記事

朝日新聞社「論座」投稿文「世界大学ランキングのための大学改革」

1/2

朝日新聞社のウェブサイト「論座」に「世界大学ランキングのための大学改革という愚策」という文章を投稿しました。長いので(上)と(下)の2回に分けました。投稿して48時間は無料で読めるので、以下のURLからご覧いただけます。

【上】 https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021012100001.html

【下】 https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021012100006.html

なお、48時間たってしまうと有料記事になります。私の編集前の原稿をご参考までに書きに転記します(こちらはもちろん無料でお読みいただけます!)。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

世界大学ランキングのための大学改革という愚策

英国の国家戦略として世界大学ランキング

安倍元総理肝いりの教育再生実行会議の提言を受け、政府は2013年「日本再興戦略」で大学改革にふれ、「今後10年間で世界大学ランキングトップ100にわが国の大学が10校以上入ることを目指す」とした。

それから7年がたつが、目標達成にはほど遠い。しかし、「世界大学ランキングトップ100校入り」をめざした事業が実施され、大学への助成制度や大学運営に大きな影響を与えてきた。たとえば、2014年から「スーパーグローバル大学創生支援」事業 *(注)が始まり、37の大学が選ばれた。政府が世界大学ランキングの評価指標に合わせた大学改革を推奨し、それに従って大学改革が進んでいる。

日本の大学改革に大きな影響をあたえている「世界大学ランキング」とはそもそも何だろうか。もっとも有名な大学世界ランキングは、タイムズ・ハイアー・エデュケーション(Times Higher Education:THE)とクアクアレリ・シモンズ(Quacqarelli Symonds:QS)の2社のランキングであろう。ちなみに2社はどちらも英国の営利企業だ。

まずはタイムズ・ハイアー・エデュケーションの最新の世界大学ランキングのトップ10を見てみよう。

1.オックスフォード大学 【英国】
2.カリフォルニア工科大学【米国】
3.ケンブリッジ大学 【英国】
4.スタンフォード大学 【米国】
5.マサチューセッツ工科大学(MIT)【米国】
6.プリンストン大学 【米国】
7.ハーバード大学 【米国】
8.エール大学 【米国】
9.シカゴ大学 【米国】
10.インペリアル・カレッジ・ロンドン【英国】

米国7校、英国3校と米英両国でトップ10を完全に独占している。次にQSの世界大学ランキングのトップ10を見てみよう。

1.マサチューセッツ工科大学(MIT)【米国】
2.スタンフォード大学 【米国】
3.ハーバード大学 【米国】
4.オックスフォード大学 【英国】
5.カリフォルニア工科大学【米国】
6.スイス連邦工科大学チューリッヒ校 【スイス】
7.ケンブリッジ大学 【英国】
8.ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン【英国】
9.インペリアル・カレッジ・ロンドン【英国】
10.シカゴ大学 【米国】

QSのランキングのベスト10のうち、米国の大学が5校、英国の大学が4校、スイスの大学が1校。米英の大学がほぼ独占しているのはタイムズ・ハイアー・エデュケーションと変わらない。

タイムズ・ハイアー・エデュケーションもQSも英国の営利企業であり、ランキングが英国の大学に有利ではないかと疑っているのは筆者だけではない。オックスフォード大学の苅谷剛彦教授(教育社会学)は著書のなかで次のように述べている。

1999年に首相の肝煎りでイギリスの高等教育グローバル化政策が本格化し、さらに2006年にはその第2段目のロケットに点火がなされた。2000年代に入って急拡大する高等教育のグローバル市場で優位な地位を占めるための政策である。このような動きが本格化する時期にイギリスの有力誌が世界大学ランキングを発表するようになったのである。THEのランキングではイギリスの大学がアメリカの大学と並んで常に上位を占める。このような動きの連動を偶然と見るか、それとも国家的なマーケティング戦略と見るか。偶然と見るにはあまりに話ができすぎている。

