アップル参入は自動車の業界地図を塗り替える一大事

米アップルが電気自動車(以下EV)参入を念頭に、複数の自動車メーカーと提携折衝に入っているとの報道があり、韓国の現代自動車が交渉中の事実を認めたために一気に大きなニュースとなりました。
莫大な資金力と圧倒的なブランド力を誇る同社が本格的にEV分野で自動車業界に参入するなら、自動車業界の業界地図を塗り替えるにとどまらず、世界の産業構造そのものを大変革させることになるかもしれない一大事であると思われます。
特に自動車産業を産業界の大きな軸として発展を遂げてきた我が国にとっては、その主導権を危うくする問題であり、安穏としてはいられないとの危機感をもって受け止めるべき報道であると感じました。
急激に「走るスマホ」化する次世代自動車
なぜアップルがEV参入なのでしょう。EVはただ単にガソリン車を電気駆動に移行するだけの話ではありません。
むしろこれからの自動車開発は、その動力部分よりもセンサーや半導体あるいはAIの搭載による自動運転機能や、安全向上機能面での発展に軸足が移行していくことは確実であり、「自動車はEV化により、走るスマホになる」と言われる所以はそこにあります。

言い換えれば、アップルが長年のスマホ開発で蓄積したノウハウが、いよいよ自動車開発に活かされる時が到来したともいえるのです。
さらに昨今、5G通信の商用が本格化し、コロナ禍の影響もあって世界中の様々な分野でこれまで以上にAI活用が活発化し、それらを受けた次世代自動車づくり領域での時代の流れも急激に高速化しました。
2年前にもてはやされていた次世代自動車構想を表した「CASE(ケース)」(つながる車・自動運転・シェア・電動化の頭文字をとった造語)なる言葉すらもはや陳腐化して、時代はより具体的な開発行動を求めはじめたのです。
そんな流れの中でアップルカー構想は、俄然具体性を帯びてきたわけなのです。
「世界のトヨタ」が自動車委託製造企業になるリスクに現実味
アップルの自動車業界参入が及ぼすであろう最も大きな変革は、自動車構造におけるIT化の進展以上に、アップル型のビジネスモデルが投入されることで、自動車業界(特に我が国における)の産業構造が根底から覆されることになるかもしれないということにあります。
既存の自動車産業は大手メーカーの配下に下請け企業、孫請け企業が無数にぶら下がる、典型的な垂直統合モデルを基本として各ピラミッド内で利益分配をしてきました。

一方のアップルは、そもそもiPhoneをはじめとしたIT機器ビジネスにおいて、自社はプログラムを組むだけで機器製造は他社に委託するというファブレス・モデルを展開しており、その生産体制はいわゆる水平分業を基本としています。
今回の現代自動車をはじめとした複数社への製造委託折衝も、いわば水平分業モデル構築の一環としての製造パートナー探しと理解できます。
しかも、iPhoneの製造パートナーとして実績ある台湾の鴻海精密工業もその有力候補にあがっているとの話からは、既存の自動車メーカーの垂直統合ピラミッドとは全く別のフィールドがEV生産の主戦場となる可能性もあり、既存の自動車産業はその業界構成を根底から覆されてしまうかもしれないのです。
「世界のトヨタ」とて例外ではありません。トヨタが「自動車スマホ化」において後れを取るようなことがあれば、巨大ピラミッドの頂点から引きずり降ろされ、単なる自動車委託製造企業に成り下がってしまうリスクすら現実味を帯びてくるのです。
NTTやソニーをはじめオールジャパン体制の構築が急務
では、日本企業は今どのように動けばいいのでしょうか。基本は、「EV=走るスマホ」の実用化に向けて、まずは国内の英知を結集すべきでしょう。
業界のリーダーカンパニーであるトヨタは、同社がぶち上げた次世代社会基盤づくりであるスマートシティ構想を基軸として、ソフトバンク、パナソニック、NTTなどと個別での資本・業務提携を発表しています。
しかし、これらの提携は部分的かつ資本面でも少額にとどまっており、EV関連での水平分業的な動きには至っていないのが実情です。
スマートシティ構想はもちろん、日本のリーダー企業が取るべき施策として意義深いものであるとは思いますが、今最優先で取り組むべきは、世界で戦えるEV開発・生産体制の構築ではないでしょうか。
我が国の自動車産業が引き続き世界における主導権を手放さないために、まずはトヨタを中心として、次世代EVづくりの国内水平分業を急いで進めていく必要があるでしょう。

垂直統合にばかり力を注いできた我が国の自動車業界は、今こそ水平方向で本格的に力を合わせるべき時に来ていると思うのです。
そして今望まれる最重要の枠組みは、ドコモを完全子会社化し6Gで世界の主導権奪回を狙うNTT、そしてアップルのライバルとして最先端スマホ技術や画像センサーノウハウを持ち独自でEV開発も手掛けているソニー、この2社との具体的連携です。
もちろん2社に限らず自動車各社をはじめ、必要に応じあらゆる企業がノウハウを供する形で、トヨタを軸にしたオールジャパン体制での次世代EV開発体制の構築が急がれるところなのです。