
イントロダクション
戦略的自律を目指す欧州
試される日本の外交力
文・鶴岡路人 Michito Tsuruoka(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
欧州の対中姿勢、認識が急激に厳しくなっている。ドイツをはじめとする欧州企業の買収攻勢による技術流出への懸念や、香港や新疆ウイグル自治区などでの人権問題の悪化などが影響した。これらに、新型コロナウイルス感染症に関する初期対応の遅れや情報隠蔽が加わった。さらに、「戦狼外交」と呼ばれる、恫喝をも含む中国による強硬な対外姿勢が、欧州の反発を強める結果になった。
パワーバランスの変化という構造的要因もあるが、中国自身もオウンゴールを重ねた。続くベナー氏の論考が指摘するように、欧州におけるトランプ政権への反発は、中国にとっては、欧州を懐柔する絶好の機会だった。しかし、中国はこれを完全に逃した。
それでも、中国が欧州を完全に「失った」と考えるのは早計だろう。というのも、中国の目的はもはや、欧州全域に笑顔を振りまき、好かれることではないようにみえるからである。今日では、狙いを絞り、欧州の価値を損なってでも中国との安定的関係の維持を求める指導者や言論人を確保することを目的としているのではないか。その意味で、勝負はまだこれからである。
とはいえ、欧州の対中姿勢、認識の悪化は明確だ。日本では「欧州は中国に甘い」と批判され続けてきた。欧州と日本の対中観が完全に一致することは、今後もないだろう。それでも、欧州の変化を正面から捉える必要がある。他方で、日本では欧州における中国批判をことさらに取り上げ、中国に対して「それ見たことか」と高みに立ちたい心情も同時に見え隠れする。欧州の対中観は急激に変化しているものの、一枚岩で反中になったわけではない。日本の視点でも、双方をバランスよく見据える必要がある。
自らの価値や利益を脅かす中国の行動には対峙しつつ、安定した経済関係を維持したい。この二つをいかに両立できるかに悩んでいるのが欧州であり、最も注目されるのはドイツの行方である。同様の難題に日本も直面している。
トランプ政権下で米欧関係が停滞するとともに米中対立が深まり、さらに欧州・中国関係も悪化する中で欧州は、自律性の向上を目指すことになった。「戦略的自律性」がキーワードであり、外交・安全保障面では対米依存の低減が課題となった。これは、自らの負担軽減の観点からトランプ政権が求めたものでもあった。加えて、コロナ危機を受け、医薬品などのサプライチェーンの中国依存が露呈した。その結果、サプライチェーンの多角化による欧州経済のレジリエンス(強靭性)確保が必要とされ、対中依存の軽減が同時に求められるようになった。これ自体は日本の利益とも合致しそうだが、欧州が内向き、保護主義的になる可能性については注視していく必要があろう。
バイデン次期政権下では、中国に関しても米欧協力が進展する可能性がある。中国との競争の主眼は、軍事であると同時に、先端技術や経済、まさに経済安全保障をめぐるものであり、米国も欧州を味方に付ける必要がある。それに日本が参画するのみならず、アジェンダ設定を含めて、いかに日本が主導権をとることができるか。日本外交の力量が試されそうだ。
米中対立で目覚めた欧州
独から日本へのメッセージ
文・トーステン・ベナー Thorsten Benner(グローバル公共政策研究所(GPPi)所長)
米国およびその他の自由社会と中国の覇権的野望との競争という地政学的挑戦に欧州は目覚めつつある。欧州は、独自の戦略を持ち、自律したアクターとして行動せねばならないことが明らかになった。その戦略の焦点は、中国の権威主義的な国家資本主義との間の体制をめぐる競争で、いかに優位を保つかだ。ゆっくりだが確実に、欧州はそうした方向に動いている。
2019年3月に採択された欧州連合(EU)の文書は、中国を「共通の目標を有する協力のためのパートナー」、「技術的主導権をめぐる経済的競争相手」、そして「統治に関する異なるモデルを推進する体制上のライバル」とした。フランスの中国専門家ゴドマン氏は、これを「コペルニクス的革命」と呼んだ。中国を「戦略的パートナー」と呼んでいたのどかな時代では考えられないことであろう。
欧州の全ての国がこの方向に舵を切ったわけではないが、フランスは、アジアにおける中国の地政学的挑戦を正面から理解する数少ない欧州諸国の一つだ。実際、南シナ海で独自の「航行の自由作戦」を実施するなど、軍事的活動にも積極的である。ドイツでは、クランプカレンバウアー国防相が、中国の軍事的側面に着目する数少ない政治家である。他方でメルケル首相は、中国に関する政策を変更することに極めて慎重だ。中国への技術移転や「中国製造2025」を受けて、ドイツが誇る先端技術が標的にされていることへの警戒感から、対内投資の規制強化には乗り出した。 しかし全般的には、過度の対中依存状態にあるダイムラーやフォルクスワーゲン、シーメンスな路線を維持しようとしている。ドイツが、次世代移動通信5Gから華為技術(ファーウェイ)などの大企業の存在もあり、メルケル首相やアルトマイヤー経済相は、中国に対するよりソフトをまだ排除していないのもそのためだ。独連邦議会では、排除派が多数を占めるが、メルケル首相は新たな立法作業を遅らせている。ファーウェイに門戸を開いておくというメルケル首相の判断の背景には、同社を排除した場合に予想される中国によるドイツ企業への報復の恐れが大きく存在している。

ドイツの対中政策におけるもう一つの矛盾は、欧州、EUとしての対中政策へのスタンスである。ドイツ政府は、欧州が中国に対して一つの声で発言することの重要性を強調し、「17プラス1」(中国と中東欧諸国による協力枠組み)を警戒してきた。他方で、中国との特権的な二国間関係を重用し、政府間協議と呼ばれる、多くの閣僚が双方から参加する枠組みを維持している。これは、欧州レベルで対中政策を進めようというドイツの立場を損なうものである。