記事
  • WEDGE Infinity

韓国「慰安婦賠償判決」の背景にあるもの - 澤田克己 (毎日新聞記者、元ソウル支局長)

韓国の司法判断が日韓関係の障害となる場面が目立っている。元慰安婦への賠償を日本政府に命じた1月8日のソウル中央地裁判決は、その最新版である。慣習国際法の原則である「主権免除」を否定した今回の判決は従来にもまして日韓関係に大きな影響を与えそうだ。

日本政府は判決を無視する方針なので、1審判決で確定すると見られる。ただ、同様の訴訟が別の裁判長の下で行われており、こちらはなぜか13日に予定されていた判決公判が取り消された。3月に弁論を再開するので、判決は早くても4月だろう。

[画像をブログで見る]

正反対の判決が春に出る可能性も

後続訴訟の裁判長が8日の判決を見て、判決予定を変更したのは確実だ。それが何を意味するのかは分からないが、8日の判決と正反対の結論となる可能性もある。

日本でも各地の裁判所で一斉に提訴され、1審や2審では判断がバラバラになることがあるので、そのこと自体は珍しくない。たとえいったん確定したとしても、あくまでも1審判決である。最高裁判決ではないから、他の裁判官が確定判決に従う義務はない。

さらに判決と「執行」は別の問題だ。今回の判決が確定したとしても、日本政府が賠償命令に従うことはない。そうなると通常は財産の差し押さえという「執行」段階に入るのだが、その段階でも改めて主権免除の壁がある。

そして裁判そのものより、財産の差し押さえの方が難しい。大使館が行う現地職員との雇用契約や、外国企業からの物品購入といった商業的行為の場合、主権免除は認められない。それでも、この例外にあてはまっても差し押さえまでできるとは限らないのである。

それに、判決の執行には時間がかかる。日本企業に賠償を命じた元徴用工の訴訟では、大法院(韓国最高裁)の確定判決が出てから2年以上経った現在も、執行完了といえる「現金化」は実現していない。

それを考えれば、今回の判決について日本政府が韓国に抗議するのは当然だとしても、具体的な対抗措置をそこまで急ぐ必要はないように思われる。少なくとも、「もう一つの訴訟」の判決を見守る必要があるだろう。

「強者の論理」である国際法秩序への挑戦

今回の判決は、慰安婦制度について「日本帝国によって計画的、組織的かつ広範囲に実行された反人道的な犯罪行為として国際強行規範に違反する」と判断して、主権免除を認めなかった。

「強行規範」というのは、「いかなる逸脱も許されない規範」で、「国により構成されている国際社会全体が受け入れ、かつ、認める規範」だ。締結する時に強行規範に反する条約は無効だとされる(条約法条約53条)。

ただ、具体的に何が該当するかは明示されていない。国際司法裁判所(ICJ)がこれまでに強行規範だと認めたのは、拷問とジェノサイド(民族や宗教的集団の全部または一部を破壊する意図を持って行われる集団殺害や危害行為)だけだ。

日本の国際法研究者に聞くと、慰安婦制度を認める条約をこれから作れるかと考えれば「強行規範」に該当すると考えらることができるそうだ。ただ、それは現在の基準であって、70年以上前にまで遡って主権免除の例外だと言えるかは別の問題だ。判決が丁寧な立論でこうした点を乗り越えたと見るのは難しい。

それにもかかわらず、今回の判決は主権免除の例外を認定した。その理由を読み取れる一節が判決文にある。

「国家免除理論は恒久的で固定的な価値ではない。国際秩序の変動に従って修正され続けている」というのだ(主権免除は「国家免除」とも呼ばれる)。既存の国際法秩序はあろうとも、必要以上に拘泥する必要はなく、時代の流れに合わせて新しい判断をすることは可能だということだろう。

翌日のハンギョレ新聞社説には、この点をさらに分かりやすくした部分があった。次のくだりである。

「国際法秩序は強者の論理を反映する側面が大きい。イタリア最高裁も2004年、第2次世界大戦中にドイツ軍に連行されて強制労働をした自国民への損害賠償をドイツ政府に命じる判決を出したけれど、国際司法裁判所はその後、ドイツの主張を認める保守的判決を下した。だが、国際法は固定不変でなく、人類が成し遂げた人権・正義の価値に歩調を合わせて変化しなければならない」