ここに出てくる「1999年の首相」はブレア首相だが、ブレア政権は選挙でも外交でもマーケティング手法を使うのが特色だった。英国政府は高等教育のグローバル化と市場化を進め、そのためのマーケティングの道具として世界大学ランキングをうまく活用していると言える。

英国政府は、大学を「輸出産業」と位置づけ、留学生受け入れを外貨獲得手段としてきた。留学生が落とすお金も重要だが、さらに留学生が英国式の思考様式や文化になじみ、親英的になって母国へ戻ることを期待しており、外交戦略上も留学生受け入れは重要だ。実際に英国留学組の多くは母国に帰って出世している。国家戦略として留学生受け入れ策があり、それを推進する上で英国の大学が上位に入る世界大学ランキングは重要なツールとなっている。

教育の世界に競争原理や市場原理を本格的に持ち込んだのはサッチャー首相の教育改革だ。そこで「大学市場」における市場のルールを作るのが英国政府や英国企業であれば、英国の大学が有利になって当然だ。タイムズ・ハイアー・エデュケーションもQSも英国企業なので、両社の関係者には英国の大学で学んだ人が多いだろう。自らが学んだ大学に有利なルールを定めるのは、意図的か否かは別として、自然な流れである。世界大学ランキングが、公平公正でも中立的でもなく、英国バイアスのかたまりのようなランキングでも不思議ではない。

世界大学ランキングの評価指標の偏り

ランキングの宿命ではあるが、評価指標のとり方ひとつで順位が劇的に変わる。2016年にタイムズ・ハイアー・エデュケーションのアジア大学ランキングで2015年に1位だった東京大学が一気に7位まで下がった。常識的に考えてたった1年で東京大学の教育研究レベルが急激に下がることはない。同時にたった1年でアジア圏の他大学が一気にレベルアップしたとも考えにくい。単に評価指標が変わったために、東京大学が1位から7位に転落しただけだ。評価指標を替えただけで、1位から7位に一気に順位が転落するランキングはおかしい。

また、ある指標を改善すれば大学ランキングの順位が一気に上がるとなると、人材や資金などのリソースをその指標の数値を上げるためだけに投入する大学が出てくる。教育や研究の質を上げるためではなく、評価指標のポイントを上げるためだけにリソースを投入することが、大学教育の質を上げるとは到底思えない。

たとえば、外国人教員の比率を上げると、ランキングの順位は上がる。あるいは、産業界の資金(industry income)の割合が増えるとランキングが上がる。となると、そのことに大学は重点的に取り組む。たとえば、あるポストに外国人の応募者よりも適性の高い日本人応募者がいたとしても、外国人比率を上げるという目的に照らし、より適性の低い外国人応募者を採用するかもしれない。日本人のポストドクターの就職難が問題になるなかで、日本人のポスドクよりも外国人を採用するインセンティブになってしまう可能性がある。

産業界からの収入も世界大学ランキングの重要な評価指標だが、産業界の資金が入るのは理工系の学問が中心であり、人文社会科学系の調査研究には産業界の資金は入りにくい。また、企業の資金は、基礎研究よりもすぐに製品化できる応用研究に流れる傾向があり、世界大学ランキング重視は基礎研究を軽視する傾向を強めてしまう。そもそも資金源が教育研究のレベルを左右するとは限らない。

外部資金獲得のための申請書づくりや報告書づくりに追われるよりも、自由度の高い国の交付金の方が研究に役立つかもしれない。東京大学などは国の資金の割合が高いことが、世界大学ランキングの順位を下げることにつながっているが、それが問題だとは思わない。さらに世界を変える研究成果の多くは、政府による公的助成で成し遂げられてきた。インターネットもGPSも米国政府の公的資金による研究の成果である。新型コロナウイルスのワクチン開発の多くも世界中の政府助成によってなされている。

