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愛する人、故郷を奪われた者たちの壮絶な復讐劇 『ナイチンゲール』

映画の感想について、ここ数年はあまり書かなくなっていたのだけど、書かずにいることで起きる最大の悲劇は、「あんなに衝撃を受けたのに、感動したのに、内容を覚えていない…!」ということである。

今年は毎月必ず、その月に見た映画で面白かったものを1~2本ピックアップして紹介していきたい。

ということで、今年1本目はこの『ナイチンゲール』だ。

ナイチンゲール (字幕版)

  • 発売日: 2020/04/30
  • メディア: Prime Video

看護師の方ではない。あれは治す方であるがこれは殺す方のナイチンゲール。全編、曇り空のようなジメジメした灰色のシーンが続く、陰惨な復讐劇だ。

舞台は19世紀のタスマニア。軽犯罪でアイルランドから流刑で運ばれてきたクレアがヒロインだ。彼女自身の刑期はとっくの昔に終わっていたが、彼女の夫・エイデンは釈放されることなく、身勝手な英国軍将校ホーキンスの命により囲われていた。夫と共に自由になりたいクレアはホーキンスに直訴。しかしそれは、ホーキンスの怒りに火を付けてしまう…。

すべてを奪われた者たちの復讐劇

恐ろしい所業により、すべてを奪われるクレアを、『ゲーム・オブ・スローンズ』でリアナ・スタークを演じたアイスリング・フランシオシが熱演。彼女の悲しみと、怒りの演技が、復讐劇の開幕を高らかに宣言しているようだ。

性暴力を受けた末にクレアが意識を失っている間、上官の係留地へと出発したホーキング。この恨み、晴らさないでおけようか。クレアの復讐を賭けた追撃が始まる。

彼女の旅をサポートするのは、先住民族の黒人ビリー。例により、最初は乗り気でなかった彼も、半ば強制的に雇われて復讐劇に巻き込れていく。

しかし、途中からはこれがクレアのみならず、ビリーの物語でもあることが分かってくる。なぜならこれは彼の復讐劇でもあったのだ。彼は何を奪われたか? 白い入植者たちにすべてを奪われたのだ。家族を、仲間を、故郷を。

“ビフォー差別”のおぞましい世界

こうした映画で目を引くのは、「人権」以前の世界のエグさだ。19世紀といえば、歴史的にはすでに「人権」は発明されていたのだが、当然、まだ「普及」まではしていなかった。そのため「人権がない人間」がいた。つまり女性や子ども、有色人種、そして奴隷だ。彼らがいかにモノとして扱われていたかも、本作は容赦なく活写する。

「人権がない人間がどのように扱われてきたか」は、『それでも夜は明ける』など過去にもさまざまな映画で描かれてきたが、本作での描かれ方もまたおぞましい。余興のようにささいなことで殺されていく人々。

本作を観ると、「差別は人権が普及したからこそ生まれた」のではないか、とさえ思えてくる。それは「人権がない方がよかった」と、言いたいのではもちろんない。人権を持たない、道具や商品として扱われていた人々に人権が付与されたからこそ、それ以前の時代を“懐かしむ者たち”が、「差別」という形をとり、以前の時代の名残惜しんでいるのではないか、ということだ。

「ここは俺の故郷だったんだ…」印象的な涙

暴力的なシーンが幾重にもある本作だが、印象的なシーンはまた別にある。それは、クレアとビリーが心ある白人老夫婦の家に匿われたシーンだ。クレアが老夫婦とテーブルで食事をしている際、壁際で地べたに座っていたビリー。椅子に座るよう促されたビリーが食事を取り始めてしばらくして、不意に泣き始める。なぜか? 「ここは俺の故郷だったんだ…」。そう、彼は丁重に招かれたゲストであるが、そもそもここは彼の“ホーム”だったはずなのだ。

クレアが何人仇を討ち取ったとて、そこにカタルシスは用意されない。復讐したとて愛する者たちは帰ってこないのだ。オペラ歌手でもあるフランシオシが、劇中で「私は願い続けている 愛しうる人にまた会いたい」と歌うアイルランド民謡は、その切なさを体現している。

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