コロナ禍で生まれた「脱都市」志向は、逆に人を呼び込みたい地方にとってはチャンスにもなり得ます。本シリーズでは、そんな状況下、地域おこしの最前線で働く地方自治体職員、および行政と協働する民間団体の方々の「あたまのなか」に迫ります。
第9弾は、2018年度からローカルベンチャー協議会(以下、LV協議会)に幹事自治体として参画した熊本県南小国町(みなみおぐにまち)です。南小国町は九州を代表する黒川温泉等の温泉地を擁し、中山間地域にありながら多くの観光客が訪れる町です。林業等の一次産業も盛んで、小国杉は高品質な木材として知られています。
民間の中間支援組織として南小国町とタッグを組んでいるのが、上質な里山を維持管理しながら次の世代につないでいくことを目指す日本版DMO(観光地域づくり法人)である、「株式会社SMO南小国」です。南小国町のふるさと納税事務局も担当しており、事務局がSMO南小国になって以来、同町へのふるさと納税額が飛躍的に伸びていることでも注目を集めています。
今回は本特集で初めて、首長自ら行政の「あたまのなか」を語ってくださいました。南小国町長の髙橋周二さん、SMO南小国の安部千尋さんにお話を伺いました。
髙橋周二(たかはし・しゅうじ)/熊本県南小国町長(写真右)
南小国町生まれ。明治学院大学卒業後、実家の商店の跡継ぎとしてUターン。家業を継ぐ傍ら、商工会活動等を通して地域づくりにも精力的に取り組み、「地域を元気にする」ことへの情熱を高めていく。町議会議員を経て、平成27年に町の歴代最年少町長として就任して以降、「学び、挑み、創る町」をスローガンに日々奮闘中!
安部千尋(あべ・ちひろ)/株式会社SMO南小国 未来づくり事業部(写真左)
東京都八王子市出身。早稲田大学 国際教養部 卒業。大学卒業後に起業支援系NPOにて半年間フルタイムインターン後、東京都・港区役所に入庁。社会事業コーディネーターとして東京から東北の地方創生業務に取り組む(一社)RCFに転職。東北での起業支援、コミュニティ事業事務局、政策提言サポートを担当。2018年の東京のイベントにて南小国町とのご縁を得、2019年春に家族で南小国町へ移住。
町長自らが挑戦を牽引する南小国町
――南小国町はLV協議会に2018年度から中途加入されていますが、まずはなぜ参画することになったのか教えてください。
髙橋町長(以下、髙橋):まちを変えていくにはやはり人です。挑戦しようとする個人や団体をどれだけこの地域に生み出せるかが、この町の将来を大きく左右するという思いが私の考えのベースにあります。
種火をもった人達や、0から1を創る人達を応援するのが自分のミッションだと思っていますので、就任2年目に町内での起業を後押しする「南小国町夢チャレンジ推進事業補助金」を作りました。私の任期も2期目を迎え、こういった補助金の利用頻度もだいぶ上がってきました。チャレンジする機運が町内に育ってきたところで、熊本市内の中間支援組織から紹介してもらったのがLV協議会です。
行政は補助金を出すことはできますが、やはり役場職員だけでは限界があります。ノウハウもない中で、所定の業務をやりながら創業後のサポートや、外から入ってきた人のフォローまで対応することは難しい。LV協議会のような枠組みに入ることで、先進的な地域に学びながら、南小国の挑戦をさらに加速させられるのではないかという思いで、参画を決めました。
南小国町に東京での自主イベント企画を提案。役場のスピード感と熱意が移住の決定打に
――町長からの信頼も厚い安部さんですが、南小国とはどのような縁があったのでしょうか?
