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本屋をめぐる冒険

記憶のある限り、ぼくは本屋さんに通って育った。母親は自分で会社をしていて忙しかったのだろうが、毎月のように、二子玉川の高島屋の中にある紀伊国屋に、小学校低学年のぼくを連れていってくれた。そしてこう言うのだ。「好きな本を選びなさい。」

ぼくの頭の中には、紀伊国屋の地図ができあがっていた。文庫本エリアは「おとなの本」で、つやのない表紙の新潮文庫に対しては、特に大人な印象を持っていた。たしか中学に入る頃まで、新潮文庫は一冊も読まなかったと記憶している。ぼくはもっぱら児童小説のエリアで、表紙を見て本を選んでいた。ミヒャエル・エンデ。ガンバの冒険。エジソンの伝記。多い時は15冊くらい一度に買っていたのではなかろうか。会計のところで、母親の財布から福沢諭吉が飛びたっていく様子を、ぼんやりと覚えている。

中学に入ったくらいに、「おとなの本」もぼちぼちと読むようになった。おとなの本のエリアを探索しはじめたことで、フランス書院文庫という、ガチでオトナの本の存在も知った。中学校からの帰り道に、近所の本屋さんで、猛烈なスピードで官能小説を立ち読みしていたのが懐かしい。また、この頃には、「青くてなぜか横書きの本たち」が、中一の始業式で隣の席のH君が読んでいた「ヘリコバクターピロリ菌」などを含むブルーバックスであることを知り、これも開拓することにした。

それでもチンプンカンプンな本というのはあるもので、とりわけ新潮文庫にはそれが多かった。小林秀雄の本など、27歳になった今読み返してみても、イマイチわからない部分が多い。大人になった今では、「何歳になってもよく意味がわからない本がある」という事実を受け止められるが、中学生だった僕は、とても歯がゆく感じていた。いわゆる中二病というやつかもしれない。でも、小学校一年生の時は100%未知の世界であった本屋さんが、30%、50%、80%と理解の及ぶものになっていく様は、パズルを解いているような快感をぼくに与えてくれた。

読書人生の最大の転機は、14歳で渡米したことだ。からっきし英語ができなかった僕にとって、本屋さんは再び100%未知の世界になった。どの本をとって、どのページを見ても、何が書いてあるのかわからない。「ふりだしにもどる」である。ぼくの本屋攻略ゲームには裏ステージがあったようだ。

余談になるが、最初に通読を試みた英語の本は、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」だ。白い表紙と、ケネディーを暗殺した男が持っていた本だという歴史的背景に惹かれて買ったのだが、これがものの見事にわからなかった。なんとか字面を追い読み終えたのだが、先日10数年ぶりに読み返し、当時まったく内容を理解していなかったことに気づき、笑ってしまった。

最初は謎の領域だったアメリカの本屋だが、5年10年と経つうちに、こちらも開拓できていった。アメリカの本屋さんは、出版社というよりはジャンル毎にわけて本を置いてある場合が多いので、「まずブルーバックス、次は新潮文庫」みたいな攻略方法とは違うが、今では大体どの本を手に取ってパラパラめくってもスラスラ読めるようになった。Malcolm Gladwellも、Ernest Hemingwayも、Christopher Hitchensも、David Foster Wallaceも。Ulyssesは今でも意味プーだが、これは「何歳になってもよく意味がわからない本」の一つなんだと思う。

そんな大好きな本屋さんだが、今となっては、ほとんどの本はAmazonのKindleで買うようになってしまった。なんといってもスペースを取らないし、旅先で本を読むのも電子書籍の方が百倍楽だ。去年の11月に買ったKindleには、すでに40冊以上本が入っていて、福沢諭吉さんウン枚分である。

だが、ぼくの読書人生の原体験は本屋であり、だからこそ未だに本屋に通う。ぼくにとっての本屋は、「本を買うところ」以上の何か、たとえば長年プレーしてきたテレビゲームのダンジョンのようなものだ。イヤなことがあった日も、本屋でパラパラ立ち読みをしたり、面白そうな本を発見すれば、晴れた気持ちで家に帰れる。ダンジョンの隠し扉を発見した感覚に似ているのかもしれない。

電子書籍とオンラインのマーケットプレイスの台頭によって、本屋は過去のものになるという人たちがたくさんいる。たぶん彼らは正しいのだろう。だとしたら、「ぼくにとっての本屋のような存在は、これから生まれてくる人たちにとっては何になるのだろう」と、今日も本屋でパラパラ立ち読みをしながら考えるのだ。

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