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“遊園地のアトラクション”が恋人に……物に性的魅力を感じる「対物性愛」ってなに? 不思議な映画『恋する遊園地』を鑑賞して - 市川 はるひ

 スウェーデン出身の女性、エイヤ=リータ・エクレフは、ベルリンの壁と結婚し「壁の崩壊と同時に未亡人になった」と言っている。アメリカ人のエリカ・エッフェルは、その名の通り、パリの象徴であるエッフェル塔と結婚したという。

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 なんのことだか、と首をひねる人もいるかもしれない。世界には「対物性愛(オブジェクト・セクシャリティ)」と呼ばれる性的指向の人たちがいる。彼・彼女たちは人間や動物など生命のあるものではなく、建物などの“物”に心や温かみを感じて愛情を抱き、性的に惹きつけられるのだそうだ。


©2019 Insolence Productions – Les Films Fauves – Kwassa Films

◆◆◆

鉄骨の建造物と肉体での交わりも

 建築好き、鉄道ファン、重機マニア……建物やさまざまな“物”の愛好家は多い。それとは別なのか、その延長線上にあるのかはわからないが、対物性愛の人々は自分が愛する“物”を擬人化して捉えていて、心があると感じるという。人によっては、テレパシーで会話することも可能だったり、肉体で性的な交わりを持ったりするケースもあるそうだ。

 例えば、エリカ・エッフェルは結婚相手のエッフェル塔を女性とみなしており、レズビアンの関係だった。彼女のまわりでは、途切れることなく観光客が記念撮影をしているので、愛しいエッフェル塔と言葉を交わすことはできない。しかし、300メートルもあるその凛々しい姿を熱い眼差しで見上げ、性愛の欲望が高まるとそっと自分のトレンチコートを持ち上げて、エッフェル塔の脚の一部にまたがり、周囲から見えないように、密やかで静かなセックスをするのだ。

 対物性愛を、一律に「なんらかのトラウマで、人を愛せなくなった人が陥る状態」とする否定的な考え方もあるようだが、それではセクシャルマイノリティを拒否している感は否めない。今や世界中で理解が広がりつつある同性愛が、かつて偏見に満ちた視線を浴びていたことを思い出させる。

マイノリティの「対物性愛」をイメージできる素晴らしさ

 世間に向けてカミングアウトし、マスコミの取材やインタビューに応えている人が、世界にはわずかにいる。しかし世間に受け入れられないことを恐れ、自分の中に抱えこんでいる人も、おそらくかなりの数が存在しているだろう。

 あらゆる性的指向同様、対物性愛である人に、それをカミングアウトするようにと、他者からすすめることはできない。しかし、マジョリティがマイノリティを理解している世の中こそが「生きづらさ」を解消する第一歩だとすれば、「対物性愛とはなんぞや?」と疑問に感じる人々が、少しでもそれを理解し、イメージできるようになることは、素晴らしく価値のあることなのではないだろうか。

 ただ、さすがになんの心構えも予備知識もなく、いきなり冷たい金属やコンクリートと心を通わせてみようと試みてもうまくいくとは思えない。ところが、そんな壁を軽やかに飛び超える作品が現れた。それが、この度公開となる映画『恋する遊園地』だ。

『恋する遊園地』のストーリー

【あらすじ】

 恥ずかしがり屋の女性ジャンヌは、真逆で奔放な性格の母、マーガレットと二人暮らし。大好きな遊園地で夜間清掃員として働くことになったジャンヌは、あるアトラクションに心を奪われるようになる。煌々と輝くライト、美しいメタリックのボディ、熱く流れる油圧のオイル……ジャンヌは自ら彼を「ジャンボ」と名付ける。

 人を愛するように深く「ジャンボ」に魅かれていき、自分を解放していくジャンヌ。「ジャンボ」もそれに呼応し、意思を持つかのように光と音を放つ。しかし、そんなジャンヌを受け入れられず、気味悪く思う周囲の人々は、彼女に冷酷な仕打ちをする。それでも「ジャンボ」への想いを抑えられなくなったジャンヌは、ある行動に出るが……。

