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- 2012年11月27日 08:30
徴兵制は必要だ - 馬場正博
こう言うと今の日本では非常に強い反発を受けます。「お前は戦争する覚悟はあるのか。お前の子供が死んでもよいのか」という言葉も飛んできます。徴兵されて嬉しい人はあまりいないでしょう。まして戦争に駆り出されるとなるとなおさらです。これは個人の嗜好の問題ではなく、国民の義務の話です。
その前に、私が考えている徴兵制が、成人男子は一人残らず一定年数兵役に就くというものではないということは断っておいた方よいでしょう。私が考えている徴兵制とは、
・日本国民は男女を問わず一定年齢に達すると軍役に就くことを正当な理由なく拒否できない
・軍役に就いた兵士は軍による許可なく軍を辞めることはできない
・交戦中の勝手な戦線離脱は軍による裁判による厳罰を下す
という規定を設定することです。今の自衛隊は国家公務員です。退職するのは本人の自由意思で緊急時、例えば日本国が攻撃され戦闘の必要がある場合でも「戦争は怖いので自衛官を辞めます」と言っても罪にはなりません。状況により懲戒の対象となり年金をふいにすることくらいはあるかもしれませんが、命を失う危険からは逃れられます。
これは実際に敵と交戦している最中でも同じです。恐怖に駆られて敵前逃亡をしても自衛隊法では最長禁固7年です。軽い罪とは言えないかもしれませんが、多くの国では死刑を含む非常に重大な罪となります。一般的には上官は敵前逃亡をした兵士をその場で銃殺することが認められています。むしろ射殺することで全軍崩壊を防げるのなら、そうしないことの方が罪になります。
考えようによってはこれは大変非人間的で人道に反することに思えますが、戦争という殺し合いをしている中では、一人の勝手な行動が他の兵士の命を危険にさらす可能性がある以上止む得ないことです。
つまり、徴兵制とは言っても、軍役に就くことは職業の自由とは違うし、戦場は普通の職場とは違うということをきちんと決めておくべきだということです。
実際には先進国ではアメリカを含め徴兵による兵員の補給はほとんど行われていません。現代の戦争は兵士の数で単純に勝敗が決まるようなものではなく、兵器体系や専門的技能がはるかに重要になってきているのです。現在の20万人という自衛隊の規模は人数的には寡少とは言えません。
それでも徴兵ではなく志願兵中心になったことで、アメリカの支配層(議員だけでなく中産階級以上の一般市民)が戦争に対し鈍感になってきているという懸念は言われています。今のアメリカでは、一定以上の社会階層の人々は、自分や自分の子供が戦争に駆り出される心配をせずに戦争を決断できるのです。
このような問題は徴兵制どころか、憲法では軍さえない日本ではもちろんあります。「毅然とした態度」で領土問題を強く主張すべべきだと言う人たちが、戦争の恐怖をどこまで実感しているか疑問です。喧嘩は売るが後の始末は自衛隊の皆さまにお願いすれば良いと思っているのではないでしょうか。これでは社会保障は充実すべきだが税金は上げるなと言っているのと同じです。
徴兵制の施行は恐らく憲法改正が必要になるでしょう(確信はありません。もしかする現行憲法で自衛隊が持てるなら可能もしれません)。簡単な話ではないですし、冒頭に買いたいように強い反対運動が起きることは間違いありません。
し かし、自由に退職できたり、交戦中に職場放棄が許される(懲役7年も軽くはないかもしれませんが)のは軍隊として極めて不完全です。そして徴兵制がないことが無責任な対外強硬論やその裏返しの非武装中立論(どうせ自分は戦わないなら弱体な軍でも構わない)につながっているのではないでしょうか。私にはそれが日本の民主主義が未だに未熟な理ことの大きな理由ではないかと思えます。
その前に、私が考えている徴兵制が、成人男子は一人残らず一定年数兵役に就くというものではないということは断っておいた方よいでしょう。私が考えている徴兵制とは、
・日本国民は男女を問わず一定年齢に達すると軍役に就くことを正当な理由なく拒否できない
・軍役に就いた兵士は軍による許可なく軍を辞めることはできない
・交戦中の勝手な戦線離脱は軍による裁判による厳罰を下す
という規定を設定することです。今の自衛隊は国家公務員です。退職するのは本人の自由意思で緊急時、例えば日本国が攻撃され戦闘の必要がある場合でも「戦争は怖いので自衛官を辞めます」と言っても罪にはなりません。状況により懲戒の対象となり年金をふいにすることくらいはあるかもしれませんが、命を失う危険からは逃れられます。
これは実際に敵と交戦している最中でも同じです。恐怖に駆られて敵前逃亡をしても自衛隊法では最長禁固7年です。軽い罪とは言えないかもしれませんが、多くの国では死刑を含む非常に重大な罪となります。一般的には上官は敵前逃亡をした兵士をその場で銃殺することが認められています。むしろ射殺することで全軍崩壊を防げるのなら、そうしないことの方が罪になります。
考えようによってはこれは大変非人間的で人道に反することに思えますが、戦争という殺し合いをしている中では、一人の勝手な行動が他の兵士の命を危険にさらす可能性がある以上止む得ないことです。
つまり、徴兵制とは言っても、軍役に就くことは職業の自由とは違うし、戦場は普通の職場とは違うということをきちんと決めておくべきだということです。
実際には先進国ではアメリカを含め徴兵による兵員の補給はほとんど行われていません。現代の戦争は兵士の数で単純に勝敗が決まるようなものではなく、兵器体系や専門的技能がはるかに重要になってきているのです。現在の20万人という自衛隊の規模は人数的には寡少とは言えません。
それでも徴兵ではなく志願兵中心になったことで、アメリカの支配層(議員だけでなく中産階級以上の一般市民)が戦争に対し鈍感になってきているという懸念は言われています。今のアメリカでは、一定以上の社会階層の人々は、自分や自分の子供が戦争に駆り出される心配をせずに戦争を決断できるのです。
このような問題は徴兵制どころか、憲法では軍さえない日本ではもちろんあります。「毅然とした態度」で領土問題を強く主張すべべきだと言う人たちが、戦争の恐怖をどこまで実感しているか疑問です。喧嘩は売るが後の始末は自衛隊の皆さまにお願いすれば良いと思っているのではないでしょうか。これでは社会保障は充実すべきだが税金は上げるなと言っているのと同じです。
徴兵制の施行は恐らく憲法改正が必要になるでしょう(確信はありません。もしかする現行憲法で自衛隊が持てるなら可能もしれません)。簡単な話ではないですし、冒頭に買いたいように強い反対運動が起きることは間違いありません。
し かし、自由に退職できたり、交戦中に職場放棄が許される(懲役7年も軽くはないかもしれませんが)のは軍隊として極めて不完全です。そして徴兵制がないことが無責任な対外強硬論やその裏返しの非武装中立論(どうせ自分は戦わないなら弱体な軍でも構わない)につながっているのではないでしょうか。私にはそれが日本の民主主義が未だに未熟な理ことの大きな理由ではないかと思えます。



