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「高校の修学旅行、バスの中でえぐえぐ泣いていた」 新芥川賞作家が“小説を書いていこう”と決めた瞬間 『推し、燃ゆ』芥川賞受賞インタビュー - 山内 宏泰

 推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。 (『推し、燃ゆ』)

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 こんな一文で始まるのが、宇佐見りんさんの小説『推し、燃ゆ』(文藝秋季号掲載、河出書房新社)。
 自身2作目となる同作で、第164回芥川龍之介賞を受賞。さらに、書店員が投票によって「最も売りたい本」を決める、2021年本屋大賞の候補作にもなった。

「若い人やオタク方面に明るい人にはすぐ伝わるでしょうけど、さっぱり意味がわからないという方もたくさんいらっしゃいますよね。『推し』って何? それが『燃えた』って、どういうこと? と」


宇佐見りんさん ©文藝春秋/松本輝一

「推し」とは、ファンとなって猛烈に応援する、アイドルなどの対象のこと。

『推し、燃ゆ』では、「推し」のアイドルを推すことが、生きるのもままならない主人公あかりの拠り所だった。それなのにあるとき、推しがファンを暴行して、心の支えまで揺れ動くこととなってしまう。

「推しという言葉を知らなくても読めるものにしたいと思う反面、説明しすぎると、推しという流行り言葉の解説になってしまう。塩梅が難しかったです。でも、祖母の知り合いの70代の男性の方は、『推し』というものは知らなかったけれど、スターとその追っかけはどんな時代にもいたものだからか、自分の記憶や体験に引き寄せて理解してくださったそうで、うれしかったです」

卒論テーマは最も尊敬する作家・中上健次

 いかにも今風な題材を書きこなす本人は現在、21歳8ヶ月。史上3番目の若さ(最年少は綿矢りささんの19歳11ケ月、次いで金原ひとみさんの20歳5ヶ月)での芥川賞受賞者となった。

 1月20日の選考会で選出され、直後の受賞記者会見に臨む姿は、堂々たるものだった。

 ほうぼうから飛ぶ質問にも、

「受賞作の主人公は、推しを推すことが自分の背骨だと言います。私にとってそれにあたるのは小説を書くこと。これがあるからやっていけるんだという感覚は前からずっとあったので、これからも変わらないと思います」

「大学の国文学専攻で学んでいるところです。宗教学に古典と、いろんなことに興味がありますね。卒論は、最も尊敬する作家・中上健次について書きたい」

「受賞をありがたく受け止めつつ、これからも、ただひたすら自分の目指すものを書いていきたい」

 一つひとつ、落ち着き払って丁寧に答えていった。

「ちゃんとできていましたかね……? その場でしゃべることが苦手なので、上手く伝わったか不安です。流さず、真摯に答えようと心がけてはいたのですが……。

 受賞と聞いてしばらくは放心していましたが、さっきようやく、ジワジワと込み上げてくるものを感じましたね。屋上から東京のきれいな風景を眺めて、隣にはこれまで本当にお世話になった担当編集者がいてくれたとき……。(※ 受賞発表の翌日、文藝春秋で写真撮影に臨んでいた)

 解放感や安心感や、いろんなものが押し寄せてきて、泣きそうになっちゃいました」

ふだんから「感動しい」

 ふだんから感情の振幅が大きいほうだという。

「よく映画を観て泣いています。『感動しい』というか、短気なんですよね。刺激を受け止めやすいというか、すぐに身体が反応してしまうところがあります。

 高校の修学旅行で北海道に行ったときもそうでした。バス移動でウトウトしていたんですね。眼が覚めるとバスは、トイレ休憩のためにどこかの駐車場へ入るところ。起き抜けで外に出ると、霜が降りるほど冷えた空気の中に、光がパアッと差してきて視界が覆われた。すごく綺麗だったんです。その光景に圧倒されてしまって、みんなはトイレに行ったり記念写真を撮っている中、ひとりでバスに戻ってえぐえぐ泣いてました(笑)。

 悲しいとか嬉しいとか寂しいとかじゃないのに、ただきれいなものに身体が反応している感じでした」

 なるほど、しかし受賞会見では涙は見られなかったような……。

「そうですね(笑)。『大変なことが起きてしまった』という気持ちが大きくて、うれしさをかみしめるのに時間がかかりました。

 選考結果を待っているとき私は自宅にいて、作品を書かせてくれた文芸誌『文藝』の編集部とZoomで繋いだ状態でした。受賞のお報せをいただいたとき、音は切れた瞬間があったのですが、画面越しに見えた編集部の方々が喜びを表現していたので、こっちもうれしくてたまらなくなりました」

