
コロナ第3波によってエンタメ業界も様々に影響を受けている。自分は仕事柄、寄席演芸方面の状況を聞く機会が多いのだが、昨年末は感染者数の増加に伴い都内各寄席や落語会から観客が波引くように減じ、深刻な話ともなると、コロナが無ければ100人も200人も入る興行が、観客数のゼロがひとつ減るようなシビアさも耳にした。
年を越して迎えた新年、寄席は正月の顔見世興行となる。誰もが知る人気者や看板芸人が次々に登場する華やかさと、「初笑い=おめでたい」という縁起もあって、毎年大入り満員立ち見となるにぎにぎしい光景が日常だ。さすがに新年になれば客足が上向くのでは・・・というのが大方の見方だった。
しかし、新年の客足も鈍く、大入りとは到底呼べない微妙な三が日が過ぎると、もはや正月の寄席とは思えない閑散とした光景になったという。あらかじめ前売券を売っていた公演や興行はそれなりの観客数を確保したようだが、当日券がメインとなる寄席はお手上げになったと。
そこに追い打ちをかけるように1月8日から1都3県に緊急事態宣言が再発令となる。多くの店舗や施設が時短営業の要請を受け入れ、寄席も21時終演から20時終演に早まった。客足が激減しているところに緊急事態宣言の発令。さらなる巣ごもりの奨励である。うーん、いったいどうなるのか・・・。
緊急事態宣言で「寄席の客が増えた」
そんな時、「緊急事態宣言が出てから寄席の客が増えた」という話が伝わってきた。おいおい、それはいったいどういうことだ?
緊急事態宣言で客が増えるというのは、世間の道理には合わない話。実際どうなっているのか。この目で確かめたい・・・そわそわが高じて1月17日の夜、新宿末広亭に飛び込んだ。
確かにこちらが想像する以上に観客がいた。ざっくり50人ぐらいか。年末年始の不入りからイメージすると10人ぐらいかという気持ちだったが、この状況下によくこれだけの人が集まったものだ。
しかしなぜ、この緊急事態な状況にもかかわらず、これだけの人が来ているのか? 真っ当に推察するなら、まずこの末広亭の二之席(1月11日~20日)夜の部は、落語ファンにとって磁力が超強い、正月興行ならではの「いい~」顔付け(出演者)だという理由がある。「小満ん、さん喬、権太楼、一朝、市馬、喬太郎・・・」、寄席でこれだけのメンバーをまとめて見ることが出来るのは、1年のうちこの時期だけだ。
そして昨年4月は緊急事態宣言が出される直前に寄席は休止となった。今まさに緊急事態宣言が出ている。状況によって、いつ寄席が急に閉じてしまうかわからない。となると、この「いい~」顔付けは見られるうちに見ておかねばという危機感が緊急事態宣言によって刺激され、一部の好き者達を寄席にグイッと引き寄せた・・・。閉店するわけではないが、閉店セールに似た感じ、見られるうちに見ておかないと感。
さらに自身の心中に照らして考えられるのは、コロナによって変わってしまったきっつい外の世界からの内なる世界への避難、マイ・フェイバリット・シェルター感だ。これが緊急事態宣言によって刺激され、一部の人々を動かしたのではないか?
寄席の木戸をくぐり客席に腰を下ろす。次々に登場するお気に入りの師匠達の高座を眺めながら、寄席小屋の中に醸される――世間から切り離された空気――に包まれる。あれこれと奪われたり失ったりが続く日々の中、この空間はまだ奪われてない。好きな世界に浸っていられるやすらぎの場所。胸の奥がほわっと温まってくる。そんなマイシェルターへの避難である。
文化遺産の新宿末広亭 換気で新宿3丁目の香りが流れ込む

実際に末広亭の客席にうずくまると、希求する温もりがインナーマインドにじんわりと広がる。のだが、リアルボディは激烈に寒い。寒すぎる。
コロナ禍で劇場や映画館の基本的な「換気」能力が問われたが、普通の劇場も映画館も、空調システムを擁している空間であれば、建物内の扉をむやみに開け放しにするよりも、普通に閉め切っていたほうが空間内の空気の入れ替わりがスピーディーであるという実証がよく聞かれた。
しかしながら末広亭は、新宿区の「地域文化財第一号」に指定されるような文化遺産であり、文化的価値と引き換えに近代化に背を向けている分、古き木造建築全体を効率よく換気する空調システムの基本を成しているのは、すきま風だ。
ゆえに感染症対策の一環として、真冬であってもあちこち開けるというシステムの稼働により、場内左右のサッシはどれも半開きで外気導入、客席後方の木戸口や自販機のあるスペースも扉を開いて外気導入、ただでさえ底冷えのきつい床をさらに冷やしている。つまる話、末広亭の場内は屋内だが野外と化していた。
また、新宿3丁目界隈の大気の流れにより、この全方位的な外気導入によって、場内にはエスニックな香辛料の匂いが漂い、不織布マスクを通過して鼻をくすぐってくる。発信源は末広亭の真向かいにある「エピタフカレー」だ。常時ではないが、末広亭の空気は時おり江戸とインドが混ざりあう。
この外気導入系換気と並行して、舞台左右にある大型空調機もフル稼働している。「風量」のレベルをかなり上げているようで、場内には「ゾーーー」という空調ノイズが響き続ける。ゆえに、落語で登場人物が変わる上下(かみしも)の合間にも、この空調のノイズが律儀に「ゾーーー」と入ってくる。この音は最初やや気になるが、段々と耳が慣れる。
そういう幾つかのハードルはあるが、それでもこの寄席演芸の空間に身をうずめることで享受できる温もりに実際に充たされると、「自宅とは別の場所に在る巣ごもり空間=マイ・フェイバリット・シェルター」の効用を実感した。
この日(1月17日)の末広亭は、落語協会会長・柳亭市馬(りゅうていいちば)の愉々快々な演目「松曳き(まつひき)」で20時にハネ(終演)て、充たされた帰路でツイッターを眺めると、鈴本演芸場で働く前座さんに陽性が出て、翌日からの公演一時中止を告げる速報が目に入った。