「命なきものよ、お前にも魂があり、ぼくらに愛を求めるのか?」

 ヒロイン・ジャンヌ役は、『不実な女と官能詩人』(2019年公開)のノエミ・メルラン。今回はヘアをボブスタイルに変え、心を閉ざしていたジャンヌが、どんどん美しく解放されていく変化を好演している。

 自由奔放な母に振り回される人生を歩んできた、人付き合いが苦手なジャンヌ。手先が器用な彼女は、縮小したアトラクションを手作りし、自分の部屋を小さな遊園地のように見事に作り上げ、そこにこもりがちになって暮らしている(この電飾がきらめく美しい部屋も見どころの1つだ)。

 仕事も遊園地の清掃と、明らかに「遊園地マニア」として、孤独に、小さな幸せの中で生きているジャンヌ。男にだらしない母を愛してはいるのだが、彼女とは心も会話もまったく噛み合わない。

 働き始めて間もなく、ジャンヌが一人夜の遊園地で清掃をしていると、誰かの気配を感じる。しかし、振り向くとアトラクションがそこにあるだけだ。この出来事が気にかかったジャンヌが「物に心があると感じたことはない?」と新任の上司に尋ねると、ある詩の一節を教えてくれる。

「命なきものよ、お前にも魂があり、ぼくらに愛を求めるのか?」

 詩は想像力によって生み出される芸術だ。この誰かの「想像」が、欠けていたパズルのピースに出会ったかのように、ジャンヌの心の中にピタリとはまる。そして言葉に導かれるように、ジャンヌは命なきもの、アトラクションのジャンボに魂を求め、熱心に語りかけるようになる。

 やがて問いかけると、ジャンボは光で答えをくれるようになり、会話も成立するようになるのだが……このあたりからは、観客にも現実なのかジャンヌの空想なのか境界がわからなくなっていく。そしてジャンヌ本人は、幸せを掴んだ女性のように、生き生きとした表情を浮かべるように変わっていくのだ。

「対物性愛」の謎を解き明かす、必見のシーン

 さらにジャンヌは、ジャンボとの愛に溺れ、肉体関係まで結ぶようになる。ここで多くの方が「アトラクションとの肉体関係ってどうするの?」と、疑問に感じるのではないだろうか。本作は、そこを幻想的かつ的確に見事な表現をしていて、まさに必見のシーンとなっている。この美しく創造的な場面、その映像は「対物性愛」への理解に、大きな役割を果たすだろう。

 しかしジャンヌの幸せな日々は長くは続かない。ジャンボとの関係を母親に打ち明けたことにより、ジャンヌの運命は急激に下降していく。周りは敵だらけになり、ジャンヌは追い詰められていくことに。万事休すのジャンヌは、果たして幸せになれるのだろうか?

 この作品をストーリーの最後まで見届けることで、まったく異世界だった「対物性愛」の世界が身近に感じられるだろう。それ以上に、ある日、身近な人物に「対物性愛」の人が見つかったとき、あなたがその人に対し戸惑うことなく「どう考え、振る舞うべきなのか」まで理解できるのではないだろうか。なお、作品全体は、幻想的でポップな映像美にあふれていて、心地よく楽しめるロマンチックファンタジーになっている。

 ちなみに、タイトルテロップには「事実に基づいている物語」と記されている。この物語のヒロイン、ジャンヌは実在した人物がモデルなのだ。もしかしたら「対物性愛」はあなたの仲のいい友人や仲間、親族の中にもいるかもしれない。あるいはあなた自身が、自分の中にその片鱗を認めるかもしれない。この機会に「対物性愛」に触れてみてはいかがだろうか。

『恋する遊園地』映画情報

2021年1月15日 新宿バルト9ほか 全国ロードショー

監督・脚本:ゾーイ・ウィットック

出演:ノエミ・メルラン、エマニュエル・ベルコ、バスティアン・ブイヨン、サム・ルーウィック

<2019年/フランス・ベルギー・ルクセンブルク/シネマスコープ/94分/フランス語/​R15+>

原題:JUMBO 字幕翻訳:横井和子

配給:クロックワークス

公式サイト

©2019 Insolence Productions – Les Films Fauves – Kwassa Films

(市川 はるひ)

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