安部さん(以下、安部):実は当時夫がNPO法人ETIC.(エティック)に勤めておりまして、LV協議会の事務局メンバーとして南小国町を担当していたんです。「地域仕掛け人市」で実際に町の方々とお話ししたり、夫の帰省のついでに遊びに行ったりする中で、すっかり南小国のファンになっていきました。そんな中で、私も南小国のために何かできることはないかなと思うようになっていったんです。
南小国はLV協議会に参画する前から、黒川温泉「第二村民」構想など、町民主体の取組が盛んでした。これまでの積み上げがあったからこそ、LV協議会への参画をきっかけに、黒川温泉だけではなく町一丸となって挑戦的な取り組みをやっていこうという機運が生まれたんだと思います。
そこで2018年の10月に、これまでつながりができた方々に向けて東京で現在の南小国町のお披露目をしませんか、ボランティアでやらせていただきます、と企画書を作って出したんです。
そしたら2日後くらいに役場から「今課長と町長が隣にいるんですけど、すごくいい企画なので後援します!」という電話がかかってきて、そのスピード感には正直驚きました(笑)。企画の段階から、「せっかくだからおもてなししたい。赤牛のローストビーフを持っていきたいんだけどできますか?」「おでんも持っていきたいんですけど」と南小国側からも次々に提案があって、「なんとかします!」と対応して……という感じで密に連絡を取りながら準備を進めました。
12月の東京でのイベントには、髙橋町長や黒川温泉旅館組合長、観光協会長まで7~8人が手弁当で来てくださったんです。南小国と縁のある方だけでなく、会場となったコワーキングスペースに居合わせた方も含めて、約50人が興味をもって南小国の話を聞いてくれました。
このイベントを通じて、「めちゃくちゃ素敵な人達だな。この人達と仕事がしたい」という気持ちが育っていたんですが、イベント後には完全に「これはもう行ける(移住したい)!」ってなってましたね(笑)。そこから本格的に南小国町で仕事をする方法を探り始めました。
ご縁とタイミングに恵まれ、官民連携のまちづくりが動き出す
――そこで着任されたのが、SMOの未来づくり事業部だったんですね。
髙橋:当初は熊本市内にある中間支援組織の力を借りて進めていたLV推進事業ですが、地元にSMOができたので、この事業を引き継げないかという議論が起こっていた時期でした。ただ、LV推進事業を担えるメンバーが当時はいなかった。そこに来てくれたのが安部さんだったんです。人にもタイミングにも恵まれました。
安部:東京でのイベントを終えて、2019年の1~2月頃、南小国町にヒアリングをさせてもらいました。その上で、LV推進事業としてやりたいことを企画書に落として、提案書を提出させていただきました。2月末にSMOと面談をして、次年度からLV推進事業を引き継ぐことが決まり、2019年4月から主担当として未来づくり事業部に着任することになりました。前職が地方創生関係の仕事でしたし、ETIC.を通じてLV推進事業の概要もわかっていたので、そこまでは比較的スムーズでしたね。着任してからは約2ヶ月でコワーキングスペースを立ち上げたりと手探りの日々ですが……(笑)。
SMOはSatoyama(里山) Management/Marketing Organizationの名前の通り、観光地域づくりの舵取り役となる会社です。元々物産館の運営も担っていましたが、その2つの機能をただくっつけるのは難しいんですよね。そこに横串として人材育成が入ったことで、両者がうまくつながりました。例えば起業型地域おこし協力隊として町に入った人が新たに商品開発をする場合、物産館があるので最初からそこで販売することまでセットで設計できます。さらに南小国町のふるさと納税事務局も担っているので、返礼品として出品するなど、開拓しなくても販路がある点は強みです。
また、南小国町には黒川温泉郷という集客力の高い観光資源がありますから、観光客向けのツアー等の企画も実践イメージを持つことができます。
髙橋:SMOには新たに情報発信事業部もできて、スピード感をもって事業を進めてくれているという印象です。役場との情報の共有も早いですね。
安部:繰り返しになりますが、今までの町の取組の積み重ねがあったからこそですね。ゼロからLV推進事業をやっても、成果を出すのは難しかったと思います。