菅首相が力を入れる政策目標の一つが「脱炭素社会の実現」だ。昨年10月に行った所信表明演説で「2050年までに温室効果ガス排出量ゼロを目指す」と明言した。
環境分野での取り組みにおいて一日の長のあるヨーロッパに後れをとる日本。今回の所信表明までは、「2050年までにCO₂ 80%削減」という、世界的にみると消極的な目標を掲げていた。それは環境に配慮した取り組みがこれまでの企業活動にブレーキをかけることになるという現実的な懸念があってのことだった。

菅首相は「脱炭素」を宣言
はたして国を挙げた環境問題への取り組みは、日本経済にとって吉なのか凶なのか――。
大和総研チーフエコノミストで、昨年10月より内閣官房参与を務める熊谷亮丸氏は、「SDGsこそ経済成長の起爆剤」とみる。
「エコでないものから手を引く」
熊谷氏がまず指摘するのは、「脱炭素」指向の企業でないと投資資金が世界から集まらないという厳しい現実だ。
〈投資マネーも環境に対する意識の高い企業でなければ、すでに集まらなくなっていて、EUでは機関投資家の運用の約5割が「環境・社会・ガバナンス」を考慮した投資となっています(日本は約2割)。菅首相には、環境は企業にとってもはや負担ではなく、改革の牽引力になることをぜひお伝えしたいという思いがありました〉
〈脱炭素の流れを後押しするのが「ダイベストメント」の動きです。ダイベストメントとはインベストメント(投資)の反対語で、投資からの撤退を意味します。環境問題におけるダイベストメントとは、簡単に言うと、「脱炭素でないものからはお金を引き上げる」動きのこと。世界的に脱炭素が主流になってきている今、投資家たちも石炭や石油といった化石燃料関連の銘柄は先行きが危ういと見て手を引こうとしているのです〉
投資家たちが「エコでないものから手を引く」時代、企業に求められるのは、SDGs(持続可能な開発目標)への意識を高く持った取り組みであると熊谷氏は指摘する。
Appleは2030年までにゼロカーボンを目指す
近年では、脱炭素をなかば強制的に推し進める企業もある。たとえばAppleは、2030年までにすべての製品をゼロカーボン(実質的な二酸化炭素排出量がゼロ)で作ることを目標に掲げる。ゼロカーボンで作るとは、製造エネルギー源が100%再生可能でない取引先を自社のサプライチェーンから排除するということだ。
〈日本企業は世界中の企業と取引をしています。今後Appleのような企業が増えていった時にゼロカーボンに対応できていなければ取引先をどんどん失うことになるということが、このAppleの一件からも容易に想像がつくわけです〉
年に一度スイスで開かれる世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、世界全体が2030年までにSDGsを達成した場合の経済効果が12兆ドルにのぼると算出された。3.8億人という雇用の創出も見込め、旧来型の経済政策などと比べ、かなり大規模であることがわかる。
脱炭素を実現することで、世界的な環境重視の流れに乗ると同時に、経済効果を見込む日本政府。SDGsへの取り組みはまだ始まったばかりだ。
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内閣官房参与として熊谷氏が菅首相に進言したこと、日本の商人が大事にしてきた価値観に通じる「SDGs」解説など、「いまなぜ脱炭素なのか」をわかりやすく解説した熊谷亮丸氏の「『脱炭素』こそポスト新自由主義の本命だ」全文は、「文藝春秋」2月号および「文藝春秋digital」に掲載されている。
(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2021年2月号)