さらに問題なのは、世界大学ランキングの「英語バイアス」である。学術レベルを評価する際に英語論文の引用数だけがカウントされる。日本語やドイツ語、ロシア語、フランス語などで書かれた論文は評価対象にならない。理工系の学術論文は英語で書くことが多いかもしれない。

しかし、人文系や社会科学系の論文は、文化的背景や言語表現が重要であるため、英語で書く必要性は低い。文系の学問は言葉と文化の壁が厚く、世界大学ランキングでも英語圏の大学が圧倒的に有利になる。日本の大学は理工系の評価が高い一方で、文系は国際評価が低い傾向にある。それは日本の文系の学問的レベルが低いためではなく、英語であまり発信していないためだろう。

英国が仕かけた「高等教育のグローバル化」という名の「高等教育の英語化・英国化」の戦略にまんまと踊らされているのが日本政府の大学政策ではないだろうか。苅谷剛彦教授は次のように言う。

競争(ゲーム)のルールをつくり、序列(ランキング)づくりのための評価基準を設定しているのは、高等教育市場の獲得競争に乗り出した英語圏の国々である。そこには明確な戦略思考と、政策意図が込められていた。英語という言語資本を利用できる立場にある国々が、大学という機関=制度を使って、資本や人材を集めるグローバル競争をしかけ、市場での優位を確保し、知識生産・伝達のヘゲモニーを握ろうとしているのだ。

つまり戦略のない日本が、英国の戦略にまんまと乗せらている構図だ。安倍政権で「世界大学ランキングトップ100にわが国の大学が10校以上」という愚かな目標を設定したのは、おそらく経産省あたりから出向していた官邸官僚(=文部科学省の官僚ではない)だろう。教育行政の専門家の判断とは思えないし思いたくもない。

英語圏、“準英語圏”、非英語圏のランキング

次に世界大学ランキングのトップ100にどういう国の大学が何校入っているか見てみる。タイムズ・ハイアー・エデュケーションのトップ100校の国別順位は以下の通りである。

40校: 米国
11校: 英国
8校: ドイツ
7校: オランダ
6校: オーストラリア
5校: カナダ
4校: スイス
3校: 中国、香港、フランス
2校: 日本、シンガポール、韓国、スウェーデン
1校: ベルギー、フィンランド

米国の圧倒的強さが際立つ一方、ドイツやオランダといった欧州勢がやや優勢で、アジア勢は低調である。次にQSの世界ランキングのトップ100校の国別の内訳を見てみる。

29校: 米国
18校: 英国
7校:  豪州
6校:  中国
5校:  日本、韓国、香港
3校:  ドイツ、フランス、スイス、カナダ
2校:  オランダ、シンガポール、スウェーデン
1校:  ニュージーランド、ロシア、アルゼンチン、デンマーク、マレーシア、ベルギー、台湾

タイムズ・ハイアー・エデュケーションと比較すると、世界中の大学がランクインしており、多少はバランス感覚がある気がする。他方、圧倒的な国力と人口(3億3千万人)の米国の29校はわかる気もするが、人口(6千6百万人)の英国の18校は、ちょっと英国びいきが過ぎる印象だ。日本もQSだとトップ100に5校入っており、やや健闘している。しかし、政府がめざす「トップ100に10校」を達成しているのは米国と英国だけだ。

やはり世界大学ランキングは英語圏の国が圧倒的に有利であることが再確認できる。シンガポールや香港も公用語が英語なので「英語圏」と呼んで差し支えないだろう。あわせて、いわば「準英語圏」も有利である。「準英語圏」とは私の造語だが、「授業で英語の教科書を使ったり、教授言語が英語である国」を指すことと定義する。

たとえば、オランダやフィンランドなどの小国は、母語の出版マーケットが狭いため、学術書や専門書を母語で出版することが難しく、英語のテキストや学術書に頼らざるを得ないケースが多いだろう。たとえば、母語話者の人口が1000万人に満たないような小国では、電子工学や行動経済学といった細分化した分野の専門書は母語で出版されないケースが大半だと推測される。そういう国の教員や学生は日ごろから英語で最先端の情報を得る必要があり、英語で評価される大学世界ランキングでも有利になるだろう。

