
放送作家の深田憲作です。今回はテレビ史上、最も視聴率を獲った演出家について書いてみたいと思います。
前回、YouTubeで人気の「本要約チャンネル」を“テレビマンの本でやってみるコラム”として『水曜日のダウンタウン』などを手掛けるTBS局員の藤井健太郎さんの本を紹介させていただきました。
今回は、藤井さんよりも24歳年上でテレビマンとしてのタイプも全く異なる演出家の本を取り上げてみます。
それが元日本テレビ局員・五味一男(ごみかずお)さんの『「視聴率男」の発想術』という本です。
五味さんは『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』『マジカル頭脳パワー‼』『投稿!特ホウ王国』『速報!歌の大辞テン』『エンタの神様』といった番組を手掛けてこられた、いわばテレビマンのレジェンド的存在です。
2005年8月5日に発刊された15年前の本ですが、今のテレビマンやテレビ業界以外のビジネスパーソンが読んでもタメになる内容だと思います。「自分には特別な才能がない」と自覚している人ほど読むべき本だと思います。
ちなみに、五味さんは64歳になった今でも『エンタの神様』が放送される時は総合演出として采配を振るわれているようで、未だに現役のテレビマン。バラエティ番組のディレクター・演出家の寿命はおそらく40代後半から50代中盤です。64歳でゴールデンタイムの番組の総合演出をして、視聴率という結果も残しているのは驚異的と言えます。
30代以上の方であれば先に挙げた5つの番組は全て記憶に残っていると思います。それもそのはず、この5つは全て視聴率20%超えを記録した大ヒット番組。なんと五味さんはテレビマン人生で担当した6つのレギュラー番組のうち、5つが20%を超える視聴率を記録するという大偉業を成し遂げているのです。
テレビ史において五味さんほど視聴率を獲った演出家は他にいません。そのため、本のタイトルにもなっている「視聴率男」や「生涯打率No.1」などと称されているのです。
当然、これだけの圧倒的な結果は運だけで残せるものではありませんし、才能だけで残せるものでもありません。そこには「五味理論」と呼ばれる緻密な演出術があるようなのですが、そういった演出術がこの本には書き記されています。
賛否を呼んだ『エンタの神様』のテロップ
五味さんが生み出したテレビ番組作りにおける発明はいくつもあります。その1つが…テレビ番組の「フライングスタート」。
フライングスタートとは、本来なら20時スタートの番組を19時57分からスタートするやり方。定時より前に番組を始めることで裏番組よりも早く視聴者を捕まえるというテクニックです。
…おそらく今、これに対して批判的な感情が浮かんだ方もいるのではないでしょうか?「やり方が姑息じゃない?」「なんか好きになれない…」など。
そういった気持ちが浮かぶのも分からなくはありません。そして実際、五味さんが生み出してきた発明の多くは革新的であったがゆえに、時にそういった批判を受けることも多かったようです。
例えば『エンタの神様』で芸人のネタ中のセリフをテロップにするという演出。これは一般の方だけでなく、テレビマンの間でも批判的な見方をする人が少なくありませんでした。
しかし、そういった批判の声があることを自覚しながらも五味さんはテレビ作りへの揺るぎない信念を持っていたようです。
本にも五味さんの信念を表す言葉として「私は面白いものよりも分かりやすいものを作ろうとしている」と書かれていました。
芸人のネタのセリフをテロップにすることも、編集で現場では起こらなかった笑い声を入れることも、芸人のネタをスタッフが作り替えることも、全ては視聴者に分かりやすくして届けることを最優先してテレビ作りをしているということなのです。
本の中で「視聴率は親切率」という表現をされていたのですが、その姿勢は一貫しています。こんな言葉も記されていました。「私が重視しているのは一部の層にだけ熱烈に面白いともてはやされるより、1人でも多くの人に楽しんでもらえるものを作るということだ」と。
この考え方、頭では思っていてもなかなか実行に移せないし、貫ききれないものです。やはり、多くのテレビマンの心の底にはクリエイターとしてのプライドが潜んでいます。「自分が面白いと思う作品を作って、それを世の中に認めてもらいたい」。そんな野心と承認欲求を持っているのが普通です。
いや、テレビマンでなくとも、世のビジネスパーソンの多くがこういった“職人気質”を胸の奥に持っているはずです。「俺の作る料理を美味しいと言わせたい」「俺のアイデアの素晴らしさを同僚や上司に知らしめたい」といったように。
普通の人の感覚になれるかがヒットを生む最大のポイント
五味さんがテレビの演出家として自我を封印し、サービス業の精神に徹することができたのは、テレビマンとしての生い立ちも関係していたようです。
というのも、五味さんは新卒ではなく、30歳の時に中途採用で日本テレビに入社。その前は東映のCM部に所属していたそうです。だからこそ、演出家としての変なプライドを持たずにテレビ制作ができたのだとか。
『エンタの神様』だけでなく、五味さんが演出する番組ではテロップが多用されることが特徴だったようで、『マジカル頭脳パワー‼』から導入した手法であると著書に書かれています。そして、「テレビの画面をテロップだらけにしたA級戦犯」という批判がたびたび自身に飛んできたことも言及されています。
それに対する五味さんの反論はこうです。
「そういった批判の声をあげるのはマイノリティー」「そのマイノリティーの声に惑わされてはいけない」と。批判的な意見を言うのは、えてして「自分は頭がいい。優れている」と思っている少数派で、本当に意見を聞くべきは声なきマジョリティー、つまりは「普通の人」であると述べています。
五味さんは自身が多くの番組で視聴率を残せたのは「1000万人の視聴者の代表としての自分の感覚」を反映させることができたから、と断言されています。「普通の人」が求めている本質的なもの、普遍的なものが何なのかを理解して番組作りをする。そのために「普通の人」の感覚になれるかどうかが「ヒットを生む最大のポイント」であると述べています。
これを読んで多くの人が思ったことでしょう。
「その普通の人の感覚になるのが難しいんじゃない」「どうすればいいのよ?」と。
五味さんが「普通の人」の感覚を持つためにしている考え方もご紹介しましょう。
五味さんはヒット企画やヒット商品を構成するのは2つの要素がポイントと述べています。それが「スタンダード的要素」と「ファッション的要素」。
スタンダード的要素は人間の本能・本質に訴える普遍的な部分。ファッション的要素は流行・時代に左右される部分。大きなヒットや長く愛されるものにはスタンダード的要素の割合が多い。そのスタンダード的要素の割合を多く含むものを考えられるかどうかだと。
その2つの要素を説明するための具体例として出していたのが「携帯電話」と「たまごっち」。(当時、たまごっちが2回目のブームを迎えたタイミングだったようです)
「携帯電話はスタンダード的要素が9割を占める。人間が本来持っているコミュニケーション欲に応えたありそうでなかった商品である。逆にたまごっちはペットを飼う、子供を育てるといったスタンダード的要素はあるものの、ファッション的要素が4割くらい占めているため永続的にヒットする商品とは考えにくい」と綴っています。