これは、大法院が2018年に徴用工訴訟の判決を出した時に聞いた論理と同じだった。

韓国紙のベテラン司法担当記者は「韓国の国際法専門家で日本企業敗訴の判決が妥当だという人は、ほとんどいなかった。ただ、一部の法学者に違う意見があった」と話す。大法院判決はいわば少数説を採用したことになるが、背景にあるのは次のような考え方だという。

「国際法というのは結局、強国の都合によって決められ、変更されてきた。ルールを決める枠外に置かれてきた弱小国の中で既存秩序に挑戦できる力を持つようになった国は、韓国しかいない。それならば試してみる価値はあるのではないか」(拙著『反日韓国という幻想』)

「反日の文在寅政権だから」の判決ではない

今回のような判決を見ると「反日の文在寅政権だから」と語る人がいるけれど、それは見当外れである。

私は2013年9月に、日本と関係する訴訟で「韓国司法は日本側の理解を超える判断を繰り返している」という長文の解説記事を書いた(「毎日新聞」2013年9月1日)。この記事を書いた時は朴槿恵政権であり、起点となった憲法裁判所の決定が出たのは李明博政権下だ。どちらも文政権とは敵対関係にある保守派の政権だ。

一連の司法判断の根底から感じられるのは、「正しさ」の追求である。朴政権下だった2014年の連載「『正しさ』とは何か 韓国社会の法意識」(「毎日新聞」2014年2月6~12日)を、私は次のように始めた。

「韓国の人々は、儒教の影響が残る韓国社会の特徴を『道徳主義が強い』と表現する。対立する相手を批判する時も『正しいかどうか』を問題視することが多く、そうした考え方は法に対する見方にも直結する。一方、日韓両国で法律観がかけ離れていることが、最近の日韓関係悪化の大きな一因とも指摘される」

日本の朝鮮半島研究の第一人者である小此木政夫・慶應義塾大学名誉教授はこの時のインタビューで、合意の内容より「守る」ことを重視する日本と、内容が道徳的に「正しいかどうか」を重視する韓国とは意識が違うと指摘した。

中国の儒教文化の強い影響下にあった近世までの朝鮮には、「何が正しいか」という名分論で正当性を主張するしかなかったことが背景にあるのではないかという。こうした伝統的価値観が民主化(1987年)を契機に復活した。

小此木氏の指摘に加え、韓国の国力が強くなって日本との力関係が劇的に変わったことも背景にあるのだろう。日本との関係には「正しくない」部分が多かったので、正すことを志向するようになる。それが、現在の状況につながってくる。

韓国の価値観に日本が従う必要はない。ただ、相手の考え方を知らず、自らの常識だけを基準にして批判しても自己満足にしかならない。それに一般論として言うなら、判決やハンギョレ新聞の指摘する通り国際法は不変固定のものではない。特に慰安婦問題は、’現在の国際常識から見れば決して許されない行為だ。国際社会にどうやって理解してもらうかを丁寧に考えなければ、思わぬところで足をすくわれかねないことは留意すべきだろう。

あわせて読みたい

「従軍慰安婦問題」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    ドキュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか

    新潮社フォーサイト

    03月08日 08:12

  2. 2

    【燃やされ消される「原発事故対応」】福島市「保存期限過ぎたので廃棄」 山形県に避難した市民説明会の記録 「保存場所無い」

    鈴木博喜 (「民の声新聞」発行人)

    03月08日 09:15

  3. 3

    東大36位が表す最先進国からの転落

    幻冬舎plus

    03月07日 11:24

  4. 4

    「奇跡が起きる」と話題!ClubhouseはYouTubeをどう変えるのか!?

    放送作家の徹夜は2日まで

    03月08日 10:35

  5. 5

    何を今更な「大阪IR、役所優位崩れる?」論

    木曽崇

    03月08日 14:21

  6. 6

    いま一度公務員倫理規程を問う

    船田元

    03月08日 13:39

  7. 7

    コロナ禍で進む様々な好調・不調の二極化

    ヒロ

    03月08日 10:34

  8. 8

    明日緊急本会議開催!全国知事会欠席、宣言下千代田区長選応援…小池都政を質します!

    上田令子(東京都議会議員江戸川区選出)

    03月07日 13:23

  9. 9

    昭和名作のDNAも 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を観る前に知っておいてほしいこと

    文春オンライン

    03月08日 10:51

  10. 10

    結婚相手に年収700万円を希望する年収300万円の女性「細かい節約をしなくても持続できる生活がしたい」

    キャリコネニュース

    03月07日 13:07

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。