さらなる続報で、鈴本で前座さん3名の陽性が新たに確認されたと公表された。そして落語協会の師匠方にも2名の陽性が出て、これを受けて浅草演芸ホール、池袋演芸場は1月末まで営業休止、鈴本演芸場は1月末までの営業休止に加え、2月1日からも一時休席となる。

シェルターはいつどこでどうなるかわからない、現在進行形のリアルも飲み込んだ。

半蔵門の国立演芸場も下席(21日~30日)公演は当初より無いため、1月下旬、落語定席として開いている東京の寄席は新宿末広亭のみとなってしまった。
人気新真打・瀧川鯉八の登場で「2階が開いた」

砦と化した末広亭の1月下席(1月21日~30日)は、人気新真打の瀧川鯉八(たきがわこいはち)が主任(トリ)を務める興行だ。その初日(21日)が開くと、何と1階満席で2階が開いたという。末広亭で「2階が開く」という表現はとても誇らしいフレーズであり、通常は閉めている2階にまで客が入る盛況ぶりを現す。
ソーシャルディスタンス対応の半減席とはいえ、緊急事態宣言下の時期にもかかわらずの集客ぶり。さらに22日も23日も観客が詰めかけていると情報が回ってきた。
緊急事態宣言のさなか、いったい何が起きているのか?
そして、立川流が出演するお江戸日本橋亭での21日22日の公演がいつも以上の客入りだったと耳に入る。どうやら他の寄席が休止してしまったことにより、行き場を失くしたディープな落語ファンが流れてきたのではないか、という楽屋スジの分析も同時に届く。おそらくそうなのかもしれない。
しかし末広亭の鯉八興行はどうなんだろう? 末広亭の半減席で1階満席で2階が開くというのは、推定だが120人~140人の客入り。昨年末からの様々な寄席の状況を振り返れば「異様」とも言える集客だ。これを、他の寄席が閉じたから、という要因のみで語り切れるのか? いずれにしてもこの目で確かめたい・・・そわそわが高じて1月24日の夜、新宿末広亭に飛び込んだ。
瀧川鯉八主任興行、早々に1階席は埋まり、やがて2階席が開いた。場内を見渡すと、こういう時だからこそ寄席に避難してくる、先日(17日)見られたマイ・フェイバリット・シェルター系の姿もちらりほらり見受けられるが、集った大半は鯉八ファンだった。なにより若い。笑い方や拍手の活気からもその若さが伝わってくる。
彼らは新真打の披露目以来、最速で通常興行のトリを務めることでも注目の鯉八が目当てであり、またその同世代と言える小痴楽、羽光、昇々、伯山、吉笑、柳若、太福・・・という若い世代を「推し」にするファンだ。
しかも、そのうち数名の女性はすでに数日通っているのか、現在の末広亭が屋内だが野外であることを把握していて、大きめのショールを半身にすっぽり巻く防寒対策ありきで高座を見つめていた。
「避難系」に「推し系」、どちらもこういう時期に、あえて寄席へと足を運ぶその根底には、落語ファンとしての「業」があるのだろう。この現象を「業 To 寄席」と名付けたところで、この稿はそろそろお時間・・・。
<追記>
あ、ひとつ記録にとどめておきたいことがありまして、1月24日から末広亭の高座には透明アクリル板が導入されました。
正座した落語家がちょうど隠れるサイズのアクリル板。立って演じる漫才や漫談や太神楽になると用を成さないアクリル板。しかしそのサイズ感から(落語ファンとしては)「抜け雀くん」と呼びたいアクリル板。
このアクリル板、緊急事態宣言が解除されたら引っ込んでしまうのか。アクリル板が置かれた末広亭の高座風景、見ておくならどうぞ今のうちに・・・。