生きるうえでの難しさを、これからも書いていく

「受賞などで評価していただいたときもうれしいですが、自分としては、納得のいくものが書けたという手応えを得た瞬間に、感極まるものがあります。1作目の『かか』でいえば、2シーンぐらいあって。最後の一文が決まったときと、ストーリー半ばの、電車の隣にいる人がいなくなったらという場面を思いついたときです。

 めったにやって来なくて、せいぜい1作品に1シーンずつぐらいなんですが、その瞬間は『これだ、ああ、やったー!』って、PCの画面に向かって書きながら泣くことがあります。

 これからは作品の全文を通して、そういう手応えを感じられるようにしていかなくてはいけないんですけどね」

 寝起きするだけでシーツに皺が寄るように、生きているだけで皺寄せがくる。(『推し、燃ゆ』)
 最低限を成し遂げるために力を振り絞っても足りたことはなかった。いつも、最低限に達する前に意思と肉体が途切れる。(『推し、燃ゆ』)

 何かを熱狂的に愛し、はまり込んでいく人物が小説に描かれることは数多い。けれど、「推す」という行為そのものに迫ろうとした作品はついぞ知らない。改めて、受賞作『推し、燃ゆ』で「推し」をテーマに据えたのはなぜだったのか。

「そうですね。今って他律的な生き方がかなり強く否定されるじゃないですか。『自分の足で歩け』『前を向いて生きろ』というメッセージのほうが圧倒的にたくさん流通している。

 でも、自分の力だけで人生を歩んでいくのがどうしても難しいことがあると思うんです。私にもそういう時期があって、ただ生きているだけで精いっぱいという人に、それは冷たいんじゃないか、という思いはずっと心の底にありました。

 生きづらさみたいなものを抱え込んで、動けなくなっているときに、たとえば『推し』を頼りに他律的に生きることはアリじゃないのか。『そんなのただの趣味でしょ? 依存じゃないの?』と切り捨てるわけにはいかない現実は至るところにあって、それを描きたいと思っていました」

授業でお話を書く機会があり、これはおもしろいと

「『推すという行為を認めよ』と主張をしたいというよりは、そういう現実をしっかり描写したいという感覚です。推しを推すことに人生をかけて、なんとか生きづらさをしのいでいる現実を、ちゃんとその通りに書くことができれば、きっとそれが『理解』につながるんじゃないかと私は思っています。

 自身にとっても切実なものと、正面から向き合っているのであろうことは、宇佐見作品を読む側にもひしひしと伝わってくる。ときに、その切実さを、小説で表そうとすることとなったのはなぜだったろう。

 小説を書くことが「自分の背骨」とまで言い切るようになった経緯は?

「私の場合、小さいころから小説がいつもそこにあった、という感じです。

 小学3年生のとき、授業でお話を書く機会があって、これはおもしろいと続けるようになりました。中学生になると、書いたものを友達と送り合ったりするようにも」

コロナが収束したら新潟に行きたい

「小説を書いていこうとはっきり決めたのは、高校時代でした。それまではお話を『つくり上げていた』んですけど、高校生のときに、書くことで何か『本当のもの』を探りだそうという意識が芽生えてきた。書くものに『何かが宿った』と思える瞬間がでてきたとき、『この道の先には何かがある』と思えるようになり、小説を書いていく決心がつきました」

 現在は大学生と執筆の二足の草鞋を履く状態。受賞後も、難なくこなせていけそうだろうか?

「や、両立しようとすると、なかなか忙しいですよね。大学の授業をギリギリに抑えて(笑)、今のところ、どうにかこうにかやっています。

 ただ、今まではバイトをたくさん入れていたので、受賞の賞金のおかげでその時間は減らせるかもしれません。残りは、コロナ禍が収束したら、新潟とか淡路島、韓国に行きたいので、旅行のために貯金しようと思います。新潟の牡丹雪ってすごく綺麗なんですよ。

 卒業後の進路ですか? 今2年生なので、まだ明確には思い描けていなくて。現実的に考えると、どこかに勤めたほうがいいかなという気持ちもあります。ただどういう状況であっても、小説を書く時間は大切にしていきたいと思います」

(山内 宏泰)

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