「キングオブコント」の上位常連で、ネタ番組で笑いを届けているコンビ・しずる。村上純さん(39)は、10年前から自身の働き方に問題意識を持ち始めていたといいます。そして、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大で、大部分の仕事がキャンセルに。一から自分の仕事について考え直した村上さんは、これまでとまったく違う働き方を模索し始めました。(構成・崎谷実穂)
©️文藝春秋
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コロナでスケジュール帳が白紙になった
——村上さんは去年、ボイスメディアの「Voicy」や文章や画像を投稿できるメディアプラットフォーム「note」などを始められ、個人活動の幅を広げていらっしゃいます。芸人として独自の動きをされていると感じるのですが、ご自身の働き方について問題意識を持たれたきっかけがあったのでしょうか。
村上 はっきりと問題意識を持ったのは、やっぱり新型コロナウイルスの感染拡大が始まってからですね。それまでも、問題”半”意識くらいは持っていた気がします。自分の仕事に大満足していたわけではなかったんです。テレビの露出とかは10年前がピークで、そこから少しずつ落ちてきて。でも、今ものすごくテレビに振り切って仕事をしたいかというと、そうでもないところがあって……。そんなふうにもやもやと考えていたら、5月頃に新型コロナの影響でスケジュール帳が白紙になりました。
——劇場公演やイベント開催などが軒並み中止になってしまったんですね。
村上 はい。それで、「どう働くか」というところを大きく変えなきゃいけない、と改めて考えたんです。それは、新型コロナの混乱がある程度収まっても、以前のような社会には戻らないと思ったので。みんなリモートワークを始めて、新しいITサービスなどを使ってますよね。それって、新型コロナが収まったからといって「お疲れさまでした、今までありがとうございます」と言って、誰も使わなくなることはないんじゃないかって。これからは、誰もが新しい働き方や生活にシフトしていくんだろうなと。
じゃあ、今僕が新しく始めるべきものはなんなんだろう、と考えたときに目にとまったのがnoteでした。毎日仕事がない中、僕は何かを発信しなければと思ったんです。
僕にとってnoteは打ってつけだったと思います。時間だけはできたので、その時僕が書ける全てをその時間に費やしたんです。
テレビに出て「売れる」だけがゴールではない
——noteではどのようなことを書かれているんですか?
村上 吉本の養成所に入ってから芸人になるまでの自伝的な話や、コント台本とその解説などをアップしてます。コントの台本やその解説なんて、これまでの芸人だったら出さなかったと思うんです。いわば種明かしなので。この業界には、ある部分で「お客さんには芸で笑ってもらえればいい、舞台裏は見せるものじゃない」という暗黙の了解が、これまではあった気がします。以前だったら、他の芸人さんからも楽屋裏で「村上なにやってんの」って突っ込まれてたと思います。でも、コロナのせいでそれまでの楽屋がなくなった。家にいることが多いから、突っ込まれない(笑)。
——たしかに(笑)。
村上 でも、お笑いという本業の核をせっかく公開してるので、一つの記事で少なくとも5,000字は書こうと。1万字書くこともざらです。
そんな活動をしていたら、バッファロー吾郎A先生が「芸人がお笑いのまじめな話をするっておもしろいな」と共感してくださって、僕にZoomでコントのことを聞くという有料トークイベントを開いてくれたんです。それは今、僕らが他の芸人さんに話を聞くトークライブシリーズに発展してます。
——noteから新しい仕事が生まれたんですね。
村上 このコロナ禍で、いったん芸人としてのデフォルトの仕事がごっそりなくなったんですよね。皮肉にもそれで視界がすっきりして、さまざまな新しいサービスに気づき始めました。そして、やってみたら自分の得意なことや好きなことがはっきりしてきたんです。テレビでフリートークするより、自分で企画を考えてコンテンツをつくって発信するほうがむいていると思ったんです。そこに気づいたら、これを全力でやるしかないと集中するようになりました。
——Voicyやnote、配信イベントなどのお客さんって、これまでの仕事で対象としていたお客さんよりも濃くて深いお客さんなのではないかと思うんですけど、マスに向けて仕事をしていたときとの違いは感じますか?
村上 感じますね。これまではマスに向けて売れるのがゴール地点だったんです。でも、その頃の僕の「売れてる」「売れてない」という分け方は一義的だったな、と今は思います。お客さんが多種多様になって、細分化されてきているというのは、数年前からまことしやかにささやかれてはいたと思うんですけど、吉本興業ってお笑いの大手みたいなところがあって、そのせいかそういう価値観が入ってきにくかった気がします。
——「売れてる」「売れてない」はテレビに出ているかどうか、で決まるんですか?
村上 これまでは九分九厘そうだったと僕は思います。吉本って基本は大体みんな、(明石家)さんまさん、ダウンタウンさん、ナインティナインさんを目指して入ってくる人が多い印象なので。一番おもしろくてかっこいい立ち位置が、テレビの最前線に出て活躍するというのがまず一つにあって。実際、僕もそこを目指していた時期がありました。
勿論そこに向かって一生懸命やったからこそ気づけたこともあるし、そのときに得た知名度は財産にもなってるんですけど、そこだけが目指す場所ではないというのが今の僕の考えです。
それまで僕が「売れたい」に紐付けてた「お金がほしい」「モテたい」「おいしいものを食べたい」といった欲には天井がないじゃないですか。そこを追い求めると、ゴールのない道をひたすら走ることになると考えるようになりました。勿論、そこを走り続けられる凄い人もいるんですよ。でも、自分には合っていないと思って。
大事なものは身の回りにあった
——近年、行き過ぎた資本主義というか、規模が大きくなることだけが正義という考え方が間違っているのではないか、という指摘が出てきていますよね。村上さんのお話からそれを感じました。
村上 僕も完全に「そうじゃない」考え方になりましたね。これまでは、日本中の人に知られたかったし、日本中の人から出来るだけ好かれたいみたいに思ってました。でも、今は100%自信のあるサービスが、たった一人にでも深く刺されば仕事をしている意味があると思えるようになったんです。
大切なものの順序を考えたら、手前から順番になってるなと思って。自分が生きていけるようにするのが前提で、まずは息子と奥さんがあって。そして、親族、友達……みたいなイメージです。仕事も、一番自分を必要としてくれている仕事や、親しくしている人との仕事、自分がすごくやりたいと思う仕事、が大事だなと。
やりたい仕事ができて、会いたい人に会えて、家族を養えてご飯を食べていけるなら、そんな幸せなことはないなって思うんです。まあ歳をとったのかもしれません(笑)。