日本ほど翻訳書文化が根づいた国は珍しい一方で、欧州などの小国ではエリートは英語や仏語の文学作品や学術書を外国語で読むのが当たり前という雰囲気がある。小さい頃から外国語で本を読む習慣がある国で生まれ育つと、英語に対する抵抗感も少なく、英語力は高くなる。さらに言語間の距離という点でも欧州諸国の言語は英語に近く、英語への抵抗感は少ない。そういった国の学者や研究者が英語で論文を読んだり書いたりするのは自然なことだ。自国の母語の読者層が薄いので、英語で発信しないと多くの人が読んでくれない。他方、日本語や中国語、フランス語、ドイツ語、ロシア語であれば、一定程度の母語の出版マーケットと分厚い読者層があるため、母語で論文を書くことも当然多くなる。

また、抽象的な学術用語が母語には少ないため、母語で論文を書けない国も発展途上国には多い。たとえば、ネパール語やヨルバ語(ナイジェリア)などの言語には学術用語が少ないため、旧宗主国の言語(英語)で論文を読んだり書いたりせざるを得ない。明治の先人たちが欧米の書物を翻訳する過程で抽象的概念を表す用語を多く造語したおかげで、日本人は日本語で大学教育を受け、日本語で論文を読み書きできる。

「経済」「階級」「意識」といった言葉は明治期の日本人の造語(和製漢語)だが、中国にも輸出された。欧米の学術用語を上手に翻訳できたおかげで、日本では先進的な学問を多くの国民が母語で学ぶことが可能になり、日本の近代化や経済大国化、そして大学教育の大衆化に貢献した。しかし、外国語に頼らなくても済むおかげで、その代償として低い外国語の運用能力という別の問題が生じた。

以上のような背景もあり、フランス、ドイツ、ロシア、日本などの非英語圏の国は、世界大学ランキングでは圧倒的に不利になる。高等教育を母語で受けられるがゆえの不利である。日本、フランス、ドイツ、ロシアなどのノーベル賞受賞者の人数、科学技術のレベル、経済力などを勘案すれば、非英語圏の国は世界大学ランキングで損をしていることは明らかだ。このような不公平なランキングを国家の政策目標の指標にすべきではない。

あわせて読みたい

「大学改革」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    「日本の技術力は世界一」という幻想 製造コストが高い理由は人件費なのか

    非国民通信

    03月01日 14:00

  2. 2

    「ファンタ ゴールデンアップル」は存在しなかった? 平成の都市伝説からみるフェイク判定の難しさ

    赤木智弘

    03月01日 12:51

  3. 3

    定期券は支給されるのになぜ!?青春18きっぷを偽造して通勤していた国交省職員の怪

    阿曽山大噴火

    03月01日 10:00

  4. 4

    元々の数字が固定ではないから政治家の意図が働く 知事の責任は?

    中村ゆきつぐ

    03月01日 07:44

  5. 5

    通話など利用料無料をうたう「Rakuten Link」を試してみた

    krmmk3

    03月01日 14:27

  6. 6

    菅首相、山田広報官「厳重注意」は全く“意味なし” ~背景としての「特別職公務員」の問題

    郷原信郎

    03月01日 12:08

  7. 7

    <コロナ時評・医療のシステム難民を救え>保健所半減のツケがもたらすもの

    メディアゴン

    03月01日 08:29

  8. 8

    電気を盗むことは英雄?インドのドキュメンタリー「街角の盗電師」

    たかまつなな

    03月01日 10:26

  9. 9

    10万円給付金問題 ついに政府が現金支給を検討へ 3月中に支給対象世帯を議論する予定

    藤田孝典

    03月01日 16:43

  10. 10

    【読書感想】だからヤクザを辞められない―裏社会メルトダウン―

    fujipon

    03月01日 10:55

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。