。そこを知ってもらいたいというのが、各社の思いだった」と振り返る。
アップされている動画は、菅義偉首相や米国大統領の会見から、事件や事故の現場、パンダの赤ちゃんや料理のレシピを紹介するものまで様々で、視聴時間も1分に満たないものから2時間近いものまで多様だ。
産経デジタルは、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドで生まれたパンダの赤ちゃんの成長を追った動画を次々にアップしていて、「あまたつさん」で知られる気象予報士・天達武史さんやタレント・りゅうちぇるさんなど個性豊かな人への朝日新聞のインタビューも目を引く。毎日新聞は過激派「中核派」アジトのルポ動画など、記者の関心事がコンテンツから伝わってくる。

同じ出来事を3社が取材し動画公開 何に注目したのか
例えば、今月17日に発生から丸26年を迎えた阪神・淡路大震災については、追悼の集会や震災を知らない世代、震災当日に生まれた人など様々な動画が並び、各社が注目した事柄が分かる。
緊急事態宣言を再発出した際の菅義偉首相の会見や、いわゆる“桜前夜祭”をめぐって不起訴処分(嫌疑不十分)を受けて会見した安倍晋三前首相の様子など、3社がそれぞれ取材した動画もあり、見出しやテロップなどから各社が何に注目したのかが伝わってくる。
動画は一日あたり30~40本を新たにアップロードし、新たに3社以外のメディアも加わる可能性もある。視聴を有料化する予定もなく、NewsVideoと朝日、産経、毎日のそれぞれのニュースサイト上、YouTubeアカウント上のインストリーム動画広告に、横断的に出稿することができるという。
珍しくはない新聞社間の協力 産経と朝日の連携には驚きも
新聞社では、紙面制作やイベント事業などで会社の枠を超えて協力することは度々あった。地方紙が連携してキャンペーン記事を展開して日本新聞協会賞を受賞するケースは多く、阪神・淡路大震災では神戸新聞の発行が難しくなったものの、京都新聞社の協力で難を逃れた。他にも、全国紙が新聞の印刷を他社に依頼している例は全国各地で見られる。

しかし、論調が真正面から対立する朝日と産経の連携には、驚きを見せる社員もいる。
産経の50代の記者は「新聞社同士がビジネスをやる上で、紙面の論調はほとんど関係なく協力して事業を展開する。それでも、考えが全く異なる朝日新聞となると別という暗黙の了解があり、一緒になって何かをやるというのは新鮮」と語る。
その上で「とはいっても、うちから朝日に転職した人は膨大にいるし、現場では朝日と産経の記者も仲が良い。これからも朝日と協力する場面は増えるのでは」とみる。
朝日社員は「産経と組む方が面白いのかも」
一方、朝日は日本経済新聞、読売新聞と合同で、2008年1月から約4年間、ニュースサイト「新s(あらたにす)」を運営していた経緯がある。朝日社員はどう見るのか。
「産経とは全く主張が正反対で読者層も全く異なるが、求める目標やゴールは似ている」と語るのは30代の記者。NewsVideoで異なるものの見方に触れる点を魅力としつつ、「読売や毎日よりも産経と何かをやる方が、違いが鮮明になって読者にとっても面白いかもしれない。今回の連携の行方が楽しみ」と語る。
朝日と産経の両社が協力することになった経緯は気になるが、3社の代表者によると、動画コンテンツを活用したい思いが共通したことがきっかけだといい、「(サイト開設までに)特に障壁はなかった」とのことだ。