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- 2011年11月03日 20:53
昭和21年11月3日は何の日
今日は文化の日である。
しかし、11月3日が元々は明治節、明治天皇の誕生日であったことを知っておられる方はどの程度おられるだろうか。私を含め若い人たちはどうも日本の近現代史を学ぼうとしないが、これはよくない。これからは折に触れて日本の歴史を勉強していきたいものである。
そこで、皆さんに問題を出してみたい。昭和21年11月3日は、何の日だったか。多分、現職の国会議員でもこの問いに正解できる人は殆どいないのではないかと思う。
日本国憲法が公布された日である。憲法記念日の5月3日は憲法が施行された日で、憲法の公布はその半年前だったということは覚えておいて損はない。
新憲法の条項そのものは既に帝国議会を通過し、枢密院においても諮詢の手続きを終えていたのであるが、あえて明治節の11月3日を選んで新憲法が公布されたのである。
昭和20年8月15日の終戦からほぼ1年後には新憲法が制定されていたのである。
アフガニスタンやイラクにおける今なお続く政情不安を見るにつけ、日本の再生が如何に早かったかお分かりになるだろう。
私たち日本人は、先の大戦で多大の犠牲を払ってきたが、日本の復興・再生という視点で考えればある意味でラッキーであった。米国軍の駐留を受け容れることで、連合国による分割統治の危険を辛うじて免れた。
天皇という権威を失わないで済んだことで、国内政治の混乱を最小限に止めることが出来た。米国を中心とする自由主義陣営に組み入れられることで、軍国主義国家から民主主義国家への道を歩めるようになり、結果的に共産圏に組み込まれることを免れた。
私は、そう理解している。
実に危ないところだった。沢山の犠牲を払ってきたが、間一髪のところで日本は助かったと言ってもいいかも知れない。日本人の力でこれらのことが成し遂げられた訳では決してない。
ある種の僥倖に恵まれたから、今日の日本がある。私は、そう思っている。
イザと言うときに、最後の一線で踏み止まることが出来る。これが、日本だ。何の根拠もないが、私はそう信じることにしている。
元寇然り。福島原発事故然り。如何だろうか。
しかし、11月3日が元々は明治節、明治天皇の誕生日であったことを知っておられる方はどの程度おられるだろうか。私を含め若い人たちはどうも日本の近現代史を学ぼうとしないが、これはよくない。これからは折に触れて日本の歴史を勉強していきたいものである。
そこで、皆さんに問題を出してみたい。昭和21年11月3日は、何の日だったか。多分、現職の国会議員でもこの問いに正解できる人は殆どいないのではないかと思う。
日本国憲法が公布された日である。憲法記念日の5月3日は憲法が施行された日で、憲法の公布はその半年前だったということは覚えておいて損はない。
新憲法の条項そのものは既に帝国議会を通過し、枢密院においても諮詢の手続きを終えていたのであるが、あえて明治節の11月3日を選んで新憲法が公布されたのである。
昭和20年8月15日の終戦からほぼ1年後には新憲法が制定されていたのである。
アフガニスタンやイラクにおける今なお続く政情不安を見るにつけ、日本の再生が如何に早かったかお分かりになるだろう。
私たち日本人は、先の大戦で多大の犠牲を払ってきたが、日本の復興・再生という視点で考えればある意味でラッキーであった。米国軍の駐留を受け容れることで、連合国による分割統治の危険を辛うじて免れた。
天皇という権威を失わないで済んだことで、国内政治の混乱を最小限に止めることが出来た。米国を中心とする自由主義陣営に組み入れられることで、軍国主義国家から民主主義国家への道を歩めるようになり、結果的に共産圏に組み込まれることを免れた。
私は、そう理解している。
実に危ないところだった。沢山の犠牲を払ってきたが、間一髪のところで日本は助かったと言ってもいいかも知れない。日本人の力でこれらのことが成し遂げられた訳では決してない。
ある種の僥倖に恵まれたから、今日の日本がある。私は、そう思っている。
イザと言うときに、最後の一線で踏み止まることが出来る。これが、日本だ。何の根拠もないが、私はそう信じることにしている。
元寇然り。福島原発事故然り。如何だろうか。



